第393話負けるはずのない試合
草薙君達に挨拶したカノンが生徒用の観客席に向かうと、ポッカリと一か所、人がいない席を見つけた。
「……」
そこに一人いる生徒は、最近妙に縁のあるミア=ローズさんで、相変わらず不機嫌そうに座っている彼女を、周囲の人間は遠巻きにしているようだ。
そんなミアは、こちらに気が付くとカノンに向かって手招きをしてきた。
一瞬ためらったが、今更目立つのを気にしてもしょうがない。
カノンは観念して彼女の元へ歩み寄ることにした。
「ハーイ、カノン。中々愉快なお祭りね」
「そうね。こんな大きなスタジアム、いつの間に出来たのかしら」
「それは当たり前よ。うちの国も全力で協力して作ったからね……もっとも、肝心のファイアーボールヘッド氏はいないみたいだけど?」
そういう事情があったのかこのスタジアム。やけに突貫工事だとは思っていたが、海外も絡んでいるとはすごいな。
内心で感心しつつ、カノンは努めて平静を装った。
「……本当にね。残念だわ」
カノンはミアの横に腰掛けながら、小さく息を吐いた。
彼を追っているのはミアだけではない。
ファイアーボールヘッドがこの学校の学生ではないかという噂もあったが、エキスポに参加していた3人のうち、実名を明かしているレイナさんが口を閉ざしている以上、真偽のほどは闇の中だ。
ミアもファイアーボールヘッドについて調べていたようで、その表情には苦々しいものが混じっていた。
「……あの謎の集団に関しては、素顔すらはっきりしないから偽物も多いわ。もっとも本当に頭を燃やすわけにもいかないから、動画が多いけどね。私がそうだと名乗り出た偽物は、世界中にいるらしいよ? でも私が知りたいのは真実だけ。だからこのイベントには期待しているんだけどな……」
「……」
そう言われると、試合を見る目にもついつい熱がこもってしまう。
そして、戦士の部の予選は始まった。
舞台の上で行われる乱戦は予想通り、精霊の独壇場である。
何となくカノンはパーティメンバーの草薙君の方に視線を向けると、彼は開始早々に黒い龍を実体化させ、大暴れしていた。
水墨画のような黒い波動が、舞台にいる生徒を片っ端から叩き落としてゆく。
彼本人も愛用の剣を振って、近づく生徒を次々に撃破していた。
「くそ! あいつ! 上位精霊持ちだ! 囲め!」
「うおおおお! 俺の『甲殻獣 カブト』は最強なんだ!」
「下がれ! 精霊で大当たりを引いたやつはマジで洒落にならん!」
強さが知れ渡るやいなや、周囲の人間が一斉に連携を組み草薙君を包囲し始めた。
知らず知らずに手に汗を握りながらカノンは戦いを見守る。
「草薙君……ちょっと厄介なことになってる」
「でも彼なら大丈夫でしょう? ……それにしてもあのくっついている化け物はホント何なのよ?」
「そうね……何なのかしら?」
「おい」
試合場の中でオロチが襲い掛かれば、普通の生徒はなすすべもなく戦闘不能になるが、相手が同じように精霊を使役していると、さすがに少々苦戦しているように見える。
だがそれでもオロチの力は圧倒的で、小細工で覆るような差ではなかった。
草薙君の戦いを見て、ミアはいらだたしげに爪を噛む。
「チッ……悔しいけど、今回不参加は正解ね。あの精霊やらモンスターやらをどうにかできないと、一瞬でやられそう」
ミアは悔しそうに舌打ちしていたが、カノンはミアの評価に密かに驚いていた。
(プロの探索者からしても、精霊の評価はそんなに高いのか)
ミアはモンスターはもちろん精霊なんてまだ持っていないのだから、生身で草薙君よりも強かったにしても、苦戦することは予想できた。
最初の10秒で、選手は半分になったのだが……。
ドン!
その時、会場全体を震わせるような振動が学校中を駆け抜けた。
試合をしている選手だけではなく、観客席にいるカノン達まで思わず身をすくめる。
音の方向を振り返ると、そこには別ブロックの生徒達が宙を高々と舞っていた。
そして地面に転がった生徒達はみんな意識を失っていた。
「……えぇ?」
「……なにそれ?」
それは探索者であっても理解できない現象だった。
だがそんな怪奇現象の中心に立つ紅いパーカーを身に纏った人物を見て、ガタリと勢い良くミアは立ち上がる。
「……出たわね! エキスポの怪人! パーカー侍!」
……パーカー侍って呼んでるんだ。
まさに直球なネーミングである。
だが彼が、間違いなく『エキスポの怪人その2』本人に違いないとカノンは確信した。
裏付けは、魂をビリビリと震わせる、尋常ではない圧力だけで十分だった。




