18話 ビー、くわいえっと……?
ここは御茶混市内のとあるスーパー。
「あら、今日は卵が安いわね。」
円香よりもちょっと落ち着いた小豆色の一つ結びの髪を揺らし、店内を練り歩く大人な人影が一つ。
円香のひいおばあちゃん、バニーユ・マドレーヌである。
「明日はフレンチトーストにでもしようかしら♪」
マドレーヌは最強最高の菓子職人を自負し、正体を隠して子供たちを笑顔にする自身の仮の姿に『シュガー・パティシエール』と名付けるくらいには甘いものが大好きである。
「……いや、久しぶりに粉から拘って朝から本格的なパンケーキで贅沢するのもあり、か……。」
マドレーヌが考え事ついでにいじっている胸元のスカーフの下には、シャンティと同型のディスク挿入口が隠されている。
そんなマドレーヌが卵の棚の前で思索していると、
「シュ
「……ッ!!!」
機械的だけどどこかほんわかした聞き覚えのある声で某最強最高の菓子職人を呼ぶ声がしたので、声の主の口を手で塞ぎ店内で1番人気.のない隅っこまで連れ去った。
「…………、ふぅ。」
「……む?」
口を塞がれたまま、抵抗もせず不思議そうにバニーユを見つめる声の主はキラビだった。
「……ああ、ごめんなさいキラ……お嬢さん。」
「お嬢……さん?」
他人行儀な言葉にキラビの表情がしょんぼり曇るが、バニーユ・マドレーヌとシュガー・パティシエールの二重生活は誰にも秘密である。
「それともお姉さんの方が良かったかしら♪」
「……やだ。」
俯いたキラビの表情がさらに曇る。
「この前ちゃんと名乗ったのに……。なんでそんなに他人行儀なの……?」
「う"……っ、」
キラビは目に涙をいっぱい溜めて寂しそうにこちらをの目をまっすぐ見上げるが、バニーユ・マドレーヌとシュガー・パティシエールの二重生活は誰にも秘密である。
「お友だちになれたと思ったのに……、」
キラビの目からは今にも涙が溢れそうだが、バニーユ・マドレーヌとシュガー・パティシエールの二重生活は誰にも秘
「……ああもう!ついてきなさい『キラビちゃん』!」
「…………、うん♪」
最強最高の菓子職人も涙には弱かった。
マドレーヌの家。
「……作り置きで悪いけど。」
マドレーヌはスーパーからキラビの手を引いて自宅に招き入れると、冷蔵庫から作り置きのマカロンをテーブルに取り出した。
「いいのぉ!?」
キラビの瞳がメープルシロップのように艶やかに輝いた。
「……さっきのお詫びよ。」
「えへへ♪やった〜、いただきます♪」
さっきまでの悲壮な表情が嘘みたいに、キラビはなんとも幸せそうにマカロンを頬張った。
「……なかなか良い顔するじゃない♪」
「だってだって、最強最高の菓子職人のお菓子だよ!?」
キラビはキレというものを全く感じさせないフワフワした手つきで座ったままシュガーの名乗りの動きを真似てみせた。
「ねえキラビちゃん?それなんだけど……。」
「どーしたの?」
「なんで、私がシュガー・パティシエールだってわかったのかしら……?」
「フフ♪シュガーちゃんってば、変なこと言うんだね?お友だちを見間違えたりするわけないのに♪」
「『見間違える』……。」
マドレーヌが顎を触って軽く俯き考え事をする仕草はキラビに円香の面影を感じさせた。
「最初は円香ちゃんかな〜?って思ったけどね♪」
「身長とか、結構違うと思うんだけど……。この前円香ちゃんを抱っこしたときも、頭一個分は私の方が大きかったわよ?」
「…………、そういえばそうだね♪」
「ねえ、もしかしてキラビちゃんって……。」
「なぁに?」
「私とは違うものが視えてる……?」
「それ、前に円香ちゃんにも言われたなぁ。」
キラビはちょっとお行儀悪く、咥えたままのマカロンをサクサク鳴らしてぼんやりと上を向いた。
「……確か、円香ちゃんがナメクジ……とか言ってた子と戦ったときだ。」
「へえ?その話、面白いのかしら?」
「う〜ん……面白くはなかったけど、チキンが美味しかったなぁ///」
キラビのお腹が逞しい音色を奏でた。
「……。」
「あ!?でもでも!シュガーちゃんのマカロンの方が…………、あうぅチキンも捨てがたい……。」
キラビはマカロンを飲み込むと、今度はテーブルに両肘をついて髪がクシャクシャになる程強く頭を抱えた。
「……チッ、やるわねあのヒヨコ。」
マドレーヌはとてもお子様にはみせられない顔で舌打ちした。
「ごめん……。」
「良いのよ良いのよ!こうなったらあのヒヨコの味なんて記憶の彼方にぶっ飛ぶような美味しいお菓子作っちゃうんだから……!」
マドレーヌは首に巻いていたスカーフを豪快に真上に脱ぎ捨てると、[シュガー・パティシエール 設定資料]とマジックで書かれたディスクを、スカーフの下から露わになった胸元のディスク挿入口に挿入した。
「おお……!///」
「……見物量は友だち価格!味の感想宜しくね♪」
マドレーヌは落ちてきたスカーフをキャッチして、『バトルシエ闘度100』のゲームディスクに描かれた白とピンクを基調としたポップでスイートなショートドレス姿の少女がちょうど成人まで成長した様な容姿のシュガー・パティシエールへと変化した。
「お家の中だからちょっと近いけど……!」
シュガーはちょっぴり後ろに飛び退くと、適切な位置よりちょっと近いことに一瞬不満げな表情を覗かせ、
「君にワンダーとってもスイート!最強最高の菓子職人……!『シュガー・パティシエール』!!」
シュガーは痛快な口上と決めポーズで名乗って見せた。
「カッコいいよシュガーちゃーーん!」
「ど、どうも……///」
シュガーは照れた。
「でもなんで変身したの?」
「ノリよ……!」
「ノリかぁ〜。」
さっきキラビを泣かせかけたからとか、ナゲットのチキンと同列にされたのが癪で本気を出したいからとかう言葉は飲み込んでおくことにした。
「ねえねえなに作るのぉ!?」
「渾身の逸品ならケーキ一択だけど……、流石に大人気ないし、すぐできるパンケーキにしましょ♪」
「やったぁ〜♪」
「危ないからちょっと向こうで待っててね?」
「は〜い♪」
キラビは浮き足だってリビングに向かうと、
「……、ほっ。……、はっ!」
さっきマドレーヌが脱ぎ捨てたスカーフを首に巻いては豪快に脱ぎ捨てる仕草を繰り返し真似し始めた。
「……ああいうの好きなのかしら?」
数分経ってシュガーがシロップたっぷりのパンケーキをテーブルに運ぶと、ほんのり汗ばんだキラビがドタドタと駆けてきた。
「あら、随分頑張ってたのね?」
「えへへ、シュガーちゃんとお揃いだ♪」
「お揃い?」
「シュガーちゃんもちょっと体温上がってるよ?」
「体温……ああ、お料理してたから。」
自分と一回りは身長が違うひ孫と『見間違えた』ことと、体温が上がっているのを『お揃い』と言ったことで、シュガーにはピンと来た。
「もしかしてキラビちゃんって、熱源で視てる……?」
「あれぇ?シュガーちゃんに言ったことあったっけ?熱っていうより、エネルギー?って感じだけど。」
目の前のパンケーキに視線が釘付けなまま、ソワソワモジモジと小さく身体を揺らしながらキラビが応えた。
「…………えっと、どうぞ?」
「わぁい♪♪いっただっきまーーす♪♪♪」
シュガーは自分が作ったお菓子を幸せそうに食べる人の顔を見るのが堪らなく大好きだが、このときばっかりはキラビの気持ち良い食べっぷりに目を奪われた。
「喜んでもらえて良かったわ。……なるほどねえ。」
「ん?」
「確かに、熱探知されてたらこんな変身はカモフラージュにもならないわ。」
「見た目が変わってもシュガーちゃんはシュガーちゃんだよ♪」
「…………。」
ほっぺにシロップがついたまま満面の笑みを浮かべるキラビを見たシュガーは、ひ孫の世話でも焼くように慣れた手つきでほっぺのシロップを拭い取った。
「ん……、ありがと♪」
「はいはい、どーも。」
「シュガーちゃん、なんか今日いつもと違うね。」
「シュガーはいつだって最強最高の菓子職人よ。」
シュガーはちょっと気だるそうに頬杖をついて応えた。
「ほらそれ!この前みたいにビシッ!バシッ!ってポーズ取らないの?」
「ここ自宅だし。」
シュガーは胸元から[シュガー・パティシエール 設定資料]とマジックで書かれたディスクを取り出すとマドレーヌの姿に戻った。
「…….ふぅ。二重生活も楽じゃないわね。」
「大変だね……。」
「誰のせいだと。」
「はーい♪」
キラビは自信満々に挙手した。
「はいそこ大正解。」
「やったあ♪」
「はいはいっ!」
キラビは再び前のめりに挙手した。
「なにかしら?」
「シュガーちゃんの正体を知っちゃったキラビは、定期的に美味しいお菓子で口止めする必要があると思います……ッ!」
「へぇ〜?このシュガーを脅迫しようってわけ?」
「バニーちゃんが嫌じゃなければ……。」
「はぁ……。食べたいなら定期的に来れば良いんじゃない?」
「いいのぉ!?」
「……話し相手になってくれるならね。」
「やったあ♪ありがとうバニーちゃん!」
「……ちょっと待ちなさい。」
「ん?」
「まさかとは思うけど、その『バニーちゃん』っての、私のことじゃないわよね?」
「じゃあ……シュガーちゃん?」
「今はバニーユ・マドレーヌ…………、
マドレーヌは自分のフルネームを口にしてピンと来た。
「……いやその略し方はダメでしょう。」
「でもバニーユちゃんって言いづらい……。」
「いかがわしいから却下。」
「バニーちゃん?」
「バニー『ユ』ちゃん。」
「バニーちゃん♪」
「バニー『『ユ』』ちゃん。」
「バニーちゃ
「もうお菓子作ってあげないわよ?」
「すみませんでしたバニーユちゃんッッ!!」
キラビは教科書の見本に載っていそうな完璧なフォームで土下座した。
「まったく、二重生活も楽じゃないわね……。」
やれやれと頬杖をついてるそっぽを向くマドレーヌの表情はどこかまんざらでもなさそうであった。




