第330話ただのファン
「あまり長居させるのもよくないから単刀直入に。……なんというかな。今日来てもらったのは他でもない、君からあの娘へ、渡して欲しいものがあるからなのだよ」
この場所に、そしてあまりにも神々しい気配に圧倒されて、僕は生唾を呑み込んで、質問を返した。
「渡して欲しい……もの、ですか?」
「そう。これなんだけど……」
ただ……そう言ってハデスさんが取り出したそれを見て、僕は首を傾げた。
「このエレキギターなんだけど」
「ちょっと待って? なんでエレキギター?」
「え? 彼女のメインウエポンじゃないか。こういうのもアリかなって用意してみたんだよ? たっぷり加護を込めたやつさ」
力作だと語るハデスさん。
その語り口は、とても馴染みのあるものだった。
ファンレターでも送るくらいにノリが軽いけど、プレゼント自体はとんでもないものだった。
「ハデスが直々に製作した、エレキギター……」
なんだそのダンジョンアイテムじゃなくても、デスメタ界隈辺りで伝説になりそうな代物は?
そしてひょっとしなくても、このプレゼントの相手はレイナさんに間違いないだろう。
「な、なぜ、ギターを?」
「弦楽器は好きなんだ。作るだけじゃなくて、実際自分でも弾くよ? ペットに聞かせたりね~」
「な、なるほど? お上手だという噂はかねがね……これを、レイナさんに渡せば……いいんですよね?」
「そう! 応援していますと一言添えてくれると……なお嬉しいかな?」
「えぇ……?」
戸惑う僕にハデスさんは頼まれるまでもなく饒舌に語り始めた。
「いい出来だろう? 実は私は彼女のファンでね。是非とも使ってほしくて作ってしまったのだよ」
「は、はぁ」
いやぁとおそらく照れているハデスさんに、僕は戦慄した。
レイナさんの権能の大本は、おそらく彼なんだろうと思われる。
ただ僕にも、その……トップクラスの神様、そして権能というものに対してまだ憧れのようなものが残っていたみたいだ。
選ばれた存在であったり、伝説の存在であったり? 何かものすごい理由がそこにあるんじゃないかと。
しかしこのノリ。……ファン。そうかファンか……。
僕は一旦目を閉じて心の中で三つ数えると、ゆっくり目を開いて口に出さずに叫んだ。
思いの外浅いのか!? 権能選出理由!?
せめてもっとドラマチックに力を与えてはいかがだろうかと、柄にもなく思ってしまった。
だがそんな僕の幻想ブレイクなんて関係なしに、ハデスさんはよほどレイナさんが好きなのか語りが止まらない。
徐々にトークは早口になり、滑舌は冴えてきた。
「いやぁ君達のダンジョンアタック楽しく見させてもらっているよ。特にレイナちゃんの探索スタイルが最高でね。ああでも雷っていうのは少し気に入らないんだけど、ここ最近は本当に最高だよね。演奏もどんどんうまくなっているし、ハープ派だったんだけど、ギターもいいなって思うように……」
「あの……そんなにお気に入りで?」
「うん。じゃないと権能なんて渡さないって」
「そ、そうですね。で、では……なぜ彼女をここに呼ばなかったんです?」
そこがどう考えても腑に落ちないんだけど、ハデスさんは質問の瞬間、雰囲気が凍り付いた。
「そんなの…………奥さんが怒るじゃないか」
「……推しを愛でるのも楽じゃありませんね」
「そうなんだよ……。この愛は別物だと言えば言うほどだよね」
せちがれぇ。
でも僕は、ぐっと協力したくなったよ。
今回の一件はプレゼントも込みで、レイナさんに伝えておこう。
だが貰ってばかりというのも、彼女も納得しないだろう。
せっかくなので、こちらも何か送っておこうか?
僕はなにかなかったかと考えて、彼女のファンならば喜びそうなモノがアイテムボックスに眠っていることを思い出した。
「ええっとでは、……良かったらこれを」
「ん? なんだい? これ?」
「レイナさんの演奏が録音されたデータですよ」
「えぇ!? 本当に!?」
おお、なかなかの食いつき。これなら喜んでもらえそうだ。
確信を得た僕はデータの入ったフラッシュメモリーを彼に差し出した。
「最初にスピーカーを作った時に収録したものです。彼女、本格的な歌手ってわけじゃないので、音源は貴重かと」
「おお! その辺り見てないところ! すごくいい!」
えぇ? 見てないところってなんです?
まぁ、神様視点でしょうし、深くは聞きません。喜ぶハデスさんに僕は胸を撫で下ろす。
宝物のように渡したデータを眺めている様子を見ると、おそらく選択肢として間違ってはいないはずだ。
ちょっとモラル的にはアウトっぽいがこんな機会はそうそうない。
というか、あってたまるかとそう思うので、レイナさんには悪いけど、後で謝っておくとしよう。
正直、一か八かの気分だったが僕の気持ちはいい感じに神様に通じたみたいだった。
「いやぁ悪いね! となると、君にも一つ贈り物をしたいなぁ。うーん……なにがいいかなぁ。……そうだ! 君、武器が壊れて困っていただろう? ならば、いい感じの金属をあげようか。端材なんだけど、良い物ではある。大昔にサイクロプスたちが使って余ったものを管理していたはずだ。後でアイテムボックスにでも送っておくよ。加工法は君には必要ないね」
「あ、ありがとうございます」
「うん。では、悪かったね。まぁいつか君が死ぬようなことがあったら、また会おう。会わないかもしれないけどね、その時はその時だ」
縁起でもないことを言いながら、ハデスさんは右手でサヨナラと手を振りつつ、左手で指を鳴らした。
パチン
そんな音が耳に届いた瞬間。僕は元のトイレに座っていた。
「……つ!」
『どうやら無事元に戻れたようだ』
攻略君の声を聞いた途端、ぞっと強烈な寒気が襲い、呼吸が再開されたらしい。
おおっと思わず声が漏れるくらいの、生の実感が湧き上がって来た。
「ギギ~……」
インプ君も無事でよかった。
そして―――僕の手にはしっかりハデス製エレキギターが握られていて、全て夢ではなかったのだという主張が激しかった。
「……」
落ち着くために、深いため息をついて外に出る。
すると随分ニヤニヤしている仲間達が、トイレから戻った僕に言った。
「随分長かったですね。これは怖すぎてしまいましたか? ダイジョブ。たとえ漏らしてしまっていたとしても引いたりしません! すべてはワタシの手腕が悪いのです! ……随分パンクなギターですね?」
「すました顔をしてぇ。やっぱりワタヌキ氏も怖かったんじゃないでござるかぁ。……どこから出て来たんでござる? そのギター」
「おやおや。怖い物がないと思ってたワタヌキ後輩も意外にかわいいところがありますなぁ。トイレでギターとナニしてたんですかねぇ?」
おお? これは結構長い間トイレに籠ってしまっていたか?
だけど、正直に今の気持ちを白状しよう。
僕は深呼吸して、動悸を落ち着けると、ようやく言葉をひねり出した。
「めっちゃ……怖かったですね。人生最大だったかも」
「「「!?」」」
すると三人は驚愕の表情を浮かべていた。
「マスターが? 恐怖の感情なんてないと思っていたのに……難易度低くしますか?」
「どどど、どうでござろう? 確かに怖かったでござるけど……」
「意外な弱点? 弱点なの?」
話を振ってきたくせに、そんなに驚かなくてもいいじゃない。
まぁ自分でも麻痺しつつあった恐怖心を腹の底から感じられて、ちょっと安心したなんて言ったら、ますます妙な反応が返ってきそうだった。




