第334話貴重な機会
「自分でふっておいてなんだけど、本気?」
「……なんだか意外でござるね」
僕と桃山君は一度誘い自体はきっぱり断ったことのあるハバキリ君に少しだけ困惑した目を向けると、彼はそんなにか? とメガネの奥の視線をそっと逸らした。
「……いや、まあ迷いはあるんだが。君の時間を奪ってしまうことにもなるし……」
「それは別にいいんだけど……迷っているなら急がなくてもいいんじゃない? 同じクラスなんだし。でもハバキリ君に教えるのは問題ないよ。個人的に教えるにはちょっと条件があるんだけれど、君はもうすでにその条件を半分は満たしているみたいなもんだし」
「そ、そうなのか?」
意外そうに声を漏らすハバキリ君に、ウンムと僕は深く頷きその厳しい条件を彼に提示した。
「そうとも。その条件とは……サブカルチャーに理解がある事。ああ、この場合アニメとか。漫画とか、ホビーとかね」
「……そ、そんなのでいいのか? 簡単すぎじゃないか!?」
逆に戸惑わせてしまったみたいだが、そこは一貫して最初から引いている明確なラインだった。
「そう? 意外と仲良くならないとそんな話をそもそもしないし、ハードルは高めなんだよ? ……ああでも、頼まれたら普通に答えてるんだけどね。そもそも僕にダンジョン探索の質問をしようって人が少ないんだけれどもさ」
「そりゃそうでござるよ。誰が入学したばかりの無名の一年にそんな質問するんでござるか……」
「なるほど、それもカモフラージュだということか……」
「いやそんなんじゃないけどさ……まぁ成り行きに任せて? それでもポツポツと情報共有する人は増えてきているんだよ?」
「! そうなのか!」
「そうそう。ハバキリ君もその一人だよね」
「ああ、うーん……確かに」
ハバキリ君は現状を顧みて、曖昧に唸っていた。
結構オープンにやっているつもりだけど、成果はぼちぼちってところだ。
ハバキリ君は松林君やハットリさんほどではないが、戦闘面ではかなり本質に近いところまで見せた数少ない人物ではある。
ハバキリ君にも心当たりはあるはずだった。
「それは確かに……なるほど。成り行き次第とはそういうことか……ボクも興味を持って話しかけたから」
「そんな感じ」
僕の助言は正直今の常識ではナンセンスだ。
話したところで僕が怒鳴られて終わる未来が簡単に予測できる。
なんなら信じて実行したとしても、内容が戦闘の事となると、教えた相手が死にかねない可能性もある。
きちんと教えるなら最低限の信頼関係は必要不可欠だ。
そして長い時間を一緒にいるなら、せめてコミュニケーションが取りやすいかどうかはかなり大事だったりする。
そういう意味では、ハバキリ君は聞き入れの態勢が整っていた。
そして現状、ハバキリ君は少なくとも、ハットリさんよりも強くあって欲しいというのは僕の都合でもあった。
アフターフォローという意味でもそれは悪くない選択肢で、なにか教えて欲しいと言うのならかなり僕の口は軽くなるだろう。
だけどただ教えるのも芸がないかもしれない。
「なら、一つ条件を飲めば、お得情報を今すぐゲットってどう?」
「……交換条件ってことか?」
「そう。まず、情報と引き換えに僕の布教を受けてもらう。あっ布教じゃわかんないね。全12話のアニメを1シーズンでも見てくれればいいよ」
「だから……簡単すぎないか!?」
条件を聞いたハバキリ君はちょっと声を大きくして主張するけれども、これもまた貴重な機会ではないだろうか?
「布教しなきゃ一生見ない人だっている、それがサブカルってもんなんですよ……」
「それはそうなんでござるよねぇ……」
同じサブカル研究部の中でさえ、全ての趣味が合うかと言われるとそんなことは全くない。
星の数ほどある趣味の中から、僕と趣味が合うものを選んだ人と偶然出会うのがどれだけ大変な事か。
勧めたものを受け取ってもらえるチャンスも中々稀なのである。
ハバキリ君が僕が出した条件にうーんと納得のいかない表情で悩んでいるときだった。
慌ただしい足音が聞こえ、勢いよく部室の扉を開けた彼女もまた、趣味は微妙に違うけど、間違いなく同志である。
「先生! お待たせしました! ご注文のメインウェポン完成しましたよ!」
「! ついに! お疲れさまー東雲さん」
そしていろいろな歯車がかみ合った結果、奇跡的なシナジーが生まれることもある。
だんだんと部室に突入してくる遠慮がなくなってきた彼女、東雲 蘭さんは待望の知らせを持って来てくれたみたいだった。




