第344話怒らせたら大したものです
「……ははは。先生がめっちゃ分身してる」
全方位から、ちょっと洒落にならないほど重い音が連続で聞こえていた。
姿を現しているのは殴る瞬間らしい。
僕は燃え上がる頭の炎の内側から腕を組んでそれを見ていた。
だんだんと分身の龍宮院先生の表情がいらだたしげに歪んでいくのを見れば、十分思惑は成功しているようだった。
「うっそだろ! 硬すぎないか! なんだその盾!」
「最強のイージスですけど? メドゥーサになぞらえて、ゴルゴンゾーラ・システムと名付けました」
「ぐわぁ! 間の抜けた名前が腹立つ! 本気で殴っているのに吹き飛びもしないのはどういう理屈だ!」
「さぁ? なんででしょう? ネタバレ禁止でお願いします」
「くっ……!」
まぁ普通に受け止めていれば、吹き飛ばされるだろう。
だがこの盾はただ浮いているわけではなく、張り付いているのだ。
オリハルコン製のシールドが、僕のオーラで作り上げたドーム状の守りの上をすべるように移動して、先生の攻撃に対応していた。
これぞ、フォーメーション・メドゥーサってところだ。
全方位対応のドーム型結界である。
反応速度は期待以上。
そしてアホほど硬いのは攻略君と……そして今実際に殴り続けている龍宮院先生のお墨付きである。
「ワタヌキ君……君ってやつはちょっと目を離すと思ってもみない進化をするなぁ!元々馬鹿みたいに硬かったのに更に硬くするって何から身を守ってるんだい!」
「……分身する先生から?」
「ははっ! 笑える!」
龍宮院先生の額にはピキリと血管が浮き始めていた。
煽りすぎただろうか?
だが実はこうして仁王立ちして、力と体力の消費を最小限にし、攻撃をしのぎ続けることが、技術で劣る僕の答えではある。
そうして完成したのがこの、「その場から一歩も動かずに圧倒する強者ムーブ」だった。……僕はたぶん悪くない。
でも、心証はすこぶる悪いだろうなとは思っている。
業を煮やした龍宮院先生は一旦大きく後ろに飛んで距離を取る。
そして手数で隙を突くという、格闘家としての戦法は諦めたようだった。
「……まさかここまでとは……恐れ入ったよ」
「……恐縮です」
「なら……後はどうにかしてその防御を貫くしかないわけだ」
「そうなりますね」
「……フゥ」
呼吸を整える龍宮院先生の全身から、僕とは違うオーラが迸っていた。
生命力そのものの様なそれは、秒単位で勢いを増してゆく。
最終的に炎というよりは、高温のバーナーのようになった姿は、非常に攻撃的だった。
『全力の防御を推奨する』
攻略君が警告してくるが、言われなくてもあれがやばいことは僕にも一目瞭然だった。
「フォーメーション・ステンノ!」
先生が踏み込む瞬間、シールドをすべて前面に重ねて結界を展開。
防ぎきるつもりでいた僕は、シールドの向こうに黄金の龍を見た。
次の瞬間、のしかかる猛烈な衝撃に、僕は思わず口から声が漏れた。
「ぬぐぐぐぐぎ!」
両手を突き出して、オーラを振り絞る。
だがインパクトの瞬間、それでも盾は一枚、また一枚と吹き飛ばされて、結界は砕けてゆく。
だが防ぎ切った。
拳を突き出したまま動きが止まった龍宮院先生に、僕はホッと胸をなでおろした。
「これで僕―――!」
「今日の目標は……打撃で君にダメージを入れる!」
「!」
だが今の一撃が左腕だったのだと気が付いた僕は血の気が引いた。
続いて叩き込まれる本命の右は、情け容赦なく結界もオーラの守りも貫いて衝撃を僕の身体に叩き込んだ。
!!!
最後の結界は砕け散り、僕の身体は高々と縦回転で宙を舞う。
そしてドシャァ! と頭から地面に落下した僕は猛烈なダメージに悶絶した。
「ぬぐぅ……!」
内臓が爆発したような痛みは、本当に爆発しているに違いないと断言する。
「抜けたっ……!」
龍宮院先生の声が喜びで弾んでいたけど、だがそれは僕が意識を失っていない証明だった。
「ぐっ……!」
「まだ動けるのか! あきれたタフさだ!」
僕は口からあふれた血を拭い、笑う膝に力を籠める。
そして回復魔法で破壊された体を瞬時に再生しながら立ち上がった。
効いた。
それはもう……とんでもなく効いた。
意識が飛んでいたら、もうここで終わりだった。
だが死者すら墓から引きずり出せる、聖騎士の癒しの力は意識さえ保てば、瞬時に傷を回復する。
「……ふー」
僕は息を吐き、龍宮院先生を見る。
「いいのが決まったね! ようやく君の守りの限界を引き出せたかな! じゃあ、ここまでにしておこう……」
彼女は構えこそとっていたが、もう一撃入れて満足したのか、終わる雰囲気を出していた。
ふむふむ? なるほど?
殴るだけ殴ったくせに、そんなこと言っちゃうんだ?
だが、僕はまだ肝心の指導を受けていないのだから、こんなところで終われるわけがなかった。
「いえ先生? まだですよ? 防御の全力はここまでですが、次は……攻撃の全力を試させてもらえませんか?」
「……ん? それは一体?」
「誰が、新ギミックは盾だけなんて言いましたか?」
「!」
先生の言葉を待たずに、僕は自分の収納空間から新武器を呼び出す。
瞬時に空を割って落ちて来た巨大な十字架をバックパックのゴーレムアームを展開して掴み取り、僕は本体を地面に突き立てた。
ドンと雷が落ちたような轟音と共に大地を割る新武器「トールブレイカー」は、僕の手の中で荒々しく雷光をまき散らしていた。
「……っ! 何それ……」
「……手加減を覚えるには、全力を知らなきゃいけないんですよね?」
「……なんか怒ってる?」
恐る恐る聞いて来た龍宮院先生だけど、全然これっぽっちもそんなことあるわけない。
「そんなまさか! 指導を受けているのに怒ったりするわけないじゃないですか♪」
自分でもこんなに爽やかな声が自分の口から出るとは驚きだった。
頭の炎はニッコリと笑顔の形だったけれど、いまだかつてない怒髪天を突く勢いで燃え盛っていた。




