第430話理想の体型をアナタに
売店の一区画にこっそりと置かれているチラシがある。
それはカウンターの片隅に最近追加されたもので、チラシそのものが特別なマジックアイテムだった。
「チラシ?」
「そうだよ。下に切り取り線があるでしょ? チケットだからそれを一枚ちぎって10秒手に持って」
「……10秒」
月読さんは怪訝そうにしながらも、僕の説明に耳を傾けて、言われた通りに試してくれた。
浦島先輩の要望を受けて開発し、実際に形にするまでに結構苦労した。
その結果出来上がったチラシは高度な魔法が組み込まれた、転移アイテムなのだ。
そのジムはダンジョンの55階層にひっそりと建っていた。
ジム直通転移機能付きチケットはしっかりと発動して、僕らを無事に入り口へと運んでくれたようだった。
「!?!……なにここ?」
「探索者専用ジム」
「そんなのあるの!?」
「あるね。ダンジョンだもの、売店があるならジムくらいあっても不思議じゃないよ?」
「そんなわけ……ないじゃない?」
「まぁまぁ。あまり気負わないで。こういう場所があるくらいに考えるといいよ。月読さんが太ったのは、僕の責任もあるだろうし」
「太ってないわ! 太らない体質だって定評があるんだから! そう! 胸のサイズが2サイズも大きくなったの! きっと成長期よ!」
「……全部まんべんなく丸くなってるんだよなぁ」
僕としては、心を鬼にして、嫌われるつもりで挑んでいる。
ストレートな指摘に月読さんは、ぬぐぐと悔しそうに唸っていた。
ダンジョン飯のパワーおそるべしと言ったところか。
ならばダイエットのアプローチもダンジョンのやり方で行かねばなるまい。
しかし反応に困る個人情報をサラリと出すのはやめてほしかった。
「ようこそダンジョンプラチナジムへ! このジムは会員制になっております。登録なさいますか?」
ジムに入るとエルフの受付がにこやかな笑顔で僕らを歓迎した。
月読さんはなにもかもに困惑していたが、口に出したのは至って普通の疑問だった。
「か、会員制……」
「そうなんだよね。会員制なんだ」
ちなみに最初の一回はチケットで転移。
その後会員証を使って自由に行き来できるようにするシステムにする予定だ。
月読さんは不安そうにチラリとこちらを見る。
僕はとりあえず頷いた。
まぁ効果は期待していいはずだ。
その根拠は浦島先輩で、あの劇的なダイエット効果は日々実感する所だった。
そしてここにいるエルフ達はそんな先輩が接客を叩き込んだ精鋭エルフなのだ。
「……エルフって一見すると人間っぽいけど、このダンジョンじゃ立派なモンスターよね?」
「……モンスターだねぇ」
「大丈夫なの!?」
「……大丈夫だよぉ?」
「何で自信なさそうなの!?」
そりゃあ、僕がオーナーってわけじゃないですからね。
でも浦島先輩に可能な限り手を貸したのは確かだ。
それにこのジムにはハットリさんもノリノリで協力していて、恐らくただのジムにはなっていないという確信はあった。
すかさず月読さんにセールストークを仕掛けるエルフは見たことがないほどの営業スマイルだった。
「初回はお試しもできますので、お気軽にどうぞ!」
「……お試し」
目の前で悩む月読さんに、受付エルフが問いかける。
どうするつもりなんだろうと急かすことなく黙って見ていると、月読さんはお試しに走った。
「な、なるべく短い期間で、効果が出たりする?」
そんな質問に受付エルフは一層笑みを深めて、丁寧に目の前のコース一覧を差し出して解説を始めた。
「でしたら……こちらの体質改善コースがおすすめですね。一般的なジムの前に、スパが加わったコースです。一時的に代謝を上げつつ、筋肉がつきやすい状態にすることで、より高いトレーニング効果を実感できます」
「……そんなに実感できるの?」
「もちろんでございます。まさしくダンジョンらしく魔法のように……女性はもちろん男性も理想の体型を誰でも手に入れることができるジムを目指しております」
「…………」
うーんこのエルフ、思ったよりも賢いなぁ。
そして話術が巧みだった。
あっという間に、ひょっとしてと頭によぎってしまった月読さんが話に完全に引き込まれていた。
そして受付エルフは、最大のセールスポイントを開示した。
「ちなみにこちらのコース――なんと部分痩せが可能となっております」
「……さすがに胡散臭いわ。フィクションでしょう?」
「いいえ。これこそが体質改善コースの最大の売りですわ。ここだけの話……特製ポーションがそれを可能にしております。減らしたい部分を減らし、増やしたい部分を増やす。当店自慢のマッサージを受けるだけで、理想のプロポーションはあなたのものです」
「……試してみてもいい?」
「もちろんでございます。短時間でも十分に効果を実感していただけると思いますよ。見た目も、探索者の活動もご満足いただける変化があると自負しています」
「……っ! わかった。そこまで言うのなら、信じてみるわ」
そして止めを刺された月読さんは、吸い込まれるようにまずはスパルームに消えていった。
「え? なにそれ……ちょ、冷たっ! ……ヒャァ!」
なんか聞こえた気がしたけど、すぐに静まり返る。
「……」
聞いてちゃまずいなと察した僕はクールにその場を去ることにした。
そして僕は僕でトレーニングルームで汗をかいて、だいたい2時間後――
「……マジでか」
「――こう、なんだか生まれ変わった気分ね、体が軽いわ」
ほぼ体格が元の姿に戻った……いや、元よりも磨きが掛かった月読さんがお肌ツヤツヤで現れた。
本人は気がついていないかもしれないが、迸る魔力の流れも別物である。
月読さんは大変満足した様子で、受付エルフにいい放った。
「会員登録お願いできる?」
「ありがとうございます!」
「浦島先輩やるなぁ……速攻じゃん」
どうやら浦島先輩は知らない間にすさまじい施設を作り上げてしまったみたいである。
この後、ついでに天然精霊ガチャを紹介したところ、月読さんはもっとお肌をツヤツヤにして帰路についた。
はっきり言って僕がしたことは余計なお世話以外の何物でもなかっただろうけど、新しいジムとガチャは彼女のストレス発散に役立ってくれたみたいだった。
次の日、クイーン信者が更に増えたらしいと噂が流れたが、真実はどうなのか? 僕は攻略君に訊ねることもしなかった。




