第342話余興
「さて、じゃあ君用に調整してみたから、伝えた指示を実行してみて。はい、コレ素材ね」
「あ、ああ……」
時の流れを遅くする部屋の調整は、僕でなければできないだろう。
時の天使を召喚し、今回は時短しつつも丁寧に。
そして必要な物を詰め合わせたアイテムボックス化したバッグを手渡せば、いよいよ準備は完了だった。
ハバキリ君はあっさりと渡されたが、見たこともないアイテムの数々と、謎の怪しい部屋を前にして、戸惑いと混乱が最高潮に達しているのが見て取れた。
「……この部屋の中で戦うのか?」
「そう。ちょっと手を加えて戦えて泊まれるように調整してあるから、錬金釜に素材を放り込んで出てきたモンスターを決まった数だけ倒す。これだけでいい。……おおっと、そうだった、まずこの薬を飲んで?」
そして僕はとっておきの怪しい薬を差し出すと、ハバキリ君はゴクリと喉を鳴らしたが、僕の信頼値は幸い、まだ底を突いてはいなかったらしい。
「……毒喰わば皿までなんて言うが、こんな気分だろうな」
「やるんだね? もちろんやらなくてもいいし、僕としてはやらない方をお勧めするよ」
「……もちろん……やる」
ハバキリ君は薬瓶を受け取って一気に飲み干した。
これだけ信頼を損ねて、なお首を縦に振るその心意気を買って、僕は彼が進む最後の扉を開けた。
「わかった。終わったらすぐ出て来てね。年を取るスピードなんてなるべく遅い方がいい」
「……本当に、一日が一年になる部屋なんてものがあるのか?」
「目の前にあるのがそうだから。じっくり堪能して頑張って」
開いた扉から彼を送り出し、バタンと扉を閉じる。
信じてさえくれれば、そう長い時間もかからずに達成できるはずだった。
修行部屋を離れ、僕はついノスタルジーに浸っていた。
「……なんかなつかしいまであるなぁ」
最初のドキドキ感を思い出してしみじみと言うと、同じ工程を達成したことのあるみんなもそうだねぇと同意する。
「ほんの少し前のことなのに随分昔だった気がするよ」
「効率化されたもんでござるなぁ……拙者達は何日もかけてモンスターを狩ったでござるよねぇ」
「精神と時の部屋なんてなかったですからね。でもいいんですか? こんな重要情報サラリとプレゼントして?」
心配するというよりも、若干不満そうなレイナさんだが、言ってしまえば誰にでも備わっているボーナスに文句を言っても始まらないと僕は思っていた。
「まぁ、これだけで進めるほどダンジョンは甘くないって知ってるでしょう? でも上級ジョブがあるのとないのとでは雲泥の差がある」
「ハバキリ氏は、一体何のジョブにしたんでござるか?」
そしてワクワクして尋ねる桃山君だが、今回ジョブはハバキリ君達を見て、僕の方でアドバイスをさせてもらった。
「それがね……本当に申し訳ないんだけど、とあるジョブを試してもらっちゃった。本当は好きな奴を選んでもらった方が後腐れなくていいんだけどねぇ」
だが好きなものと言われても、突然上級ジョブの羅列を見せられたって、そう決められるわけもない。
ハバキリ君がゲーマーでもなければなおさらそうで、これはいわば苦肉の策というやつだった。
「僕が選んだのは―――竜騎士だ」
「「「竜騎士!?」」」
そう竜騎士。
特殊条件系で、ドラゴン系モンスターを仲間にすることで目覚める上級職だが、他に攻撃力と高い知性を要求される、中々トリッキーな上級ジョブだった。
ドラゴンをテイムするには力だけではなく、それ相応の知性も求められるということらしい。
条件を達成することができれば、近距離も中距離も戦えて、大幅に機動力まで上昇することになる便利なジョブである。
「最近、ドラゴンのいる階層も発見されたし、ちょうどいいかなって」
もはやドラゴンは遠い存在ではない。
達成できない条件ではないとくれば、試してみたくもなるというものだろう。
ほほうと唸る浦島先輩もドラゴンをテイムしている関係上、興味がありそうだった。
「なるほどねぇ。いいんじゃない? パーティにいる精霊使いちゃんとも差別化できてるの?」
「できてると思いますよ。戦士系のジョブですし」
ハバキリ君が修行部屋から出てきてから、竜をどうにかすれば条件は整う。
それでは後は待つだけである。
僕らはどこかで適当にだらりとしていてもいいかと思ったんだけど、頑張ってこの階層を作り上げたオーナーには、その過ごし方に一言あるようだった。
「じゃあ、彼が出てくるまでに、こっちも少し遊んでいようか?」
龍宮院先生の誘いは魅力的である。
しかし現状、この大人の階層を見るに、僕らはすんなり頷くわけにもいかなかった。
「……お酒飲めませんよ? それにいくらレベルが上がったからって、さっきからいろんなお酒のボトル開けてるじゃないですか? 体に悪くないです?」
「違うから! スタジアムの方! 見たでしょう? 立派な奴を! 結構強めの結界を張ってガードしているから、存分に暴れられるんだよ! うん!」
「? 暴れられる? 戦うのを見るの間違いではなく?」
てっきり竜宮城から眺める観賞用だと思っていたんだけど、龍宮院先生は違うと強めに首を横に振った。
「確かに観戦もできるけど、あれは私が戦うために作った場所だよ」
それが事実だとすると、中々尖ったコンセプトの場所を作ったものだった。
「マイ闘技場ですか……普段はモンスターと戦うんですか?」
「そうだよ。あまり鈍りすぎるのもよくない。やっぱり感覚を研ぎ澄ませるなら実戦が一番だ」
闘技場について解説する龍宮院先生だが、僕は攻略君を使うまでもなく先生が何でそんなコンセプトに走ったのか、想像がついた。
「……先生。いかがわしい旅館だけじゃ体裁的にやばいって危機感持ったでしょ?」
「!! 正直っ……よくは……ないと思っていたよね……。ちなみにここにやって来た時の印象聞いてもいいかな?」
不安そうに僕らに聞いて来た龍宮院先生を見て、僕らは顔を見合わせ、少しだけ相談すると、その意図を汲んでストレートに印象を答えることにした。
「気が付いたらホストクラブのオーナーになってた先生」
「戦闘をワイン片手に楽しむ愉悦部員でござる」
「桃乙姫先生、真の覚醒」
「堕落ですね!」
「くおおおおっ! ……うぅ。わかっちゃいたが中々だなぁ」
ガクリと精神にダメージを受けてしまった龍宮院先生は、もうダメかと思ったが、彼女はなんとか踏みとどまった。
「……まぁいいさ。じゃあ。ちょっと余興で試合でもやってみよう。私はワタヌキ君を指定したい」
「……先生? 僕を殴るのがくせになってません?」
「人聞きが悪いなぁ。まともにダメージらしいダメージ喰らったことがないくせによく言うよ。それにアドバイスだけじゃ、ちょっと指導不足でしょ?」
本当にぃ?
僕はついとても胡散臭くて、唇を尖らせてしまった。
まぁ任せろと、胸を叩く龍宮院先生の思惑はいったいどんなものか?
硬い方が殴りやすくて気持ちいいからじゃないかという疑念はあったんだけど、僕も試したいことがあって、先生の挑戦を受けて立った。




