第347話後片付けは大事
感動して卵を受け取った僕は「じゃあまた後で」とそう言って去る浦島先輩を見送る。
そして、ふとハバキリ君を見て、こんな提案をした。
「ところでハバキリ君……唐突だけど一風呂浴びるというのはどうだろう?」
「は? 風呂?」
「そう! 結構時間かかったでしょ? モンスター1000匹狩り? 風呂、入りたいんじゃない?」
「……確かにそうだが」
なにかすごく警戒心MAXなハバキリ君だが、それはダンジョンの中では当然のことだった。
だがこの竜宮城はそんな警戒心で慎重になるにはもったいないギミックが目白押しなのだ。
「実はこの竜宮城……なんとダンジョンの中なのに天然の大浴場まであるんだよ……すごくない?」
「……!」
ハバキリ君がどれくらい1000体討伐に時間がかかったのかはわからないが、一日二日でこなせるもんじゃないだろう。
その間、修行ルームでは簡単なシャワーくらいしか浴びられなかったはずで、そんな状態で風呂が気にならないわけもない。
滅多に訪れないお客さんなんだし、楽しんで最後を締めくくってもらいたいという僕のサービス精神だった。
……のだがしかし、魔力切れを起こして倦怠感と頭痛に悩まされていた僕は、ついでだから僕も入るかと……そんな温泉特有の開放感が出ちゃったのが、間違いだった。
男湯を確認して、準備万端整えて浴場に突入した。
そこまでは良かった。
だが……男子同士で裸の付き合いが始まるとばかり思っていたわけだが、そこで遭遇したのは、まさか人生で起こるとは思わなかったハプニングであった。
そこにいたのは当然ハバキリ君である。
ただし、彼ではなく、彼女だった。
「…………はぁ?」
「! ワタヌキ君!? な、なんでっ!」
本人も大いに慌てて顔色を青くしたり赤くしたりしていたが、僕だって似たようなものだ。
デッッ!?!……っとかではなく! 平静を保つのだ、ワタヌキ カネタロウ!
真っ白になった脳を制御したのは、過去に積み重ねて来た歴戦のデータベースである。
貴様、この程度のシチュエーション何度も超えて来たはずだろう(フィクションで!)、今こそパンピーとは違うところを見せるのだ!
「……OK。すべてを秘密にして、何もなかったことにします。僕は何も見ていない。……そっとここは別れるべきですね?」
だけど場合が場合である。挙動不審にならないとか無理な話だ。
だが、瞬時に把握すべき考察は存在した。
性別を偽るなんて面倒な裏設定があること必至! 誰にもバレていないところをみるとすべてはトップシークレット!
つまり! 補正のない僕の様なパンピーには手に余る事情なのは確定的に明らか!
というかなぜ忠告しない攻略君!?
待ての一言が言えなかった頭の中の相棒に鋭く抗議の思念を送ると、攻略君は答えた。
『いや……こういうのも、憧れのシチュエーションかなって?』
ぶっこ〇すぞ相棒!
『言葉が強いなぁ……』
いけないいけない……つい感情的になってしまった僕だが、撤退準備は万全である。
服を着て、出ていく。
動揺の中、それだけを意識して緩慢ながら体を動かそうとしていると、彼は……いや彼女は、ガッツリと肩を掴んできた。
「待ってくれ!……」
待つんですか!? この状況で!?
振り返ることもできずに、僕はゴクリと喉を鳴らして頷いた。
お互いに背を向けて、湯船に入る。
しかし僕は現状を冷静に分析して、思わずぶつぶつ口に出してしまった。
「おかしいな? 男子だと思っていたクラスメイトが女子だったなんて……現実で起こるわけがないんだよなぁ……こういうのは、フィクションだけのはずなんだよ? アレじゃないか? ダンジョンだからとか? ダンジョンは時に現実に起こらないことが起きるというし、男女が入れ替わる魔法くらいある」
「何を言っているんだ!? いったん冷静さを取り戻してくれ?……っていうか性別が入れ替わる魔法!? そんなのあるのか!?」
「喰いつかないで、もっと混乱するからぁ……モウキャパいっぱいだから……」
興奮するハバキリ君だけど、今そんな恰好で組みつかれでもしようものなら僕の方が対応できないので察して欲しい。
冷静さを取り戻してくれたハバキリ君は、スッと静かに元の位置に戻った。
「あ、ああ悪い。とはいえ面倒な家庭の事情であることには変わりがないんだ。君には今まで通りに、普通に接してもらえると嬉しい。それになるべく口外しないことをお勧めする」
「やだなぁ……だから見なかったことにして全部忘れるって言ったじゃないですかー」
「そんなので納得できるはずないだろう?……このことは服部だって知らない。身内ほど秘密にしていることなんだ」
「……」
いやぁ、どうだろう? あのハットリさんの事だ、知ってるんじゃないかなぁ?
あのストーカー気質からしっかり隠し通しているんだとすれば、よほど知られてはマズイ秘密の様である。
「釘を刺さなきゃ安心できない。話したら本当にろくな事にはならないとだけ忠告しておく。それはボク自身も含めてだ」
「ホラァ! 釘刺して、巻き込むんでしょう!? 知ってる!」
「それはすまないと思っているけど! 突然入って来る君だって落ち度はあるだろう!?」
「だって、温泉だから普通だって思いますやん!? 男同士なら温泉で裸の付き合いしつつ、新ジョブの注意とか、腹を割って話せると思ったんですぅ! お風呂って秘密の会話にはもってこいって言うじゃないですか!」
僕らは少しだけ声を荒げて黙り込む。
「……ふぅ。落ち着こう。騒いでも何にもならない」
「……そうね」
「……それで。どうだろうか?」
「だから、何回も全て秘密にするって言ってますでしょう? どうせアレでしょう? ハバキリ君の家は血統を重んじていて、後継ぎは男子だけしかダメだけど、直系の子供はハバキリ君しかいないとか……」
「想像力が逞しすぎる。まぁそこは想像に任せるけれども……本当に頼むよ」
「もちろん。僕は普通に口が堅い方です。今まで通り、ハバキリ君とは普通の友人として振舞わせてもらいますので」
そう断言すると、ハバキリ君は不思議そうな声を漏らしていた。
「友人……友人か。でもボクが女性だと知った今、今まで通りには振舞えないんじゃないのか?」
「……そこ関係あります? うちの部活はそういうの割と適当ですよ?」
「そ、そうなのか……」
「うん。割とそう」
まるで関係がないわけじゃないけど、分け隔てなく楽しんでいるという感覚に近いか。
すごく極端な話だが……BLを男子が読む場合もあり、GLを女子が読む場合もある。
そしてその感想を語り合える極めて特殊な空気感に浸り続ければこうもなろう。
雰囲気と言えばそうだけど、割とそういうの気にしないのは浦島先輩発な気がしますね。
「そうか……なんか、いいな、そういうの」
「…………でしょう? 僕もなんか好きなんだよそういう空気」
僕は様々な葛藤を整理して、大まかに納得してそう結論付けた。
しかしそれにしてもこれで草薙君パーティのメンバーが全員女性になってしまったわけか。
あれだな? また上がったな、主人公度が?
何となく攻略君がかつて漏らしていた台詞を思い出す。
運命力が高い人の側にいるってこういう事なんだなって、僕は妙な納得の仕方をしてしまった。
さて、起きたトラブルについて語り合った僕らは、別々に温泉を出る。
そしてちょっと長めに楽しんだハバキリ君にさっそく僕はドラゴンエッグを差し出した。
「でも、これを……どうしろと?」
戸惑うハバキリ君に僕は卵の孵し方を指南した。
「これから卵を肌身離さず持って、魔力を常に与えること。だいたい3日もすれば卵が孵るからがんばって」
「三日か……」
そう、三日間。これ攻略君調べである。
孵るまで頑張れとサプライズ感を出すことも考えたが、期日まで教えたのはちょっとサポートが過ぎたかもしれない。
だがハバキリ君は焦りながらも頷いた。
「わかった。肌身離さず持ってる……」
「うん。頑張ってみて。魔力が馴染んで卵が孵ればテイムモンスターになってるはずだから。その時、ジョブのチェックは忘れないこと。ハイ、これすっぽり入るリュック。割らないよう気を付けて」
ダチョウの卵よりもでかいそれを抱きかかえるハバキリ君は中々シュールな絵面だった。
よしよし後は卵が孵れば、竜騎士が誕生するはずだが、どうなるだろうか?
まだ検証はしていない情報の検証をさせているようで心苦しいけど、達成できればハバキリ君にも新しい扉が開くはずだ。
それに僕としては、ハバキリ君が新たに開発した賢さのパラメーターは魔法に直結する部分だから、魔法についても今までにない手ごたえが感じられるだろうというのは素直に羨ましかった。
用事も終わり、僕はハバキリ君を地上に送り届けた。
そしてすぐに竜宮城へ戻ってくると、続いて向かったのは浦島先輩のところだった。
「いや、感謝です。助かりました」
「んー。やりたいことはわかってたからね、みんなで行ったらあっという間だったよ」
「あ、みんなで行ってくれたんですか」
浦島先輩は全然気にしなくていいと笑っていたけど、ずいぶん深い階層で手間を掛けさせちゃったことには違いなかった。
「なんか手合わせガチっぽかったからねぇ。師弟の拳の語らいに、外野が邪魔をするのは無粋ってものでしょう?」
「おおっと、予想外の東〇不敗脳……」
「まぁまぁ。でも随分はしゃいじゃったみたいじゃない? ハッスルしすぎだって」
浦島先輩がチラ見するのは半壊したスタジアムである。
僕はツゥーと額に冷や汗を一つかき、軽めに頷いた。
「まぁ……龍宮院先生が、思いの外激しかったもので……僕もついつい気を失うまで頑張ってしまいましたよね」
「おっほっほ! 若さが迸っちゃった?」
アッハッハッと僕らは笑い合う。
もう浦島先輩ったら、遠慮がないんだから。
僕だって冷や汗が止まらないんだから、そのあたりにツッコミを入れるのは勘弁してほしい。
しかしこれで今回の目的は終了である。
あとはスパッとクールに去って、寮の部屋で学生らしく予習に復習でもしちゃおっかなーなんて考えていると、無造作にスパンと僕の体に縄状のものが巻き付いて容赦なく拘束した。
「え? ……う、浦島先輩? 鞭が出ていますよ? 人に武器を向けてはいけませんってば」
恐る恐る浦島先輩を見上げると、彼女は哀しそうに残念だがと首を静かに横に振る。
「すまぬ。ワタヌキ後輩……生徒は基本的に顧問の先生には絶対服従なんだ」
「……」
僕は心にもないことをと歯噛みする。
そしてカツカツと僕を待ち構えていたもう一人の足音は、気が付けばすぐそばに迫っていた。
「そうとも……指導は片付けまでが指導だよ? さぁ、休憩はもういいかな? 師弟揃って頑張ろうじゃないか……元通りになるまで」
「…………」
そうか、意識を取り戻してからの穏やかな時間は温情であったか。
それにしても、アレを今からか? ……もうスタジアムは諦めないかな?
必要以上の損害を出した手前、当然断ることもできず、僕はしばし唸っていたが、観念して頷く。
こいつは二度目の気絶もありうるか?
珍しく魔力回復ポーションを大量消費する時が来たみたいだった。




