15話 愛してるって、超☆かいじゅう
昼下がり。
御茶混高校に終業のチャイムが鳴り響くと、蜘蛛の子を散らしたように帰宅部の生徒の波が校舎から正門に押し寄せる。
「んぁ〜〜!、終わった終わった。帰るぞー円香ー。」
「私は良いけどさ、部活の勧誘全部けっちゃって良かったの?アイロめちゃくちゃ誘われてたけど。」
「アタシにチームスポーツなんかつとまると思うか?」
「それもそっか。」
「ぅおいッ!?」
円香とアイロが正門に向かって歩いていると、既視感のある人影が1つ。
「「……。」」
2人が足を止めて見つめた先で、バルデが満面の笑みを浮かべ、千切れそうな勢いで手をブンブンと振っていた。
「……お熱いねえ。」
「迎えなんて頼んでねーんだけどな。」
困り顔で頭をポリポリと掻くアイロの口元が緩んでいた。
2人が正門を出るや否や、バルデがアイロの腕に抱きついた。
「ぉおいっ!?まだ人目が……!///」
「は〜っ、あっっつ……。」
顔を真っ赤にしているアイロを揶揄うように、円香はパタパタと両手で自分の顔を仰いだ。
「おめー、他人事だと思いやがって……。」
「他人事だと思いやがって!」
「……いや他人事でしょ。勝手にいちゃつけば良いじゃん。」
「お前なぁ!?」
円香に身を乗り出すアイロの腕をバルデが強く抱き寄せた。
「ん?どうしたバルデ。」
「……この地球人は理屈じゃないと納得しない。」
「別にそんなことはないと思うけ
「だから他人事ではない理由を作りましょう、バルデ♪」
「「……は?」」
バルデはアイロの腕をグイグイ引っ張って、少し歩いたところにあるコーヒーチェーン店の4人席へと誘った。
「さて、地球人。」
「……『円谷円香』だ。アタシのダチの名前くらい覚えろ。」
「ごめん……。」
バルデはアイロに嗜められると背中を丸めて俯いた。
「アイロ、そんなに強く言わなくても……。」
「い〜やダメだ。アタシが我慢ならん。」
「そ、そうなんだ……。」
「その……円谷円香。」
心なしかさっきよりもちょっぴり棘がなくなった声でバルデに名前を呼ばれた。
「どうしたの?」
親の仇のようにしか接してこられなかった今までとのギャップに思わずこちらの声も優しくなる。
「えっと……、これから、その……。」
仄かに頬を赤らめて指を弄るバルデを2人は優しく見守っていた。
「……見てて欲しい。」
「何を……?」
「わたしとアイロが、イチャつくところ。」
「はあッ!?///ななな、なに言ってんだオメー!?」
「それで、お義姉様に報告して欲しい。」
さっきまでのしおらしい態度を見て、もしかしたら友達になりたいとか言い出すのかと思った自分が馬鹿だった。
「いや全く意味わかんねーだろ!?」
「……、」
バルデはアイロの片手を持ち上げて自分の頭に乗せた。
バルデが手を放すと、優しく頭を撫でられる手に目を細めて恍惚とした表情を浮かべた。
「わたしとアイロがイチャイチャしてるところを円谷円香に見せつけて、それをお義姉様に報告させたらどうなると思う?」
「……。」
円香は目の前の甘々な空気を肴に、死んだ魚のような目でブラックコーヒーを啜っていた。
「オメー、そういうことか……。」
アイロはコーヒーに口をつけていないのに苦そうな顔をした。
「この前バルデが言ってた、おねーさまに嫉妬させて今まで寂しい思いをした仕返しする……ってヤツだな?」
「さっすがアイロ、以心伝心ね♪でも、もう一つ。」
「まだあんのかよ……。」
この間、持て余した時間を念入りに潰すように、円香は黙々とパンケーキにシロップを塗り重ねていた。
「そこに円谷円香を加えれば、報告係としてだけじゃなくて、お義姉様に円谷円香を取られたって思わせることができるの♪」
「ときどきおめーがちょっと怖えわ……。」
円香はツヤッツヤのテッカテカになったパンケーキにナイフを走らせた。
「というわけで円谷円香!」
「ん?」
円香は切り分けたパンケーキを小皿に乗せてバルデの前に差し出したところで目が合った。
「私の話?」
「な……ッ!?き、貴様ッ!さっきまでの話聞いてなかったわけ!?」
「なんか、私を懐柔しようとしてるなってとこまでなら。」
「怪獣?」
バルデはテーブルの上で両手の爪を突き立てるような仕草をすると、アイロの方を向いて首をかしげた。
「……可愛いと思ってやってんなら突っ込まねーぞ。」
「く……ッ!まさかここまで心が通じ合っているなんて……!」
「大変そうだね……。」
「そう思ってんならアタシからもバルデの相手を頼むわ。……パンケーキサンキューな。」
「サンキューな!」
バルデがアイロを真似て白い歯を見せて笑った。
「……やむを得ないか。」
「さっすがアタシの友達♪」
「よし♪円谷円香の懐柔は順調ね。」
「……オメー、やっぱ知っててボケやがったな?」
3人はパンケーキを完食するとお店を後にしてその辺を歩き出した。
「ねえバルデ、どこ向かってるの?」
アイロと恋人繋ぎにした手をグイグイと引っ張って足早に歩くバルデを、2人は半ば追いかけるような形になっていた。
「わたしとアイロの愛の巣♪」
「『アタシん家』な……!」
「まさか本当に同棲していたとは……。」
更にもう少し歩くと、とあるマンションにある一室の前でバルデが見せびらかすように一本の鍵を掲げた。
「じゃーん♪どう?円谷円香、羨まし?」
「いや別に。」
バルデが鼻歌を歌いながらドアを開錠すると、そのまま部屋の奥へと走っていった。
「アタシの城が、今じゃこの通りだよちくしょう……。」
「うちも壁ぶち抜かれて似たような感じだよ……。」
「お互い大変だな……ハハ。」
円香が靴を脱いでいる横でアイロはタオルで靴の上から足を拭いた。
アイロの足は側から見たら銀色のパンプスのような形をしているが、よく見ると靴下や繋ぎ目は無く、脚と一体化している。
円香は前に自室に上がり込まれたことはあったが、こうして間近でアイロが靴を脱ぐのに代わる動作をしている所を見るのは初めてだった。
「……。」
「……なんだ?」
「いや、ワンちゃん思い出した。」
「犬と一緒にすんじゃねえ……!」
アイロがちょっと乱暴な足取りで歩くと、タップダンサーのような重厚な足音がかすかに床の振動で伝わってきた。
「じゃじゃーん♪」
2人が部屋に入るや否や、バルデが満面の笑みで真っ直ぐ伸びた人間の腕の形状の……というより人間の肩から先そのものを円香に見せびらかした。
「え"……!?」
その腕は再現度がマネキンなんてものではなく、というよりもまるで本物の人体をもぎったような……。
「あんま怖がらせんなって……。」
アイロはため息をつきながらバルデから腕を取り上げてベッドの上にほっぽった。
「ああ、わたしの抱き枕……!?」
『抱き枕』という言葉と、ここに来るまでバルデがずっとアイロの腕を抱きしめていたことを思い出してピンと来た。
「もしかしてアレ、アイロの腕……?」
「抜け殻みてーなもんだけどな。アタシと一緒に寝るって聞かねーからアレで勘弁……って訳だ///」
「トカゲの尻尾切りかあ……。」
「オメーさっきから他の動物に例えんのやめろ!?」
「それで、ここに連れて来て何するの?」
「わたしの手料理を振る舞うんだけど?」
いつの間にかバルデがどこからか取ってきたエプロンをつけていた。
「さっき食べてきたばっかなのに……!?」
「バルデがめっっちゃ食うのは見てきただろ……?」
「食費とか大丈夫なの?」
「生活費は折半、食費はわたしが多めに出してるので心配なく。」
「そうなんだ……。」
「つまりわたしとアイロは相互扶助の関係、実質夫婦……///」
「じゃねーからな?」
「『まだ』、ね♪円谷円香はそこ座ってアイロと談笑してなさい?」
そう言い残すとバルデはキッチンに立って野菜を切り始めた。
「ったく、困ったもんだぜ……。」
またまたため息をついてソファーにどっかりと腰を下ろすアイロの声色は、どこかまんざらでもなさそうだった。
「しっかり者だね♪」
円香はアイロの隣……からちょっぴり隙間を開けて腰を下ろした。
「まだ距離感じてんのか?」
「肩なんてくっつけようものならキッチンから包丁が飛んできそうだからね。」
「……アタシよりバルデのことよく分かってんじゃねーの?」
「嬉しくはない。」
円香は座ろうとした瞬間、一瞬包丁の音が止まったことに気づいていた。
「そっか、円香にはシャンティがいるもんな♪」
また包丁の音が止まった。
「そういう関係ではない。」
後ろの音が戻った。
「なあ、なんでさっきからちょっとカタコトなんだ?」
「……愛しのハニーに聞いてみな。」
「だからそういう関係じゃねえッ!///」
それからバルデの地雷を踏まないようにアイロと談笑していると、やがてバルデが2人を呼ぶ声がした。
「うわぁすごい……。」
食卓には野菜がたっぷり入った豚汁と、大根おろしを添えた和風ハンバーグが並んでいた。
「あんまりお腹減ってないみたいなのでおかずだけですが……!」
バルデはふんぞり返って渾身のドヤ顔を披露した。
「将来安泰じゃん……。」
「タチの悪い冗談はやめてくれ。」
3人は手を合わせて食事に手をつけた。
「あ!これ豆腐ハンバーグ……!?」
「栄養価も死角はないので……!」
バルデはふんぞり返るのを通り越して、なんだかクネクネしていた。
「……。」
ちょっぴり幼い言動とは裏腹に、健康的な食事を作れたり、キッチンも綺麗に片付けていたりと、しっかり者な一面が垣間見えた。
食事を終えるとバルデは進んで食器を洗い出し、またアイロと2人で雑談でもしているよう円香に促した。
「ここまでもてなされちゃうと、なんだか悪いなあ……。」
「シャンティの奴は違うのか?」
「うちは2人とも料理作れないから『おふくろシミュレーター』と『お料理ママ』のディスクでシャンティに作ってもらっちゃってるなぁ。」
「……一人暮らし、するつもりだったんだよな?」
「地球の叡智を舐めちゃいけないよっ!」
円香はさっきのコーヒーチェーン店のレシートを広げてアイロに見せつけた。
「身体壊すぞ……。」
「そういうアイロは料理できるわけ?」
「あー、カレーくらいなら。」
「負けた……ッ!?」
「良い機会じゃん、バルデに教わればどうだ?」
「めんどくさいよぉぉ……。」
円香はソファーの上で溶けた。
「ダメだこりゃ。」
「……円谷円香。」
2人が雑談していると、ソファーの後ろから呼ばれる声がした。
「ああ、バルデ。ごはん、ありがとねぇ……。」
「初訪問でよくここまでくつろげるな……!?」
「良いだろ?自慢の友だちだぜ?」
アイロは窓の外のどこか遠くを見つめていた。
「はぁ……。寝るならお家で寝ないと、わたしとアイロのデュオを一晩中聴くことになるけど?」
「するかッ!?///」
窓の外を見ると、いつの間にか傾いた日が沈みかけていた。
「げ……ッ!?だいぶ長居しちゃってた!?」
「お義姉様はああ見えて寂しがりです。……そろそろ帰ってあげたほうが良いのでは?」
「ご、ごめんっ!?夕飯の買い物しなきゃだから帰るね!?2人とも今日はありがとーー!」
円香は慌ただしく荷物を拾い上げると、玄関まで駆けて行った。
「気ぃつけて帰れよーー。」
「れよーー。」
開け放たれたドアがゆっくりと閉まり、部屋が一気に静かになった。
「……良かったのか?バルデ、あんまりアイツと喋れなかったけどよ。」
「わたしはしっかり目的を果たしたけど?」
「……の割にいつもよりベタベタしてこなかった気がするが。」
「アイロだって、友だちとの時間が必要でしょ?」
「そーゆーことかよ……。わざと時間かけて料理してアタシが円香と喋る時間作ってたんだな。」
「これは困ったわ。アイロとは以心伝心だと思っていたのに、わたしが円谷円香の胃袋を掴んで懐柔しただけなのがわかってもらえないなんて……。」
「んじゃ、それで良いわ。……とんだかいじゅうっ子だな。」
「まあね♪」
2人の間には仄かなカレーの香りが漂っていた。




