第391話魔人が解き放たれた切っ掛け
「おう! 花臣! 元気か!」
「久しぶりですね花臣。……修練に励んでいましたか?」
「も、もちろんだよ。……じいちゃん、母さん」
舞闘祭に参加することになった桃山花臣は、久しぶりの家族との再会を喜んではいたが、どこかこそばゆいと感じながら、二人を出迎えていた。
ゲストとして学校に招かれた我が祖父と母は、現役で探索者をして名を馳せる実力者だ。
花臣に何か期待がかかっているというわけではないと分かっていても、いざ顔を合わせれば、胸の内はわずかな緊張に包まれる。
「あなたはただでさえ注意力が散漫なんだから、気を引き締めなければいけませんよ? ダンジョンでは特に……」
「おいおい。久しぶりの再会で小言を言うもんじゃないぞ」
「そうは言いますがお父さん。ダンジョンに関わるのなら腕を磨いておくに越したことはありません」
「ははは……」
耳が痛いと感じつつ、花臣は苦笑いを浮かべる。
祖父はそんな花臣に、まぁ気楽に行けと笑いかけた。
「まぁなぁ……難儀な時代に生まれた以上、心得があって困るもんじゃないか」
「そ、そうだね。頑張るよ」
「はぁ……。お前は昔からゆったりしていましたが……。そうですね、油断しないように頑張りなさい」
「はい……」
穏やかだが、自然に探索者として、いや、武芸者としては全く期待されていないのは、自らが招いた結果だ。
事実、探索者の素養はあっても、この学校に入学すると言った時は驚かれたものだ。
なんなら未だに向いていないと思われている節はある。
花臣もその現状を受け入れているところが確かにあった。
だが――今はどうだろう?
入学前からと全く同じ態度を取って、同じ受け答えをしているというのに、この胸の中にある疼きが、少々耐え難い。
気が付けば、花臣は自然と体が動き、立ち去ろうとする二人を呼び止めていた。
「二人とも……待ってください」
「ん?」
「なんです?」
何を呼び止めているんだと自分でも思う。
ただ頭で理屈を考えるより前に、自分の中にいるもう一人の自分は、頭の隅にあったささくれのような感情をそのまま口走っていた。
「今日の舞闘祭……本気でやるので……見ていてください」
花臣がそう言うと、じいちゃんは白いひげを撫で、面白がるように目を細めた。
「ほぅ? 本気とな?」
「……はい。このガスマスクと、赤いパーカーが目印ですので」
「……どういうことです???」
そして今となっては自分にとって切っても切れないもう一つの姿をあえてさらしたら、凄く困惑されてしまった。
「こ、これでもとっておきの装備ですから!」
「そんな恰好で学校の行事に出るつもりですか!?」
母は慌てて止めようとしてくるが、それを制止したのは祖父だった。
「……まぁ待て。うん。かっこいいじゃないか。じゃあ期待している」
「! は、はい!」
「お父さん!? 本気ですか!?」
「ああ、いいんだよ。あの姿をわしらに見せたいんなら、そこに何か意味があるんだろうさ。まぁ祭りみたいなもんだ、気にするな」
「そういう問題ですか!? もう!」
じゃあなと手を振って去る祖父と不満そうな視線を最後に残す母の姿を見送って、花臣はその場で膝から崩れ落ちそうになるのを、何とか気力で堪えた。
そして花臣はスーッと長めに鼻で息を吸って、しばらく天井を眺めた。
「い、言っちまったでござるなぁ……!」
襲ってくるのは自己嫌悪である。
適当に何回か戦って、適当に降参するつもりだったのに、今それを投げ捨ててしまったようだ。
今家族相手に実力を見せつけてなんになるというのか?
はっきり言って、自己満足を満たすための、愚かな選択にしか思えない。
知らず知らずに天狗になってしまっていたようで、後から羞恥心がこみ上げていた。
「……まだまだ修行が足りんということでござるよなぁ」
すまぬ。ワタヌキ氏。
今この場にいない、いろいろと教えてくれた友人の顔を思い出し、心の中で詫びる。
しかし一度口に出してしまった以上、ひっこめたくはないと思う自分もいた。
たぶん意固地になっているんだなと花臣は苦笑した。
――それはただ、細やかな一人の男の子の意地に過ぎなかった。
本来であれば、ちょっとした反発として、笑い話で済むはずだっただろう。
しかし今回の場合は、人知を超越した魔人が舞闘祭に解き放たれたそのきっかけになってしまっただけで。




