第396話花臣は自分の小ささを思い知る
「……真剣勝負の場で棄権するとは何事ですか。あの場に立った以上、勝敗は日頃の修練の成果のみであるべきです。相手にも礼を失することだと肝に銘じておきなさい」
久方ぶりに母親に怒られて、花臣はただただ小さくなった。
「か、返す言葉もないです……ああすることしか思いつかなかったのです。みっともないところを見せました」
「……まぁ、頑張った成果は確認しましたよ。よく、頑張りました」
シュンと頭を下げる花臣に母は先ほどの注意とは違い、どこか戸惑うように視線を彷徨わせていた。
そして祖父は大層愉快そうに、笑っていた。
「確かに見させてもらったよ。しかし……若いなぁ、いや、青いのか? あそこで迷うかね?」
「……」
花臣は顔が赤くなるのを感じる。そんな花臣の頭を祖父はグリグリ撫でた。
「いいさ。ダンジョンが出てきてこっち、やたらと鯉口の軽い連中もいるからな。今のうちに考えておけるんならラッキーだ。普通は追い詰められてどうしようもなくなってやっちまうだけだからな!」
「わ、笑えないよ、じいちゃん……」
「まぁ流石に? その手の葛藤は試合の前に済ませとけとは思うがね」
「うぅ……そりゃそうだね……」
「わしも言いたいことはあるが、だ……そんなことはどうでもいいか」
祖父はぽんと花臣の肩を叩く。
そして未だ現役の荒々しい笑みを浮かべていて、花臣はゾクリと背筋に電流が走った。
「長期の休みは一度道場に顔を出せ! ――いっぺん死合おう。話はそれからだ」
「じいちゃん?……それ大丈夫なやつ?」
「さてどうかな?」
言いたいことを言い終えて、カラカラ笑いながら去っていく祖父と母。
特に最後の祖父の目は、人生で初めて向けられたもので、たぶん……やばい奴だ。
花臣は二人の背中を見送ると、どっと押し寄せる疲労感を噛みしめていた。
そしてふらつきながら観客席にやってくると、ヤッホーと手を振って来たレイナ氏に花臣は力なく手を振り返した。
「お疲れ様です! でもなんでやめちゃったんですか?」
開口一番疑問をぶつけてくるレイナ氏に、花臣は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「……いや。戦ってみて、ダンジョンを攻略するって意味を実感した感じでござるよ」
「あー……つまりどういうことです?」
「んー……レベル十台に百台が勝負を挑むってやばいでござる。ダメージほぼゼロ。死ななくても相手の心を折りそう」
「オゥ……なんにも痛くない?」
「なんにも痛くないでござるね。……拙者でこれなら、他の誰でも同じでござるよ。わかっていたつもりだったでござるが……コレ、人間に向ける力じゃないでござる」
花臣はため息交じりにそう言って肩を落とした。
防御はまだましで、花臣の場合は物理攻撃力がとんでもないことになっているはずだ。
恥ずかしい話、怖気づいて戦闘を放棄したんだから、家族に見栄を張ってこれは最高に恰好が悪かった。
そんな様子を見たレイナ氏は、ウームと難しそうに唸ってぼそりと呟いた。
「この目立ち方をわかっていない感じ……問題はワタヌキだけではなかったですね」
「どういう意味でござる?」
「大したことではないですよ? ただ損な性分だなと思っただけです」
指摘されて返す言葉も出ず、花臣は頭を掻いてごまかした。
「あははは……それにしてもワタヌキ氏は、どうやってお披露目なんてするつもりだったんでござろうか?」
思わず遠い目になって花臣は呟いた。
ホントならこの舞台で最強装備のお披露目をするという話だったのだから、花臣にはとても正気とは思えなかった。
だがレイナさんはそうは思わないようで、弾んだ声で語り始めた。
「それはやはり……華々しく決勝戦でドドンと新装備のお披露目ですよ! サブカルチャー研究部ここにあり!と、この舞台で示そうと思ったに違いないです! まぁ、学校の一イベントでは物足りなかったようですが……それも無理はないですね!」
自信満々にうんうんと頷くレイナ氏。
だがそれはどうだろうと花臣は頭を捻った。
「いや、何かもっと……すごい考えがあったんじゃないでござろうか?」
「ええ~? そうですか?」
「拙者達が聖騎士の鎧として贈ったアレは……どう考えても過剰なんでござるよ。あのなんでも先を見通していそうな友人なら、なにか拙者には考えが及ばないような思惑ですごいことをやってのけそうな気がするんでござるよね」
花臣は語りながら、うんうんと力強く頷く。
こちらが信じれば、信じた分だけ応えてくれる。
それが花臣のワタヌキ カネタロウという友人への評価だった。
しかしそんな花臣に対して、レイナ氏は曖昧に微笑んでいた。
「それはー……どうですかね?」
「レイナ氏はどう思うでござるか?」
「うーん。頼りになる人だと思います。それは間違いないです。予想できない、何が飛び出してくるのかわからないエキサイティングな人でもあるのでしょう。でも……結構刹那的な快楽主義というか……」
「そうでござるか……そうでござるなぁ」
「自信はありませんけどね! それより二人が行ってるイベントの動画を観ましょう! ワタヌキとシノが映ってるかもしれません! 一緒に見ようと思って来たのです!」
「そうでござるな」
レイナさんに促されるままに、花臣はスマホを覗き込む。
ライブ配信には見覚えのある白銀の巨大鎧がまばゆく輝いていた。
見覚えのある鎧は魔法陣から天使と共に現れると、でかい十字架を構える。
まるでロボットアニメの召喚バンクのようなアングル完璧のおかしな映像を見て、花臣は細い目をよりきゅっと細めた。
「……」
「……」
「思うに……」
「……なんでござる?」
「モモヤマはですね。難しく考えすぎじゃないですか?」
「……そうかもしれないでござる」
絞りだしたようにそう呟いた花臣は、なんだか無性に気恥ずかしくなってきた。




