第413話エルフの森のレストランで
「ようこそお越しくださいました」
「おおっ……」
レストランだという建物にどうにか足を踏み入れると、まずエルフの店員が丁寧に彼らを迎え入れた。
敵意もないようで席に通され、わけもわからずに座る。
それは呪いの椅子とかそういうわけでもなく、死ぬような罠というわけでもない様子だった。
「なんか……幻術の類を懸けられているんじゃないわよね?」
ミアですら経験がないような異様な歓待を受け入れられたのは、以前にも似た空気の体験をしていたからに他ならない。
暫くしてメニューが運ばれてきたが、やはり全員が首を傾げた。
カナタはしかし、聞き覚えのある響きの素材の名前がふんだんに使われているメニューを見て、えぇーッと声を漏らした。
「……これは、全部モンスターか」
「売店にも食材が売ってたわ。ひょっとしてこの店と関係あるのかしら?」
そしてカノンは驚くべき順応性で「間違いないだろうな」という顔をしてメニューをすぐに受け入れる。
だが嫌な顔をして舌を出すのはマキだ。最近よく聞く売店の話に不信感を露にしていた。
「うげぇ……またあの売店関連? いちいち胡散臭いのよね」
「……そう邪見にするものではないわ。実際便利だし」
「……そうだな。探索者にとって有用なものが多い」
カノンは擁護して、ショウがカバーするのもいつものことだったが、マキとしてはそこも気に食わない原因の一つだった。
「……そりゃあわかるけど、見たことあるアイテムしか買ってないわよ私?」
そしてマキだけではなく、あまりにも違和感のあるそれを警戒していたのは、ミアも同じである。
彼女は警戒でピリピリしながら、マキに同意した。
「……その点は半分くらいマキに賛成。得体が知れないのにも限度があるわ。慎重なのはいいことよ」
「!……ミ、ミア様に褒められた……!」
しかし真面目な話はここまでだった。
ミアに直接褒められたマキは頭から湯気を出してふらついていた。
そんなマキをやれやれと仲間は見守る。まぁいつものことだった。
「……ミアさんと一緒の時のマキはダメだな」
「ああ、随分静かだし」
「仕方ないの……緊張しているのよ」
ダンジョンの中とは思えない穏やかな雰囲気に、全員が飲まれていたのは間違いない。
ただ、気が緩んでいたということはないはずなのに、その声が聞こえた時、存在に気が付いていた人間は誰もいなかった。
「……こんな所にお客が来るとは珍しいこともあるものだね」
ボリューム満点の肉の乗った皿を、静かにナイフで切り分ける男子生徒は料理を食べながら彼らに語り掛ける。
腰を浮かせて身構えるパーティに一切動じず、男は食事を続けた。
「ええっと……貴方は確か生徒会の?」
「ああ。そうだよ生徒会会計の、烽火という。君達は確か一年の……草薙君だったかな?」
「は、はい。そうです」
カナタが肯定すると、嬉しそうに烽火は表情をほころばせた。
「そうか! 舞闘祭では、素晴らしい奮闘だったね! それに、もう20階を突破するなんて、君達はプロの探索者でもやっていけそうだ。今年は優秀な1年生が多いと、生徒会でも話しているんだよ」
「ありがとうございます。先輩は、このレストランがなんなのか、ご存じなんですか?」
「もちろん。生徒会主導で試している新しい施設の一つだよ。この場所はダンジョンの再構成で位置こそ変わるが、この階層に常に存在するから、次に来た時にも探してみても面白いかもしれないな」
食事をしながらすらすらと語る烽火に、唯一ミアは眉間にしわを寄せていた。
「それを……独占しているの?」
「独占? そんなことはしないさ。むしろ検証して、問題ないようなら広く知ってもらいたいと思っているよ。それがこの学園の存在意義だからね」
「……」
ミアはそんな話を聞いても、警戒心を隠そうとしない。
これ以上はもめそうだと判断したカナタは、焦り気味に割って入った。
「せ、先輩も、舞闘祭すごかったですね」
戦士の部を優勝した顔だと覚えていたカナタがそう言うと、烽火は困った表情を浮かべて頭を掻いていた。
「私かい? いやいや恥ずかしいな。例年は生徒会は運営にまわって参加はしないんだがね。テイムや新たな魔法について共有しようと、出張ってしまったんだ」
「そんな、立派ですよ」
「いやいや。すごいのは君達だよ。特に君達が所属するクラスはいい。……君達はいち早く精霊のテイムを利用してダンジョン攻略を始めただろう? 未知のものを受け入れるのは口で言うほど簡単ではないよ」
「そ、そんなことは……」
「いやいや、謙遜することはない。他にも、そうだね……綿貫という方――生徒がいるだろう? 個人的に注目していてね」
楽しげに語る烽火の言葉にピクリと反応したのは、頭がショートしていたマキだった。
「……ええ? あいつはあんまりやる気があるようには見えませんよ? 今だってどっかでトイレでも作ってそうですし」
「マキ……君はワタヌキ君嫌いだなぁ」
「……仕方がないのよ。マキはどういうわけかワタヌキ君をライバル視している節があるから……」
「はぁ!? そんな事これっぽっちも全然ないんですけど!? 歯牙にもかけてないです! あんなの!」
「……」
ただその時、突然パキッとおかしな音が聞こえて全員が困惑する。
烽火は朗らかに笑い、マキに対して嗜めるように言った。
「……そうなのかい? だが、本人のいないところで、そう悪し様に言うものではないよ? クラスメイトとは仲よくすべきだ」
「は、はぁ……」
「うん。それでは私はこれで失礼する。君達は……ひょっとしてエルフのテイム方法について調べに来たのかな?」
「わかるの!?」
だがそこに食いつくミアに、烽火はもちろんだと頷いた。
「気になるのなら……是非ともここでコーヒーを注文するといい」
「コーヒー?」
「そうだよ? でも重要なのはコーヒーそのものじゃない。では、ヒントはこれくらいにしておこうか」
「コーヒーて……何かのジョークかしら?」
「いや? ……君は少々頭が固いようだ。信じるか信じないかは、君達の自由だけれどね。ただ、一つアドバイスをするなら――」
「なに?」
「君達は敬意が足りない……もうすこし身の丈に合った振る舞いをすべきだ。はっきり言って――実力不足だよ」
「な!?」
だがそう言われた瞬間――ズンと空気が重く張りつめていた。
烽火の発する圧倒的なプレッシャーは、その一瞬ですべての反論を黙らせる。
優秀ではあるが言葉が足りずに、あるいは一言多く、ヘイトを必要以上に集める男。
それが会計長 烽火ケンジの真骨頂である。
「――では私はこれで失礼するよ。ゆっくり楽しむといい。ここの食事は絶品だよ」
今度こそ席を立ち、彼はそのままレストランを後にする。
よくわからない言葉を残した彼が去った後のテーブルの上には、真っ二つに割れた彼の皿が残されていた。




