第395話これはちょっとまずい
花臣は残った数人の顔をざっと眺めた。
彼らは警戒の色を強め、次々と無数の魔法陣を展開する。
召喚され、飛び出してくるエルフ達を見て、花臣は少しだけ安心して胸をなでおろした。
ああうん、そこそこレベルが高くて都合がいい。
ではこの晴れの舞台のために用意していたその技を披露しよう。
花臣は魔法を使って自らの影を大きく広げ、腰のひょうたんの蓋を開けた。
「――クロハナサクヤ」
その名を呼ぶと、赤パーカーに黒い桜模様が浮かび上がった。
更に黒い枝葉は、桜林を墨が広がるように描き出し、モノクロの世界をステージ上に作り上げてゆく。
そしてこのクロハナサクヤとの合わせ技は、影に捕えた敵を決して逃がさない。
影を縛られたエルフ達は、飛び上がった者すらその場で静止して、完全に動きを封じられていた。
「影吹雪・桃源郷」
桜吹雪が舞い散って、視界を覆ったその瞬間、囚われた敵の体力は一瞬で削りつくされた。
花臣が刀を鞘に収めると、エルフが一斉に崩れ落ちた。
あまりにも抵抗なく鮮やかに決まったキメ技に、クロハナサクヤもご機嫌で満開である。
「……」
モンスターは斬りやすくていい。しかし問題は人間の方だった。
花臣は初めて戦闘の相手として対峙するハバキリという人間をじっと眺めた。
彼はワタヌキ氏の知人だ。
だがその事実だけで、花臣の中の警戒レベルが跳ね上がるには十分だった。
だからこそ頭は回転し、ハバキリ氏の力を分析する。
白蛇の上位精霊はレベル50オーバー。これはなかなかの数字だ。
傍らのドラゴンは生まれたばかりでまともにレベルが上がっていないことも知っている。
なにしろ、自ら卵を実際に取りに行ったのだから。
その後、卵から孵ってレベリングしていたとしても、彼が挑んでいる階層を考えると相手にはならない。
だがだとしても、竜騎士という未知のジョブ……あのワタヌキ氏が自ら選んだという上級ジョブを警戒しないわけにはいかなかった。
「……」
花臣は身構える彼に手招きして挑発した。
掛かってこいと、そんな意思を込めた簡単なジェスチャー。
まずは様子を見る。
これでも最下層を攻略したパーティの前衛である。
ならば様子を見るくらいの余裕は見せておきたい。
「……なるほど。じゃあ、胸を貸してもらおうじゃないか……」
その効果は抜群で、ハバキリ氏はすぐさま攻めに転じた。
「いけ!」
鋭い指示で飛び出す小さなドラゴンは高速で羽根をはばたかせ、真空の刃をこちらに放って来た。
「シュコー……」
花臣はすかさず刀を抜いて、不可視の刃を斬り捨てる。
だがこれは目くらましに過ぎなかった。
二手に分かれ、駆け出すハバキリ氏だったが、彼は直接こちらに突撃してきた。
「はぁ!!!」
突き出される鋭い槍。
一、二、三、四、五発。
わずか数秒の間に繰り出される美しい連撃を、花臣は切っ先を冷静に見据えながらかわしてゆく。
何か武道の心得があるのだろう。
槍の扱いの癖を見るに、薙刀のようなものを習った経験があるのかもしれない。
しかもかなりの習熟レベルで、大会でもあれば唸っていただろう。
見ごたえはあったが、花臣はゆっくりと眺めすぎてしまったらしい。
気が付けば、ドラゴンと白蛇の精霊は花臣を囲んでいて、大きな魔法を練っているのが分かった。
最大の脅威は白蛇の精霊だ。
そちらに意識を傾けたが、彼らは予想を超えて来た。
空がいきなり暗くなり、甲高い轟音が聞こえる。
気が付いた時には、魔法はピンポイントで花臣を襲った。
「!」
「どうだ!……これなら!」
それは魔法で疑似的に再現した、竜巻だった。
天地を繋ぐ風のパイプは、人を凍てつかせるほどの冷気を滝の様に花臣に叩きつける。
上空の極寒の大気を更に極限まで冷やし、対象までの道を別種の魔法で構築する合体魔法。
それは花臣どころか舞台そのものを凍り付かせるほどの威力だった。
「やったか!」
だがその台詞はよくない。
どうやらハバキリ氏は魔法の腕は上げているようだが、まだまだこちらサイドの知識は浅いらしい。
「ふぅ……」
自前のガスマスクから熱を吐き出し、花臣は立っていた。
「う、嘘だろう?」
きっちりフラグを回収したハバキリ氏はいい反応である。
花臣は刀を鞘に納めて、ハバキリ氏を見つめた。
「……」
最後の攻撃は間違いなく直撃していた。
そして魔法攻撃としても優れていて、あのレベル帯で出せる最大威力と言ってよかっただろう。
だがしかし、花臣もこうなっては完全に理解してしまった。
ハバキリ氏の攻撃は――全然痛くない!
まさかここに来て、モンスターの方の心境を理解できるとは思わなかった。
このスタジアムの効果もあるのかもしれないが、まさしくレベルが違いすぎて勝負にならないとはこういうことだ。
数値の上では知っていたはずだが、こうして実際に体験してしまうと、胸に過る気持ちはまた違ったものになる。
花臣はふっとマスクの下で笑みを浮かべた。
「……なるほど、よくわかったでござる」
「……どういうことだ?」
ハバキリ氏が台詞に反応したのを見計らって、花臣はすかさず手を高々と上げると宣言した。
「……降参でござる」
「!!」
流石に花臣も頭が冷えた。
服の下は冷や汗でびちゃびちだった。
……これは、もう根本的に人に向けたらダメなやつだ。
このまま彼らを叩き潰して、下手に名声の一つも得てしまったら、きっと未熟な自分は魔道に堕ちる。
どこまでも化け物を倒すために特化した自分の力はすでに、ひけらかしていい段階を越えてしまっているのだと花臣はようやく理解にたどり着いた。




