第369話攻撃的な彼女
牛の薄切り肉を牛脂と一緒に鍋で香ばしく焼き、そこに割り下を投入。
醤油が香り、一気に煮詰まる、ここからは時間との勝負である。
「……僕は最初に肉のみを煮る……その方が卵を絡めるなら絶対美味しい!」
カフェのお疲れ様会にて、ものすごい形相で生卵を自分の器に割り入れているレイナさんはどうやら生卵初体験らしい。
「……オゥ。ホントに生で行くんですね……いいでしょう受けて立ちます」
「ちゃんと卵はスーパーで買って来た奴だから安心していいよ。やっぱり初だし、ダンジョンで拾って来た自家製は怖いよね」
「感謝です! ……こればっかりは小さい頃から積み重ねたイメージがあります」
「わかるー……なんか無性に不安になるよね。食べ慣れない組み合わせって」
異国の慣れない文化に挑戦して、お腹を壊した時、それは偶然だったのかはたまたそもそも体が驚いているのか、正直判断もつかない。
もっとも今は回復魔法もあるので、そんなに心配することはないが、おいしく食べるためには一つでも不安要素は取り除いておくに越したことはないだろう。
僕は例えば料理に髪の毛一本入っただけで食欲が失せるように、食事において心理的ハードルは侮れないとそう思っていた。
レイナさんは精神に刻み付けられた恐怖を乗り越えて、一口。
その後ヒャッホーッと牛の薄切り肉を大量に掬い上げ、溶かした卵にドブ漬けし始めた彼女は異文化交流に成功したらしい。
そんな彼女を我々はほっこりと眺めて、僕らも肉の争奪戦にゆっくりと参戦した。
それからしばし交戦。
「おいしいですねこれ! ショウユがずるいですよ、ショウユが……」
お腹も満たされて、落ち着きを取り戻したレイナさんに僕は、少し気になっているクラスの留学生、ミアさんのことについて質問してみると、彼女は言った。
「え? ミアですか? そうですね……彼女は一生懸命な人です!」
同じクラスになったからどんな子なのかな? そんな好奇心だったのだが、レイナさんの答えがこれだった。
「まぁ! 仕事先でちょっと会うくらいなのでよくは知らないんですけど、友人ではあります。あと……ちょっとめんどくさいです!」
「あー、なるほど」
そして身もふたもない感想はなんとなく察するところはある。
探索者として自分のスキルに絶対の自信を持っていて、ダンジョンに命を懸けている。
レイナさんに並々ならないライバル心を持っているのは、日本まで来てレイナさんと戦いたがったことからもわかる入れ込み具合だ。
実際戦った感じも、驚くほど強力な氷の魔法の使い手で、あの時ですら、30階層クラスに通用するレベルはあったかもしれない。
だからこそ自分にも他人にも厳しい。
そして厳しくしているからこそ、自分の特別性を証明しようとするのだろう。
「……なるほどなぁ。すき焼きうまかったな」
――僕はついつい今の状況も忘れて、楽しかったすき焼きパーティーを思い返してしまった。
「でも、そんなことも言っていられないか……」
だが僕は今、ちょっとしたもめごとの現場に遭遇して息を潜めていた。
そこは22階層。
生徒の数もほとんどいなくなってくる階層にまさかクラスメイトが来ているとは僕は大いに驚いた。
「あなた達何様? そこを通しなさいって言ってんの!」
「我々は生徒会だ。この先は危険だから迂回してくれ」
「危険? 馬鹿言わないで、あなた達にとって危険でも私にとっては危険でもなんでもないの! 生徒会だか何だか知らないけど学生程度が邪魔できると思ってんの!?」
「……」
話題のミアさんが、またしてもトラブルを起こしていた。
なんでこの子、行く先々で揉めているんだろう?
そして覚えたてとは思えない煽りテクで、生徒会の人はちょっと泣きそうになっている。
話し合いとも呼べない一方的な要請はこじれにこじれ、そしてとうとう事務的に対応していた、先輩の額に青筋が浮かんだ。
「……外人のお嬢ちゃん。転入早々こんなところまで潜って来たくそ度胸は認めるよ……だがダメだと言ったらダメなんだ。あまり駄々をこねると実力行使も辞さないが?」
「へぇ……上等じゃない。じゃあ私が勝ったら先に進ませてもらうけど?」
「……残念だが、それは無理だ」
パチンと生徒会の先輩が指を鳴らすと召喚ゲートが開く。
ゲートを抜けて現れたのは、あまりにも美しいエルフの魔法使いだった。
そして直前までやれやれと肩をすくめて傍観体勢を決め込んでいたパーティメンバーの筋肉男子二人が、大興奮して食いついた。
「「ELF!?」」
「ふっふん! その通り! エルフだ!」
「え? なんであんたらそんなに興奮してんの? こわぁ……」
ミアさんは冷めて引いていたけど……いやそれはない! それはないよミアさん!?
初、生エルフなんだよ? エルフの浪漫は世界基準なんじゃないの!?
てっきりエルフの浪漫はすでに一般層にまで食い込んでいるとばかり思っていた僕は、そこのところが大いに気になった。




