第422話ライバル再び
学校のスタジアムに移動して、レイナさんとミアさんの二人はなぜか戦うことになる。
一番大きな舞台の上で、向かい合っているレイナさんはいつもの探索衣装にバッチリ着替えて、体をほぐしていた。
そしてどこか暗い様子のミアさんに、明るく話しかけた。
「OK。じゃあ、好きに攻めてきて! 最初の一発は譲ってあげます!」
「……ずいぶん舐めてくれるね、レイナ。その自信、どこからくるの?」
「うーん……最高にクールな出会いがあったからですね! はっきり言って、昔のワタシとはレベルが全然違います―――どうやったって負ける気はしませんね」
そしてカモンと挑発的な手招きに、ミアさんの額に青筋が浮かんだ。
激しいマグマのような怒りに反比例して、周囲の気温が一気に下がっていた。
「上等よ……私の方こそあの時とは違うってところを見せてあげるわ!」
「やっと調子が戻って来たね! 先生! じゃあ審判お願いします!」
そして流れで引っ張ってこられた、龍宮院先生は頷いて応えた。
「……ああ。うん。わかった。双方あまり無茶しないように」
そしてさらに、ついでにステージ脇に連れてこられた僕は、はらはらしながら友人のバトルを見守っていた。
ひとまず僕はステージ上から退避してきた審判役の龍宮院先生に話しかけた。
「どういう風の吹き回しだと思います? 先生?」
「さあ? でも、ミアって子が何か思い詰めていたからじゃないかな?」
「ですか。……ですよね」
僕はそうだよなぁと頭を掻く。
何となくミアさんが追い詰められる経緯は察するところがなくはない。
何が悪かったかと言えば……大体僕が悪いのが悩ましいところだ。
「まぁ、お手並み拝見といこう。きっと君にもいい勉強になる」
「……そうですね」
龍宮院先生は気楽にそう言うけれど、なんだろう? 僕には多少無茶の匂いがしていた。
レイナさんの思惑はともかく、まさかスタジアムを借りてまで本気で勝負するとは思わなかった。
スタジアムを借りたということは、死ぬような攻撃を全力で叩き込みたいということだった。
いつかのエキスポを思い出すマッチアップは、静けさの中のにらみ合いから始まった。
「後悔するといいわ!」
最初から遠慮も何もない、大きな魔力の唸りは、規模から考えても全力で練り上げられた本気だった。
大気が巻き上げられ、氷の竜巻となってレイナさんに襲い掛かるが、レイナさんは腕を組んだままその場を一歩も動かなかった。
「!」
魔法はレイナさんの正面から直撃した。
モンスターを芯から凍り付かせる極寒の冷気はレイナさんを一瞬で巻き込む。
魔法が炸裂した後、ステージの上に巨大な氷塊が出現して、さすがにミアさんも唖然としていた。
「……うそでしょ?」
だけど龍宮院先生と僕は黙ってそれを見つめていた。
そして――レイナさんのギターの音色は、ステージに聳え立つ氷塊の中から静かに聞こえて来た。
「――ダメですね。一度にどれだけ魔力を込められるかしか考えてない、基本に忠実な魔法です。……プライドも理性も捨てる必要はないけど、一先ずワタシにダメージを与えたいなら常識的過ぎますよ?」
「!」
ギャインとギターの音が響いたと同時に、黒い雷が氷すべてを粉砕した。
かき氷よりも細かくされた氷屑の中から飛び出してきたレイナさんは、フェイスマスクを装着し、パンクなギターをかき鳴らしながら演奏を開始する。
「うーん、いい音です。じゃあ、前回見せてないところから――準備はいい?」
浮遊するステージが彼女の足元からせり上がり、スピーカーが展開する。
演奏が始まるとステージ全体が光り輝いて、無数のデーモンとケルベロスが門を開いてあふれ出した。
地獄の蓋が開いたような光景に、ミアさんはサッと青ざめた。
「これは……流石にでたらめすぎない!」
「ただの小手調べです! ようこそ地獄のステージへ! ミアは友達だから、今日はたっぷりサービスしてあげましょう!」
「!!」
ギターの演奏が一段、テンポを上げた。
その瞬間、流れ込んだ波動を受けてドンと筋肉を肥大化させてパンプアップしたデーモンの群れが一斉に吼えた。
「……!」
それだけで目を開けていられなくなったミアさんに、魔力で生成した二股の槍を構えてデーモンは殺到した。
ミアさんは咄嗟に応戦しようとしたが―――とてもじゃないが抗うすべがない。
弾丸のような氷の礫も、当たるまえに粉々に砕けて一切効果がなかった。
一方的に投げつけられる槍によって、四肢を床に縫い留められたミアさんはあっという間に動きを封じられた。
「ツゥッ!」
「……アナタのレベルは多く見積もっても30前後……参考までにワタシのレベルを教えておきましょう。ワタシのレベルは――130です」
「嘘よ! ありえないわ!」
「さて? ジョークなのか本当か――どう思います?」
「クッ……!」
ウインクするレイナさんの問いに、ミアさんは次の言葉が続かなかった。
だけどその台詞に、よからぬ企みを感じとったのはむしろ僕だ。
レイナさんは本当に今回、力の一端を見せるつもりだ。
渦巻く桁外れの魔力は100階層到達者そのもので、なんなら権能保持者としても破格の魔法を行使している。
目の前で編み上げられる魔法は、龍宮院先生が本気で焦るほどだった。
龍宮院先生は、声を張り上げる。
「い、いやそれは……! ワタヌキ君! ヘルプ!」
「りょ、了解!」
レイナさんの全身全霊の一撃は空から降って来る。
いつか見た冥界の闇を濃縮したような暗黒の塊がステージの上を覆い、ストンとミアさん目掛けて落っこちてきた。
あれはまずい。
たぶんステージごと跡形もなく砕ける。
すかさず僕はシールドを飛ばして力で受け止めると、闇は猛烈な勢いで膨れ上がって、弾けた。
あまりの威力に僕は冷や汗をかくが、どうにか威力を殺しきる。
闇の波動をはじき返し、何とかステージを守り切ると、シンと静寂がやってきた。
完全に後半の状況の変化を追い切れていなかったミアさんは、呆けて呟いた。
「……何が起こったの?」
ミアさんが見上げる空は、レイナさんの一撃で雲が一切消滅して、底が抜けたような深い青が広がっていた。
演奏が終わる。
汗を軽く拭い、爽快な青空をバックに笑うレイナさんはズビシと人差し指を敗者へと突き付けた。
「ワタシの勝ちです! これでわかったでしょう? アナタが探している力は、今の常識ではとてもじゃないけど計れません!」
「……!」
「それを伝えた上で聞きます……」
レイナさんが指を鳴らすと、ミアさんを張り付けにしていた槍はすべて消失した。
そして自由になった彼女にレイナさんは手を差し伸べる。
「力が欲しいですか? ならばくれてあげましょう――この手を取ればね?」
言い放った後、レイナさんはちょっと照れて、今度は僕に付け加えた。
「あっ、こういうのちょっと憧れてたんです」
「その気持ちはわかるけれども……」
台無しだからやめてあげて欲しい。
でもどう見ても、レイナさんの手を差し出す姿は悪魔の契約そのものだった。
なんというか……自分もこんな感じなんだろうな。
勧誘とかって、インパクトは大事なのです。
「……」
正直この誘いは抗いがたいものがあると思う。
自分の力のなさを突き付けられた上での誘惑は効く。
だけどミアさんはその手を払いのけていた。
「……馬鹿にするんじゃないわ。恵んでもらうなんてまっぴらごめんよ」
手をはたかれたレイナさんは妙に嬉しそうに、失敗していた。
「いい返事です! ちょっぴりワタシも耳が痛いですね! でもせっかくなので勝者の権利として嫌がることをしちゃいます! というかサプライズ! これはプレゼントですね! せっかく用意したのでもらってください!」
「ちょっと! ……あんたね」
「まぁまぁ。ハイこれ!」
レイナさんから輝かんばかりの笑顔で差し出されたのは、笑顔とは真逆のどす黒い漆黒のオーラを纏った人魂だった。
「……」
「……」
そのあまりの禍々しさに、ミアさんは元より僕の中の攻略君までドン引きだった。
「あなたのために一狩りして来ました! 悪魔の根城で一際邪悪な波動を放っていたの! 大事にしてくださいね!」
「……えぇ? これは…………本気なの? ジョークなの? どっち?」
「本気と書いてマジと読みます! ホントなら自分で使いたいくらいです!」
「……受け取っても死なない?」
「特殊な加工をしてあるのでダイジョブ! アナタは嫌がるかもしれないけど、この先に進むのなら絶対に必要なものですよ?」
「……ほんとなに? あんた悪魔と契約でもしたんじゃないの?」
いよいよあきれ顔でそう言ってミアさんは、本当に長い溜息を吐いた。
しかし顔を上げると、ミアさんは妙にすがすがしい顔をして、邪悪な人魂を受け取っていた。
「いいわ……敗者の罰としてこれは受け取る、これでいい?」
「その調子です! ヒントを出すとですね……誰でもいいから、おかしいこと言っている人の助言をだまされたと思って試してみてください。話はそれからです」
「あんたね。……分かった。気が向いたらやってみる。でも! 必ず借りは返す! それまで……待っていなさいよ」
「何言ってるんです。頑張って追いついてください! ワタシはだいたい50階くらいにいるから、再戦はそこまで来られたらってことで!」
「んん? ……ちょっと待って? 50ぅ!? ってなに? 嘘でしょ!?」
「嘘じゃないでーす」
楽しげにレイナさんがまた冗談っぽく言っていたけど、もうミアさんが纏っていた暗い空気はなくなっていた。
そして数日後、東雲さんちの工場から、新しい最優先の注文が来たことを伝えられ、ちょっとかわいいのを用意してあげようかなって僕はそう思った。




