第269話とある先輩探索者の話
変だ。
彼がそう感じることは最近、少しずつだが確実にあった。
だけど今までは、なんか変な店が現れただとか噂になっていたり、変なトイレが存在するなんて話もあったりしたがほんとかどうか探す方法もなく、例年変な生徒はいるものでおかしなことをしては失敗してひどい目に遭うなんてこともざらにある。
今回の噂も大方そんなところだろうと、彼もそう思っていた。
ダンジョンでは何が起こるかわからない、そうは言われているが、とはいえ一定のルールは存在している。
彼はソロで活動していたが、そこを理解していればそうそう死ぬような目には遭わないし、それこそがダンジョンに入って生き延びる大原則だと彼は信じていた。
だがしかし……。
「明らかに変だ……」
もう目を逸らすこともできずに彼はつい口に出した。
夏休みを実家で穏やかに過ごして、だるいなぁなんて思いながら帰って来た最初のダンジョンアタックで、出た言葉がこれだった。
まず、入り口に設置してある生徒会発行の変動後順路マップがやばい。
これは前からあったが、明らかに情報の密度が上がっていて、役立つものになっていた。
下の階層に降りるための道だけでなく、トラップの位置やモンスターの情報なんかも段違いで、どうやったらこんなものをダンジョンの組み換え直後に用意できるのか本気でわからない。
ただ漠然と感じたのは、何か今までとは確実に違う調査方法を採り入れたんじゃないか?という疑惑だった。
「なんていうか……すごいな生徒会。やっぱ、俺とは探索者としての格が違うってことか?」
彼はそこまで熱心な探索者ではなかったが、それでも彼なりに頑張って来たという自負はある。
正直実力差を思い知らされているようで凹む話である。
だがそのマップ上で気になる表記を発見して、これもまたおかしい。
「……売店と……トイレの位置が入ってる」
ただの学校の怪談的なアレだと思っていたが、生徒会の地図にしっかり入っているのなら本当にあるのだろう。
「いや、そんなことあるか?」
本気で疑問に思ったが、元よりこの日は鈍った体を慣らすために低い階層でモンスターを狩るつもりだった。
「……行ってみるか」
肝試しだと思って探索するのもいいだろうと、彼はマップを信じてダンジョンの中に入った。
そしてやって来た売店は―――やはり変だった。
「いや、おかしくない?」
「いらっしゃいでちー!」
やたら美形のちびっ子天使がいるよ? いつの間にか死んだかな?
天使の輪っかもあるし、天使の翼もついている。
ちびっ子は変な火の玉の缶バッジ付きのエプロンが店員っぽさを醸し出していたが、どう見ても天使だった。
そしてそんな天使が駅にあるより少し大きいくらいの、しかし随分と近代的な売店で店員をやっているのだから意味が分からない。
そして店内はやたら明るく電灯に照らされていた。
意味が……分からない。
だがあるものはあるんだから仕方がない。
彼は探索者としての経験から驚きをグッと呑みこんでもっとよく売店を観察することにした。
まず飲み物や食べ物、そして生徒会のマップや情報誌なんかの配布もここで行っているらしい。
後はファイアーボールヘッドのダンジョン相談とか訳の分からない怪しいポスターもあったが……ひとまず生徒会が一枚噛んでいることは間違いないようだった。
そして相当に怪しくはあったが……いらっしゃいと言われたのだから話をすることはできるのだろう。
彼は身の安全のために心底迷ったが、意を決して店員の天使?に話しかけた。
「あ、あの……」
「はいでち! なんでちか?」
「い、いや、初めて来たからね。ここは……何を売っているのかな?」
そう尋ねると天使は元気よく答えてくれた。
「何でもあるでち! 売れ筋はポーション、精霊ガチャでちね。おすすめはモンスター毒抜き素材でち!」
だが説明からしてもう変だった。
彼は困惑しつつも、ここまで訳が分からないと逆に好奇心が湧いてきた。
「モンスター毒抜き素材? ってモンスターの肉とか?」
「その通りでち?」
「……!」
かなり変な店だ! 彼はそう思った。
モンスターを食べると死ぬ、つまり毒であることはもはや一般常識だ。
そして置いてある食料品はおいしそうだったが……さっきの説明が本当なら、全部毒である。
「ちなみに……ここに置いてある弁当にモンスターの素材は使っているのかな?」
「使ってるでち。こっちは攻撃力アップのお弁当で、こっちは魔法攻撃力アップでち。パッケージに効果と賞味期限が書いてあるからよく読んで食べるでち」
「攻撃力アップに魔法攻撃力アップ? そんなバカな……」
だが天使が売ってるしな……そんなこともあるのか?
というか、本当に天使なのか? コスプレした子供ではなく?
……そっちの方が問題か。
正直彼は信じられなかったが、弁当はすごく気になった。
彼は戦士のジョブだったが、攻撃力に悩んでいたからだ。
今探索中の階層のモンスターをいま一歩仕留めきれずに、毎度小さなダメージが溜まり早々に撤退することを繰り返している。
もしやこれを食べたら解決するのだろうか?
いやいや、そんな都合のいい話があるわけないと思いつつも、お値段もお手頃。
だから彼はつい好奇心に負けてしまった。
「この……攻撃力アップのお弁当を一つ」
「はいでち! あ、ちょうどいいでち! これ温めるでち!」
誰に話しかけているんだろう? そう思っていると売店の奥からぬっと出てきた大きな人影に、彼は身を強張らせる。
おそらく2メートルはあるであろう大柄な人影はしかし姿を現すと、まるで女神の様などえらい美人さんだった。
彼はちょっとだけ幸せな気分になった。
しかし彼にはわかった。
この女性は相当に強い。
纏っている雰囲気に気圧されていたが、店員らしき女性はちびっ子から弁当を受け取り、店の奥に引っ込んでしまう。
そして数分後、チンと聞き覚えのある音が聞こえて戻ってきた女性がニッコリと笑顔で差し出してきた弁当は、どういうわけか熱々だった。
「あ、ありがとうございます」
「……」
彼は礼を言うが、何を語ることもなくコクリと女性は頷いてまた店の奥へと消えていった。
「……」
彼は弁当を受けとってぼんやりしながらてくてくと歩いて行って、セーフルームを見つけて中に入る。
ただおかしなことに、前はセーフルームと言うと単に何もない広い部屋だったはずだ。
なのに今はキッチンとテーブルそして簡素な長椅子まで準備されている変な部屋に困惑しながらも彼は弁当を開いてみた。
「……おお、うまそうじゃないか、幕の内?」
モンスターの素材が使われていると言うからゲテモノだろうなと思ったが、見た目は悪くない。
意を決して食べると、味も悪くない……というか普通においしかった。
もぐもぐと弁当を平らげる。
そして空っぽになった弁当を眺めて一言呟いた。
「明らかに……変だ」
毒はないようだが胸が苦しい。
これが攻撃力上昇の効果かと思ったが……わからない。
それはともかく弁当を買いにもう一度来ようと心に決めたのは、正当な味への評価だった。
そして彼はこの後、長い事苦戦していたモンスターをあっさりと倒すことに成功してその決意は更に固くなった。
ただ……なんてことはない全く関係のない話だが、店員のヴァルキリーが1階にいたのがたまたまだと彼は知らない。
そしてヴァルキリーが駐在し始める階層にたどり着くまでには非常に過酷な試練をくぐり抜けねばならないのだと彼が知るのはもう少し先の話だ。
まぁ本当に……何の関係もないことだけれども。




