16話 口が裂けても
シャンティとのほぼ同棲にも慣れてきたこの頃。
入学式の後、正確にはアイロとバルデの2人と和解した頃辺りだろうか?
……シャンティにちょっとした変化が。
「ただ
「お帰りなさい、円香さん♪」
何気なく帰宅すると、『ただいま』を言い終えるよりも先に玄関で出迎えられるようになった。
今もこうして、シャンティは生えていない尻尾をブンブン振り回して仔犬のように喜んでいる。
「わざわざここまで出迎えてくれなくても良いのに。」
「私が好きでやっているから良いんです♪」
シャンティは流れるような手つきで円香から通学カバンを取り上げると数メートルもない距離を運んで行った。
他にも日常の至る所で急に尽くされるようになって、嬉しいやら困るやらといった所なのだが、一番気になっているのは……、
「……一緒にいられるうちは、せめて。」
本人は聞かれていないつもりなのだろうが、本当にかすかな声で、いつまでも一緒にいられないことを仄めかすような言葉を口にするようになったことだ。
安易に突っ込むのも否定することもできないので、聞こえていないふりをするしかないのだが、それでもどこかシャンティの笑顔に影を感じるようになってしまった。
今日もまた返事に困ってしまい、ふとテレビをつけると全国放送のニュースが流れていた。
『都市伝説って奴ですよね、いや〜懐かしい。』
『私たちの頃にもいたけどまた出てきたんですねえ。』
「口避け女……?」
端っこのワイプで語らうコメンテーターを押し除け画面の真ん中にデカデカと映し出された長身で長い黒髪の赤いコートを羽織り大きなマスクをつけた女性を見て、なんとなしにその容姿の主の名前を呟いた。
「なんですかそれ?」
シャンティがもの珍しそうに画面に見入った。
「ちょっと昔に話題になった都市伝説……街の噂だよ。」
「噂、ですか?」
ここがチャンスとばかりに、シャンティの意識を口裂け女に移行させることにした。
「こんな人……、人って言うより妖怪なんだけど。会った人に『私キレイ……?』って聞いてくるんだよね。」
「顔隠しておいて答えさせるんですか……。」
「そうそう。だからお世辞で『キレイです』って答えると、『これでも……?』って言って耳の方まで裂けた口を顕にするの。」
「それで、どうするんですか?」
「おっきな口に驚いた人の口をハサミでチョキチョキいっちゃうとか、逃げると追いかけてきてめちゃくちゃ足が速いとか……、そこら辺は地域差あるかな。」
「いろんなところにいて、沢山いるってことは……。それって、そういう身体つきな星の方達では?」
「 」
目の前で宇宙人に言われると否定なんてできない。
「フフ♪全国規模で変なこと言ってる方もいるものですね♪」
「はは……、」
ここ、御茶混市では地球人をほぼ見かけないくらいには地球人のコスプレをした宇宙人が日常に溶け込んでいるという事実を改めて思い知らされた。
「ま、まあ全国的にはほとんど地球人しか住んでないからね……。」
御茶混市民にとって都市伝説なんて近所の回覧板くらいのものでしかないようだ。
……それもそうか。
「そんなことより円香さん。」
「なに?」
「ちょっと待っていてもらっても良いですか?」
「別に、全然いいけど。」
シャンティは壁の穴の向こうにある自室に戻ると、ほんの少ししてすぐに戻ってきた。
「これ、円香さんにプレゼントです♪」
シャンティが自室から持ってきたのは、両手でギリギリ包み込めなさそうなくらいのサイズ感の、一台のデジカメだった。
「え、何突然?誕生日でもないのに……。」
シャンティの笑顔に釣られてこちらも顔が緩む。
「日頃の感謝です♪今までたくさん、円香さんには助けてもらいましたから。」
「そんなこと言ったら、こっちだってシャンティには助けられっぱなしなんだけど……!?」
「じゃあプレゼントのお返し、と言ってはなんですけど……1つお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「畏まられると、なんか怖いなぁ……。いやまあ全然いいけどさ?」
「ありがとうございます♪」
なんだろう。微笑ましいやり取りのはずなのに、どこか喉に食べ物が引っかかったみたいな違和感が……。
「その、写真を……、撮ってもらっても良いですか?」
「これで撮るの?」
「はい♪……初めての1枚は私にしてもらいたくて……///」
「わかった♪」
シャンティに貰った初めてのプレゼントの最初の一枚は、なんの変哲もないいつのも部屋でシャンティが微笑んでいるものになった。
「ありがとうございます♪」
「これ、写真送ったりできないけどいいの……?」
「良いんです、円香さんが持っていてくれれば♪」
シャンティは満面の笑みで応えると、
「これで大丈夫……。」
また、かすかな声で不穏な独り言を呟いた。
「そうでした!夕飯の前にお風呂に入ってはいかがでしょう?その間にパパッと作っちゃいますから♪」
「あ、ありがとう……。」
シャンティは『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』のゲームディスクを胸元に挿入すると、割烹着姿に変化した。
「さあさあ♪」
シャンティに言われるがままに身体を洗い湯船に浸かると、今日までのやりとりが湯気みたいなホワホワと頭に浮かんできた。
「やっぱり、気にしてるのかなぁ……。」
シャンティの様子がちょっとおかしくなったのは、アイロとバルデの2人に負けた後。
……いや、私がアイロの家から帰った後か。
「そういえば……。」
アイロの家にお邪魔したとき、バルデがシャンティのことを『寂しがり屋』と言っていたことを思い出した。
御茶混高校に入学する前はどこへ行くのもシャンティと一緒だったし、思えばシャンティの笑顔に影なんて無かった。
バルデに追っかけ回されてた頃ですら、喧嘩のときだって、表情が曇るなんてことはなかった。
「寂しい思い、させてたのかな……。」
高校生になって話す時間も減って、知らないとこでバルデやアイロと仲良くなってたら除け者にされたって思うだろうか。
……私がシャンティの立場だったら、思うだろうな。
時折いつまでも一緒にいられないことを仄めかすような言葉を口にするようになったのも、私がどこか遠くに行ってしまうと思ったからだろうか。
わざわざプレゼントしたカメラの最初の一枚に自分を撮らせたのも、『忘れないでほしい』という無言の訴えだったのかもしれない……。
そう思うと、なんだか自分がとても酷いことをしてしまったような気がしてきた。
「一度、ちゃんと話…………。」
『話す』と言いかけて言葉が止まる。そしてまた、アイロとバルデの2人と戦った時のことを思い出した。
〜〜〜
『……わか…………。絶…、後で……と話し…貰いま…からねッ!?』
『……うんッ!絶対話そう!ここを乗り越えて……、後でッ!!』
『……はい♪』
〜〜〜
あの時は『ウェーブ』のディスクの爆音で耳が破壊されかけたせいで最初はよく聞き取れなかったけど、何かを話す約束をしていたんだ……。
「どうしよう。まだ、話してない……。」
あのとき和解してからというもの、結局なあなあにしていつも通りに過ごしていた。
「きっと、大事なことだ……。」
ほっぺをパシンと両手のひらで挟んで自分を一喝。
勢いよく立ち上がって両手を固く握り、『話す』決心を固め翌日を出た。
「……あれ?」
部屋に戻ると、人の気配が全く無い。
壁の穴の向こう側を探しても誰もいない。
「まさか……、」
さっきお風呂であれこれ考えていたことが不安となって頭にまとわりついてきた。
「……ッ!」
円香はスマホだけ持つと、急いで家を飛び出した。
一方、道端。
「早く戻らないと……。」
シャンティは切らしていた味噌を買いに来ていた。
「今思えばカレーにしてしまっても良かった気が……、
キラビが勤めるコンビニが見えてきたあたりで、思わず足が止まった。
「…………あれは、確か。」
物陰からちょっとはみ出しているのは、赤いコートと長く伸びた黒い髪……。
「円香さんが言っていた『口裂け女』でしょうか?」
ちょうどコンビニに行く途中にいるのですぐ横を通ってみることにした。
「あの……。」
もうすぐ真横に、という所で向こうからマスク越しの、か細いけれどもどこか野太い声で呼び止められた。
「はい、なんでしょう?」
「私……、
「「きれい?」」
シャンティと赤いコートの女性の声がハモった。
「……。」
「……。」
・・・・・・。
「はっ!?すみません、『きれいです』って答えなければいけないところを、つい……!?」
「いや、いいのよ。……でもハモらせてきたのはアンタが初めてよ。」
「あわわ!?すみません、すみません!……そうだ!もう一度やり直しますか……!?」
「…………う、」
シャンティが慌てふためいていると、赤いコートの女性が目頭をギュッと抑えて涙を堪えた。
「い、いや!きれいだと思いますよ!?……よっ!八方美人っ!」
「八方美人は美人じゃないのよ……。」
「そうなんですかぁ!?」
「……はぁ。」
赤いコートの女性はため息をつくと、コンビニ前のベンチに腰を下ろした。
「……すみません。」
シャンティも隣に腰を下ろした。
「なんでアンタも座んのよ。」
「落ち込ませてしまったみたいですから……、つい?」
「はぁ……。ほんっっと、ここは変わり者ばっかりね……。」
「『ここ』?」
「……御茶混市よ。やっと全国制覇が見えてきたと思ったら、なんなのよ……。」
赤いコートの女性はぐったりと背中を丸めて頭を抱えた。
「全国制覇……。」
「あら?知らないの私のこと。さっき『きれいですって答えなきゃ』なんて言ってたから知ってるものだと思ったんだけど……。」
「ええっと、口裂け女さんですよね?さっきニュースで見ました♪」
「ええ、そうよ。私は口裂け女よ……。」
「全国制覇って、もしかしてあの騒ぎをお一人で?」
「そう!そうなのよ!北はくっっそ寒い雪国から南ははちゃめちゃにあっっつい南国まで、そりゃもう走り回って色んな子をビビらせてやったんだから……!」
「それで足が速く……。」
「お陰で脚ムッキムキよ。……見る?」
赤いコートの女性、改め口裂け女はコートの裾に手をかけた。
「いえ、結構です……。」
「まったく、ここの連中は綺麗だのカッコいいだのイカした口だの……どいつもこいつもちっっとも私を怖がりゃしないんだから。」
「そりゃそうですよ♪だってここ、住んでる方ほとんど宇宙人ですから♪」
シャンティは堪えきれず笑う口元を手で隠して微笑んだ。
「んなぁぁぁあ……ッ!?」
マスクの下で見えていないが、口裂け女は開いた口が塞がらなかった。
「『口が裂けてる』なんて、それこそ他の場所で言ったら『ちょっと足が速い』くらいの個性ですよ♪」
「あがが……、」
「そうそう、私も宇宙人なんですよ?」
そういうとシャンティは胸元を少しはだけて、銀色のディスク挿入口を露わにした。
「な、な、な、な…………、
「あ。ちゃんと使えますよ?」
続け様に『甲子園!怒涛!!』のディスクを胸元に挿入すると、シャンティは背中に大きく『怒涛』と書かれた野球のユニフォーム姿に変化した。
「ひょえぇぇぇええ!!??」
口裂け女は目玉が飛び出る勢いでベンチから飛び退くと、
「なんてこと……。」
その場で両膝をついてへたり込んだ。
「そりゃ、『口が裂けてる』なんて霞むに決まってるわ……。」
「確かに、皆さん地球人のコスプレをしてるだけで元は頭にお花が生えてたり、手足がたくさんある方もいますからねえ。」
「そんな魔境で『口裂け女』なんて、私馬鹿みたいじゃない……。」
「……、」
シャンティはベンチから立って口裂け女の横にしゃがむと、優しく肩に手を置いた。
「馬鹿なんかじゃありません。むしろ……立派だと思います。」
「立派ぁ?」
「だって、今まで全国制覇を目指して、自分の足で駆け回ってきたんでしょう?」
「ものは言いようってレベルじゃないわよ……。」
「目的はどうであれ、1人で立派にやってきたってことですよ♪ 私なんか、自分の力じゃ友だち1人守れませんでしたから……。」
「うぅ……、」
口裂け女はヨロヨロと立ち上がると、目頭をギュッと抑えて涙を堪えた。
「まったく、なんなのよアンタ……。」
「まだ自信がつきませんか?」
「自身も何も……。」
「よしっ!」
シャンティは勢いよくベンチから立ち上がった。
「なら、走りましょう!」
「……走る?」
「得意なことを目いっぱいすれば、きっと自信だって戻って来ます♪……さあ!」
シャンティは口裂け女の手を引っ張って立ち上がらせた。
「私も横で走りますから♪」
「なんで、そこまで……。」
「なんで……。う〜ん、私ならこうして欲しいかなって、思ったからです♪細かいことはよくわかりませんっ!」
「……フッ♪へんなの。性格まで野球部になっちゃったわけ?」
「……かもしれませんね♪」
シャンティは自分の格好を見渡してはにかむと、
「じゃあ私について来てください♪」
そのまま夕陽に向かって走り出した。
「やれやれ、眩しいわね……。」
少し遅れて口裂け女もシャンティと並走した。
「……もっとペース上げても?」
「そろそろジョギングには飽きてきたとこよ♪」
少し走ったところで、シャンティは原付くらいの速さまでペースを上げた。
「や、やりますね……。」
「これでも私、走ることには自信あんのよ♪」
マスクをしているのにまったく息を切らさず並走する口裂け女はまだまだ余裕の表情だった。
「むぅ……。じゃあ、もっとペース上げちゃいますよ?」
シャンティは『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』のディスクを胸元に挿入して割烹着姿に変化すると一気に加速した。
「へへっ、どうですか!?私の最、そ……
置き去りにしたと思って後ろを向くと、口裂け女の姿は無く……、
「あらやだ、けっこうやるじゃない♪」
既に高速道路を走れるくらいの速さはゆうに出ているところに、真横から声をかけられてシャンティは戦慄した。
「……は?」
「もしかして、それについて来られたのは私が初めてかしら?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!?、ええ……!?」
シャンティにとって、最速の『お料理ママ』でスピードを上回られたのは初めての経験だった。
しかも『お料理ママ』の最高速度で長距離を走った経験もなかったので、すぐに息が上がってフラフラと壁に手をついて停止した。
「う、嘘ぉ……!?」
「いんやぁ〜、私もここまでついて来られたのはアンタが初めてよ!なかなか良い走りだったわね♪」
口裂け女は僅かに肩で息をする程度で、微塵も疲れを感じさせる様子はなかった。
「こ、これが、都市伝説……。」
「ふう、ここに来て初めてその言葉を聞けたわ。なんだか自信がモリモリ出てきちゃったわ!……ありがとね♪」
「お、お役に、立てたの、なら……、良かった、です……。」
「そうだ、そこ座ってなさい?」
口裂け女が指差した先にはベンチがあり、いつの間にか街をほぼ一周していたようだった。
「お待たせー♪」
ほんの少しすると、口裂け女がどこかの自販機で買ったであろうスポーツドリンクを二つ持って戻ってきた。
「はぁいこれっ♪」
「ありがとうございます……。」
シャンティがスポーツドリンクを1つ受け取ると、
「ちくしょぉぉお!!馬鹿みてえじゃねえかよぉぉおお!!」
口裂け女は空に向かって咆哮した。
「……ふう。スッキリしたわ♪」
「何ですかいきなり!?」
「こんなガールに気付かされるまで自信無くしてへこたれてた私が馬鹿みてえっつったのよ。」
「は……、はあ。」
「何が『口裂け女』よ……。私は立派なのよ!1人で、テメーの足で走ってきてんのよ!……よし、もう立ち直ったわ♪」
シャンティをまっすぐ見つめる口裂け女の表情は、隠れているマスクの下まで晴れ渡っていた。
「良かったです♪」
「ありがと。それと……、
口裂け女はさっきまで頑なに外さなかったマスクに初めて手をかけ、
「もう、『口裂け女』は辞めるわ♪」
そのままマスクを外すとクシャクシャに丸めてゴミ箱にホールインワンした。
「…………え。」
「思ったより綺麗だった?」
自信満々にニカッと歯を見せて笑う口裂け女の口は、まったく裂けてなどいなかった。
「いや、あの……、くち!?」
「ええ、そうよご明察。私は口裂け女なんかじゃないわ。」
口裂け女、改め赤いコートの女性はドッカリと乱暴にシャンティの隣に腰を下ろした。
「今思えば、口裂け女はただの承認欲求……。認知されて過去の都市伝説なんてものにあやかってみただけだったわ。」
「承認欲求……誰かに認めて欲しかったんですか?」
「ええ。『私はここにいるぞ』ってね。」
シャンティは赤いコートの女性の言葉を噛み締めるように、ゆっくりと何度も頷いた。
「……わかります、その気持ち。」
「いやわかっちゃダメでしょ!?アンタ、せっかく素敵なお顔なんだから口裂け女なんて変態行為、絶対やっちゃダメよ!?」
「あの、口裂け女をやる気はないです……。」
「ふうぅ、良かった……まぁ〜じで焦ったわ。」
赤いコートの女性はホッと胸を撫で下ろすと、スポーツドリンクを一気飲みして空になったボトルをゴミ箱に入れてまた隣に座り直した。
「……さて。じゃあ今度は私がアンタを元気づけてやる番かしらね。」
「へ?」
「とぼけんじゃないわよ……!?アンタさっきから『私1人じゃ』だの、『誰かに認めて欲しいのわかります』だの、今思えば私以上にへこたれてんじゃない!?」
赤いコートの女性は顔面に指が突き刺さりそうな勢いでまっすぐ伸びた逞しい人差し指を差し向けた。
「そ、そんなことは……!?」
「あ〜もう、そういうの良いから。さっさとゲロって楽になんなさい。今なら貸しがあんだから、何話したってプライスレスでしょ?」
「プライスレスってそういう意味でしたっけ……。」
「細けえことはよくわかんねえわよ……♪」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。」
シャンティが俯いて膝の上でギュッと拳を握り喉に詰まった言葉を吐き出そうとする様子を赤いコートの女性は黙って見守っていた。
「……私、家出をしているんです。」
「あらやだ初っ端からぶっ飛んでるわね。」
「口裂け女には負けますよ。」
「……そうね!」
赤いコートの女性は自身ありげに腕を組んだ。
「それで……たった1人、義妹だけが私を追いかけて来てくれて、ここで友だちもできて……。義妹と喧嘩しながら友だちと過ごす日々は、今思えば充実していました♪」
「……わかるわ〜。私も口裂け女で全国放送される日々は充実していたもの。」
「……続けても?」
「……ごめん。」
赤いコートの女性は空になったシャンティのペットボトルを受け取ると、そのままゴミ箱に入れてまた座り直した。
「……でもこの前、義妹が友だちの友だちと組んで戦いを挑まれて、私と友だちは負けてしまったんです。」
「あらやだ逮捕されちゃったの?」
「口裂け女じゃないんですよ。」
「…………そうね。」
「……で、結局義妹とは和解できて、義妹ともどもここに暮らし続けていられるんですが、」
「……問題はその先?」
「はい。もし和解できずに、私が負けたせいで友だちと離れ離れになってしまったら…………、
シャンティは口篭った。
「…………すみません。嘘つきました。」
「何よ、嘘くらい。そんなら私は口裂け女やってたのに口も裂けてなければ女ですらないわよ?」
「え"……?」
「はい、続けた続けた。」
「ええっと……本当は、義妹と友だちが仲良くなって、友だちの友だちも友だちと仲良くて……。いつか私がいなくなっても、円香さんは、変わりなく、笑い続けているんだろうなって、思……うと……!」
シャンティの目から涙が溢れた。
「なんだか、とっても……、最低な、気持ちに……!」
赤いコートの女性、改め赤いコートの変態はコートのポッケからお花柄のハンカチを取り出してシャンティの手に被せた。
「ありがとうございます……。」
シャンティは貰ったお花柄のハンカチで涙を拭った。
「そんな最低なヤツ、さっさと縁がちょしちゃえばぁ?」
「さっ、最低なんかじゃありません!円香さんはいつも……いつも、私が危ないときは身体を張って助けてくれますし、そりゃダメダメなとこもたくさんありますけど……。」
「じゃあふん捕まえてでも一緒にいたらいいんじゃない?」
「……。」
シャンティの顔がまた暗くなった。
「私に、ふん捕まえられるだけの強さなんて……。」
「アンタは弱くないわよ。」
「いえ、弱いです……。」
「弱くないって。」
「弱いです……ッ!」
「弱くねえってつってんのよ!」
「戦ってもないのに何がわかる
「わかるわよ……!」
「……。」
「アンタ、私を元気づけてくれたじゃない。」
「それが、なんですか……。」
「ん〜、……ま、それがわかればウジウジしてないわよねえ?」
「さっきまでウジウジしてた癖に……。」
「ん〜……。じゃあ、その円香って奴が悪いのね!」
「は……?」
「いよっし!おーけーわかったわ。その円香ってヤツをボッコボコのフルボッコにしてやればアンタの気が晴れるわけね!!!」
「はあっ!?」
赤いコートの変態は勢いよくベンチから立ち上がると、腕をブンブン回して首をコキコキと鳴らした。
「いやいやいやいや!?何がどうしてそうなるんですか!?離れ離れになってしまうかもしれないのだって私が弱いのが悪いんですし、円香さんに悪いとこなんて……!」
「さっき『ダメダメ』って言ってたじゃない。」
「それは言葉のあや
「いたッ!!!」
シャンティと赤いコートの変態が言い合いしていると、遠くから聞き覚えのある声がした。
「円香さん!?」
「はぁ……、はあ……!良かっ……た。」
円香はヘロヘロになりながらシャンティに駆け寄ると、シャンティの手首をギュッと掴んで、そのまま力尽きるようにベンチに身体を投げ出した。
「良かった……、もう、会えない……かと。」
「会えないって、そんな……お買い物しに出ただけですよ?」
煩わしそうに掴まれた手首を見下ろすシャンティの口元が緩んでいた。
「あら?お買い物中だったの、そりゃ悪いことしちゃったわね。」
「どちら様っ!?」
「その前にアンタが答えなさい。……アンタが『円香』ってヤツなのかしら?」
「そ、そうだけど……。」
「ふ〜ん……。」
赤いコートの変態は口を尖らせて何度か頷くと、コートのポッケから個包装のビニールに入った大きなマスクを取り出した。
「口裂け女はもうやめたんじゃ……!?」
「口裂け女ぁ!?」
「そうよ。口裂け女は今日で終わり……。」
赤いコートの変態はマスクが入ったビニールを勢いよく破いてゴミ箱に入れると、そのまままマスクを装着した。
「だから、これが私の……、口裂け女の大トリよ!」
「先にマスクの中見ちゃうパターンあるんだ……。」
「おい円香ァ!!」
「え、なに急に……!?」
「アンタが最後の犠牲者じゃぁぁあ!!」
「ええええ!?」
赤いコートの変態、改め口裂け女が円香に突進した。
「何のつもりかわかりませんが、私の友だちを傷つけさせはしません……ッ!」
シャンティは居合の構えで出刃包丁を腰に携え、円香と口裂け女の間に割って入った。
「『隠し包丁』……ッ!!」
シャンティが縦横無尽に虚空を斬りつけると、糸のような燻銀に煌めく軌跡を描く幾多もの斬撃が浮き上がり口裂け女の攻撃を阻んだ。
「ぐぬぉ!?」
口裂け女は堪らず飛び退いた。
「……っと、中々やるじゃない♪」
口裂け女がガニ股で着地すると、細かい切れ込みがたくさん入った赤いコートがズルリと落ちて……、
「「い"……ッ!!??」」
スラッと伸びた筋肉質で力強いツルツルの手脚に、胸元だけ真っ黒に見える程には剛毛な褌一丁の変態が出現した。
「あらやだ、コートが脱げちゃった。……じゃあこれもいいかしら。」
口裂け女はマスクをゴミ箱に入れて戻って来ると、コートを拾って綺麗に畳みベンチの上に置いた。
「いや着ないんかいっ!?」
「それが何か?」
「もう口裂け女要素ゼロじゃんッ!?」
「知るかっ!私は私よぉぉおッ!」
胸毛の変態はもう一度円香目掛けて鋭く踏み込んだ。
「だからなんで円香さんを……ッ!」
シャンティがまた2人の間に割り込んだ。
「『隠し包丁』……ッ!!」
「ゴー、モア……!」
胸毛の変態はシャンティが出刃包丁で虚空を切り刻んだところ目掛けて思いっきりふんぞり返って突っ込んだ。
「あの変態、自分から当たりに……!?」
シャンティの斬撃が胸毛の変態に直撃すると、胸毛の変態は歯を食いしばってニカっと口角を上げた。
「チィエストォォォオオ!!」
「何を……!?」
ふんぞり返った胸板に生い茂る胸毛が高反発枕の様にシャンティの斬撃をそっくりそのまま跳ね返した。
「ぐあっ!?」
「う……ッ!?」
シャンティは自分が放った『隠し包丁』に、後ろにいた円香ともども吹っ飛ばされた。
「にゃーーーーッハッハッハ!!そんな攻撃、効かないわ、よーーん♪♪」
胸毛の変態は勝ち誇って肩で笑っていた。
「そんな……、『隠し包丁』が押し負けるなんて!?」
「シャンティ、あの変態……自分の胸毛に絶対の自信を持ってる……!正面からの斬撃は
「……ッ!!」
シャンティはすぐさま立ち上がると深く腰を入れて納刀した出刃包丁を握る手に力を込め、円香の言葉を無視して強烈な踏み込みで胸毛の変態との間合いを詰めた。
「ちょっと!シャンティ!?」
「1人だって……!」
「あぁら?お友だちの言うことは、
胸毛の変態はシャンティの予備動作に反応すると、シャンティの斬りつける高さまで膝を曲げて位置を調整し両足を踏ん張った。
「『導刃……、
「聞いた方がいいんじゃない……、
胸毛を誇示する様に、また大きくふんぞり返った。
「一志ッ!!!』」
「かしらッ!!?」
シャンティが胸毛の変態と激突すると、いつもの様にほんの一瞬2人の交点が夜空の星のように眩く……
「……!そんな!?斬り抜けられな……!?」
「ゴー、モア……!」
煌めくことはなく、シャンティの渾身の斬撃は突進の勢いごと完全に胸毛に吸収され、
「チィエストォォォオオ!!」
「が……ッ!?」
そのまま大きく吹っ飛ばされ、十数メートル後ろにあった木の幹に背中から叩きつけられた。
「シャンティ!?」
「ぅ……、このくらいッ!!」
シャンティは、心配して駆け寄って来た円香が差し伸べた手を振り払うとふらつきながら気合いで立ち上がった。
「シャンティ!あの変態の胸の剛毛は縮れて防塵チョッキみたいになってるだけじゃない……ッ!認めたくないけどスピードも完全にお料理ママを凌駕されて
「そんなの言われなくてもわかってます!!」
シャンティは『甲子園!怒涛!!』のディスクを胸元に挿入すると、背中に大きく『怒涛』と書かれた野球のユニフォーム姿に変化した。
「正面からの攻撃が通じないなら……!」
シャンティは投球の構えをとって大きく振りかぶった。
「だから、それだけじゃないの!あの変態……、反応速度も尋常じゃ
「『海神……!蛇行ーーッ!!』」
シャンティは円香の言葉を無視して、胸毛の変態目掛けて水流を纏っためちゃくちゃに蛇行する豪速球を投げつけた。
「ゴー、モア……!」
胸毛の変態がシャンティに正対して腰を入れると、シャンティが放ったボールは胸毛の変態の横を通り過ぎていった。
「……むぅ?」
「正面からやり合って勝てない相手との戦い方は、円香さんが教えてくれました……。1人になったって、私はちゃんと……ッ!!」
明後日の方向を飛んでいたシャンティのボールが胸毛の変態に背後から襲いかかった。
「そこぉぉおッ!!」
さっきまで微動だにしなかった胸毛の変態が突然こちらに背を向けてリンボーダンスの様に仰反ると、めちゃくちゃに蛇行していたボールが胸毛の変態の胸元に吸い込まれる様に身体の真正面から激突した。
「そんな……!?」
「ぅおんどりゃぁぁあ!!」
胸毛の変態が身体を起こすと、ボールはシャンティが放った以上の勢いで弾き返され、そのまま蛇行して何処かへと飛んでいった。
「ダメだ!やっぱりあの変態、速いだけじゃない……!反応速度が人間のそれじゃな
「『逸球……!
円香がシャンティの声に振り向くと、どこからともなく取り出したグローブに持ち替え投球のフォームに入り、ボールを持った右手が赤く煌めいていた。
シャンティは渾身の豪速球で胸毛の変態の反応速度を無理矢理突破しようとしているようだ。
「流れ
「ッ!?」
円香は全神経を右手に集中しているシャンティの横顔の向こうに、さっき跳ね返されたシャンティの『海神蛇行』が飛んでくるのを見つけ、咄嗟にシャンティに駆け寄った。
「星!!』……円香さんッ!?」
シャンティが赤く煌めく豪速球のストレートを放った直後、円香がシャンティの腕を掴んで引っ張り半回転すると、跳ね返された『海神蛇行』が円香の脇腹に直撃した。
「へ…………?」
シャンティが円香を呼ぶ間もなく、円香だけが吹っ飛ばされて地面に転がった。
「まど……か……さん…………?」
円香は倒れたまま、シャンティの声に応えることはなかった。
「ちょっと、嘘でしょ……。あの子、なんで自分より強いヤツ庇って倒れてんのよ……。」
「そんな…………円香さ……。」
シャンティは胸毛の変態に背を向けて、ふらふらと力無い足取りで円香の元へ歩み寄った。
「…………。」
シャンティは膝から崩れ落ちると、ボロボロと涙を溢して円香の手を握った。
「まどか……さん……、」
「…………、」
「へ……?」
気絶していたはずの円香に手を握り返された。
「へへ……、やっと、捕まえた。」
倒れていた円香が目を開けると、額に脂汗をかきながら、なんとも弱々しい強がりな笑顔を見せた。
「まどか、さん……?」
「私は、大丈夫……。倒れたふりでも、しないと……、話、聞いてくれな……、でしょ……!」
円香の顔は笑っていたが、息はあがって顔色も悪く、シャンティの手を握る手が汗ばんでいて『大丈夫』ではないことは明らかだった。
「もう喋らないでくださいッ!早く、病い
「やだ、喋る……!」
「何を言ってるんですか!!」
「『全部』、喋る……ッ!」
「……ッ!?」
シャンティの瞳孔が縮み、円香の手を握る手が脱力した。
「わた……、ぅッ!」
「円香さんッ!?」
円香が苦悶の表情を浮かべて胎児のようにうずくまった。
「私、は……ッ、いなくなったりしないから……ッ!1人で、勝つ……ことに!拘らないで……。」
円香がシャンティの手を握る力が強くなった。
「2人で、切り抜ければ、いい……!負け、たって……、2人で、逃げればいい……!それがダメなら、私が……担いで、逃げるから……。」
「まどかさ……、」
円香の手の甲に温かい雫がボタボタと零れ落ちた。
「不意打ちでも、騙し討ちでも……、汚いことは全部、引き受けるから……、だから……ッ!」
円香の目が優しくなった。
「友だちには……、シャンティには、笑顔でいてほしいな……♪」
「……………………。」
シャンティは俯いたまま無言で円香の手を両手で力強く握り返した。
「…………なんて、馬鹿なんでしょう。」
シャンティは円香の手をそっと放し、涙を拭い去った。
「へへ、バーカ♪」
「円香さんッ!?」
「後で、ちゃんと……話して、よね♪」
「……約束です!」
シャンティがパシンと自分の頬を両手で叩いて立ちあがろうとすると、円香に呼び止められた。
「ちょっと、立てそうにないから……1つ、お願い、良い?」
「勝機はあるんですね?」
「当たり前、じゃん……♪」
シャンティは円香から『ウェットボクシング』のゲームディスクを受け取ると、一旦しまって代わりに『バトルシエ闘度100』のディスクを胸元に挿入した。
「ここからは、2人がかりですッ!」
「……終わったかしら?」
いつの間にかベンチでくつろいでいた胸毛の変態が立ち上がってシャンティに正対した。
「ええ。もう、弱いだの1人だの……1人でうじうじするのは『終わり』ですッ!」
シャンティは白とピンクを基調としたポップでスイートなショートドレス姿に変化した。
「……そ。良かった♪」
胸毛の反対は口が裂けているかのように錯覚するほどの満面の笑みを見せた。
「『良かった』……?」
「……まさか口裂け女さん、私を元気づけるため
「おおっと!それ以上野暮なことは言いっこ無しよん♪」
胸毛の変態は某、白い都市伝説を連想するようなクネクネした動きで両手を交差させてバツを作った。
「なんなのコイツ……。」
「さあ、こっから本気の力比べじゃぁぁあッ!!」
「……ッ!」
余談を許さない胸毛の変態の迫力に、シャンティは思わず身構えた。
「……『得意』なんでしょ?」
「…………ええ!」
円香の目に遠目に見えていたシャンティの表情は、最近の曇りを微塵も感じさせない晴れやかなものになっていた。
「……行きますッ!」
「今度はフリッフリ……。魔法でも使うのかしら……ッ!?」
「さあどうでしょうッ!」
シャンティは横に走りながら大きめの傘くらいの長さがある絞り機的なヤツの銃口を向け、無数の光弾を胸毛の変態に向かって射出した。
「跳ね返った球があの子に当たらないように……って訳ね。粋じゃない!」
胸毛の変態がふんぞり返ってシャンティに向かって走ると、直撃した光弾はもれなく弾き返され、シャンティは自分の光弾を躱しながらなお光弾の雨を浴びせた。
「そんなへなちょこ玉……ッ、効かねえわよッ!」
胸毛の変態が蹴りの間合いに入って来ると、速度の乗った前蹴りを繰り出した。
「……ッ!」
シャンティは絞り機的なヤツで咄嗟にガードしたが、押し負けて後ろに吹っ飛ばされ片膝をついた。
「……くっ、なんて馬鹿力……!」
「ニャーーーッハッハッハ!あれだけ啖呵きっといてただの遠距離攻撃だけかしら?」
「……速いのは足だけかと思っていましたが、
胸毛の変態に煽られたシャンティは俯き歯を食いしばって笑うと、『ウェットボクシング』のゲームディスクを胸元に挿入した。
「どうやら気も早いみたいですね……ッ!?」
シャンティは立ち上がると両手にイカついガントレットを纏ったウェットスーツ姿に変化した。
「あら、またお着替え?」
「……、」
シャンティはボクシングのファイティングポーズを取ると、息を整えてまっすぐ胸毛の変態を見据えた。
「私、グーよりも……、
胸毛の変態が鋭い踏み込みで間合いをつけ、シャンティに回し蹴りを繰り出した。
「蹴りのが得意なんだけど!?」
「……ッ、」
シャンティはボクシングのガードで胸毛の変態の蹴りを受け止めた。
「んな……ッ!?この子、さっきまでこんなパワー……!?」
さっきまで当たれば必ず吹っ飛ばしていた蹴りを一歩も後ずさらず完璧に受け止められ、胸毛の変態は初めて動揺を見せた。
「しっかり、『ガード』……。」
シャンティは胸毛の変態が着地する前にアッパーを仕掛けた。
「んぬぅおッ!?」
胸毛の変態は超人的な反応速度で身体を捻ってアッパーを避けると、飛び退いて間合いをとった。
「ななな、なんなのよ一体……!?」
「……よし。」
シャンティはファイティングポーズを構え直した。
「闘える……ッ!」
「へんっ!パワーが追いついたって……!」
胸毛の変態がシャンティを囲むように連続で横っ飛びして撹乱を図った。
「さっきのお料理コスより、
「……ッ!」
「スピードが……!」
「……くっ!」
「落ちてる……、じゃないッ!!」
撹乱しながらの連続の蹴りのヒットアンドアウェイを受け、シャンティは防戦一方になった。
「シャンティ……、うぐ……ッ!」
円香は立ちあがろうとしていたが、脇腹に受けたダメージが酷く、這いつくばって戦況を見守るのが精一杯だった。
「『お料理ママ』じゃ速さで負ける……、『ウェットボクシング』でも、殴り合わせて貰えて、ようやく互角……!」
円香は目の前に転がっていた小石を強く握りしめた。
「2人がかりじゃないと……!どうにか、私が加勢して……、チャンスを……!」
円香は小石を握っていない方の手で脇腹を力いっぱい抑え込むと、歯を食いしばってなんとか片膝をついた。
「ほらほらほらほらどうしたぁぁあッ!!」
「ぐ……ッ!」
胸毛の変態のあらゆる方向からの連続攻撃に押され、シャンティのガードが崩され初めていた。
「そろそろ終わりに……するわッ!!」
胸毛の変態がシャンティの正面から踏み込んだ。
「……やっぱり、足だけじゃなくて気も早いんですねッ!」
シャンティが突然ガードを解くと、両腕を大きく後ろに引っ込め拳に水流を纏って攻撃体制に入った。
「へんっ!飛んで火に入る……、
胸毛の変態はシャンティが攻撃にスイッチしたのを視認すると、ふんぞり返って『ゴーモアチェスト』の体制で突っ込んだ。
「夏の虫じゃぁあッ!!」
「『ブルー・バレッジ』ッ!!」
胸毛の変態の胸元目掛けて水流を纏ったシャンティの拳の弾幕が放たれた。
「はぁぁぁあああ……ッ!!」
「パワーアップしたところで、全力じゃない一撃をどんなに重ねたって……、
胸毛の変態が思いっきり足を踏ん張った。
「そこだぁぁぁあッ!!」
胸毛の変態目掛けて、いつの間にか立ち上がっていた円香がありったけの力を振り絞って小石を投げつけた。
「威力が足りて
円香が投げた小石はシャンティの投球とは程遠いヘロヘロな軌道で胸毛の変態の脛にコツンと当たると、
「なぁっ!?」
あと1メートル足らずで落下しようかという威力には到底思えない勢いで、胸毛の変態の足がまるで柔道の大外刈りでも喰らったかのように後ろに弾かれて胸毛の変態は前につんのめった。
「……ッ!!!」
一瞬の隙を見逃さず、シャンティは胸毛の変態の懐に潜り込むと、そのままアッパーを喰らわせた。
「しま……ッ!?踏ん張る地面が……!」
「う……ッ、」
殴った反動でシャンティが踏ん張った足が地面に少しめり込んだが、構わずシャンティは胸毛の変態を真上に殴り飛ばした。
「へへ……、やっ……た……。」
円香は小石を投げた勢いでそのまま前のめりに倒れた。
「なんで、ありえない……!?あんなへなちょこ玉に足を救われるなんて!?」
胸毛の変態はぶっ飛ばされてなお、空中で胸を真下に向けて体制を整えた。
「『プロテクトッピング』……。一回だけ当たったものを危険から守ってくれる光の弾……『魔法』です。」
「危険から守るからってそれが…………、
〜〜〜
『今度はフリッフリ……。魔法でも使うのかしら……ッ!?』
〜〜〜
「まさか、さっきの無意味に見えたフリッフリな格好のとき……!?」
「ええ。あなたの目を盗んで、さっき円香さんが投げた小石に使わせてもらいました。」
「そんな小賢しい真似……!?」
胸毛の変態は何かに気づいたように、仰向けに倒れていた円香を見下ろした。
「本来は人を守る、憧れのシュガーさんの技なのに……あんな風に、わざとぶつけて悪用するなんて、『円香さんは』一体何を考えているんでしょう……♪」
シャンティは腰を入れて両足に力を込めると、こんどは右腕だけに激流を纏った。
「ぐぎぎぎ……、汚い真似を……!!」
「フフ。私たちは正々堂々『勝つ』ために戦っているんじゃあない……。」
シャンティが拳に纏った激流の激しさが増した。
「2人がかりで……、『切り抜ける』為に闘うんです。だから……!」
シャンティが胸毛の変態の真下から跳び上がった。
「私が1人で勝てなくたって、私1人が強くなくたって、何にも問題なんて無い……!!」
「ゴー、
胸毛の変態は落下しながらふんぞり返ってシャンティの攻撃を受け切る体制に入った。
「『スクリュー……!!
「モア……!!」
激突する寸前、シャンティは一回転して拳を加速した。
「ディーーーープ』ッ!!!」
「チィイエストォォオ!!!」
2人が空中で激突した。
「ぬごごごごごごごぁぁぁああ〜〜〜!!??」
今までシャンティの攻撃が跳ね返されていた状況と違い、踏んばる地面が無かった胸毛の変態は自分の『ゴーモアチェスト』の威力を上乗せしてどこか知らない遠く彼方へとぶっ飛んでいった。
「ガハ……ッ!?」
一方、シャンティは地面がひび割れる勢いで真下に背中から叩きつけられた。
「大丈夫……?」
「……円香さんよりは。」
円香もシャンティも立ち上がる気力は残っておらず、少しの間2人で空を仰いでいた。
「…………へへ、上手く切り抜けられましたね♪」
「『上手く』……ねえ。」
円香は痛む脇腹に手を被せた。
「まだ痛みますか……?」
「うん。」
「病院、行きますか……?」
「やだ。……別に、大丈夫だし。」
円香はそっぽを向いた。
「……もしかして、怒ってます?」
「私も悪ったけど……、かなり。」
「すみません……。」
「……オムライス。」
「え?」
「作ってくれたら許す。」
「いや、今日は和食
「買い物行ったきりでまだなんもできてないでしょ?」
「それはそうですが……。『お料理ママ』じゃあ、まだオムライス作れないんですけど。」
「……作ればいいじゃん。」
「裸エプロンになれと……?」
自力で料理ができないシャンティにとって、現状でオムライスが作れる方法は、使用すると強制裸エプロンになる『おふくろシミュレーター』のみであった。
「裸エプロンにならなくても作れるなら、使わなくても良いんじゃない?」
「考え直すつもりは……、
「ありません。」
「なんでですか!?」
「良いじゃん。たまには懐かしい味、食べたいし……///」
シャンティは初めて円香に振る舞った食事がオムライスだったことを思い出した。
「……はぁ。仕方ないですね。」
シャンティは立ち上がると、円香に手を差し伸べた。
「……ん。」
円香はシャンティの手を取ると、シャンティに引き起こされてなんとか立ち上がった。
「……。」
円香が立ち上がると、シャンティは無心でベンチを見つめていた。
「どうしたの?」
「いえ、その……コートが。」
シャンティが指差した先のベンチには、交戦前に確かに胸毛の変態が畳んで置いていたはずの赤いコートが跡形もなく消えていた。
「…………は?」
「まさか、さっきまでの間にここまで走って戻ってきてそのままどっかに消えてったってこと!?」
「あの人ならできなくはなさそうですね……。」
「ヒィ……ッ!?無理無理無理無理ッ!?帰ろ帰ろ……!」
「急ぐなら肩、担いでいきましょうか?」
「仕方ないなあ……。」
円香はシャンティの首の後ろに腕を回すと、シャンティがガントレット越しに円香の手を掴んで肩を担ぎ、帰路を歩き出した。
「口裂け女さん……。また、会えると良いですね♪」
「やめときなよ、あんなキモい生命体。」
「キモいとはなんですか!?ただちょっと胸毛が濃いだけでしょう。」
「いやシャンティも引いてたよね?」
「さ、さあどうでしょう……!?」
シャンティはヘッタクソな口笛で誤魔化した。
「……何かあったの?」
「う〜ん……、」
シャンティは少し考え込むと、
「秘密です♪」
満面の笑みで口裂け女とのやり取りを秘匿した。
「何それ〜、良いじゃん言ってよ〜。」
「う〜ん…………、」
シャンティはまた考え込むと、こんどは何か思いついたと言うような良い表情を見せた。
「『口が裂けても』言えません♪」
「誰が上手いこと言えと……。」
背景、おばーちゃん。
そろそろ時差ボケも治ったよね?
明日、おばーちゃん家まで這ってでも会いに行くから耳を揃えて……じゃなかった。首を洗って待っててね♪
今日は疲れたから明日に備えて早く寝ます。次の挨拶は直接、ね?
愛しのひ孫より




