表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/52

49・最終決戦4

 機械竜ヒヒイロゴンの全身が、どす黒い赤色に明滅し始めた。


 装甲の隙間から溢れ出すのは、これまでの青白い電撃ではない。それは、見る者の魂を凍りつかせるような、呪いにも似た漆黒の波動だった。


 ――最終奥義「許されぬ魂」。


 これまで何度挑んでも拝むことすらできなかった、ボスの最終発狂フェーズの合図だ。

 視界の端、ログウィンドウに冷徹なシステムメッセージが刻まれる。

「警告:エリア内に呪縛が展開されました。これ以降、戦闘不能になったプレイヤーの蘇生は不可能です」


(……蘇生、不可……!)


 信也の背筋に、冷たい戦慄が走った。


 ヒーラーであるナガにとって、それは存在意義の半分を否定されたに等しい。死ねば終わり。文字通りのデスゲームへと変貌したのだ。


 だが、ここまでの四人の連携は完璧だった。


 一分の狂いもなく、一滴の無駄もない。このままいけば、この呪いすらも無意味な演出に終わるはずだった。


 その、わずかな「慣れ」という名の油断が、牙を剥いた。


 六回目のローテーション。


 ヒヒイロゴンが首を大きく振り上げ、あの日と同じ「分散する怒号」の予備動作に入る。


 信也は、即座に三人の位置を確認した。だが、極限状態でのわずかな距離感の狂いか、あるいはボスの不可解な座標ずれか。


 本来なら三人が均等に受けるはずの衝撃を、アヤとハルの二人だけが、不自然に重なった位置で喰らってしまった。


「「……っ、あ――!?」」


 ボイスチャット越しに、二人の短い悲鳴が重なる。


 次の瞬間、画面の中で盾役のハルと、サポートの要であるアヤのHPバーが、唐突にゼロへと叩き落とされた。


 バサリ、と二人のアバターが崩れ落ちる。


 信也は反射的に黄金の杖を振り上げようとして、止めた。


 黒い霧が二人の死体を包み込み、蘇生呪文のターゲット指定すら受け付けない。


「アヤ! ハル!」


 信也の叫びが、虚しくボスエリアに響く。


 突如襲ったパーティの半壊というアクシデント。


 ヒヒイロゴンのヒットポイントは、まだ五パーセント以上残っている。


 ヒーラーとアタッカーの二人だけで削り切るには、あまりにも絶望的な、けれど残酷にリアルな数字だった。


「……っ、ごめん、ナガ、イチちゃん……!」


 スピーカーから、ハルの悔しさに震える声が聞こえる。


「後は……頼むわよ!あなたたち! 諦めたら、承知しないから!」


 続いて、アヤの、必死に平静を装いながらも熱を帯びた叫びが届いた。


 二人の声が、信也の胸の奥にある焔を、さらに激しく燃え上がらせる。


「……ああ。分かってる」


 信也は、キーボードを叩く指を止めるどころか、その速度をさらに加速させた。


 五パーセント。


 時間切れまで、あと一分。


 本来なら無理だ。盾役のいない戦場で、イチが攻撃に専念し続けることなど、自殺行為に等しい。


 だが、信也は確信していた。


 俺たちなら、たったの五パーセントくらい、この残り一分以内に削り切れる。


 隣から聞こえる、市香のタイピング音が一段と高く、激しくなった。


 トトトトトトッ! と、空間を切り裂くような鋭い打鍵音。


 彼女もまた、全く同じことを考えている。


 何も聞かずとも、右腕から伝わってくる彼女の熱量が、ドクドクと波打つ鼓動が、それを雄弁に物語っていた。


「……市香、行けるな?」


 信也は、現実の言葉で、隣の彼女に囁いた。


 市香は画面を見つめたまま、一瞬だけ、強く頷いた。


 その横顔には、もう恐怖も迷いもない。ただ、愛する人と共にこの地獄を駆け抜け、新しい世界を掴み取るという、猛々しいまでの意志だけが宿っていた。


「俺が全部止める。お前は、ひたすら攻め続けろ」


 ナガは、緑のローブを翻し、ヒヒイロゴンの正面へと躍り出た。


 盾役のいなくなった今、ナガが自らヘイトを稼ぎ、全ての攻撃を引き受けるしかない。


 機械竜の鋭い爪がナガを襲う。


 信也は、市香のタイピング音から彼女の回避方向を予測し、その逆方向へとわざと自分を晒した。


 ギリギリの回避。直撃すれば死ぬような攻撃を、コンマ数秒のタイミングで躱し続け、自身に持続回復をかけ、同時にイチへバフを維持し続ける。


 狂気じみた、一人二役以上の超絶機動。


 だが、それができた。


 隣にいる彼女の呼吸が、指先の動きが、信也にとっての「予知」として機能しているからだ。


 かつて、自分を「兄」という檻に閉じ込めていた時には、決して到達できなかった境地。


 イチを、市香を、心から愛していると認め、共に先へと進む覚悟を決めた今。


 二人の魂は、画面の向こうのアバターを超え、一つの巨大な意志となって機械竜を圧倒していた。


「……おおおおおおおっ!」


 信也は、自分でも無意識のうちに咆哮していた。


 たった二人だけ。


 数奇な運命に翻弄され、血の繋がりに苦しみ、それでも互いを求め合った二人。


 かつては逃げ場所だったこの仮想世界が、今は、自分たちの愛の真実を証明するための、神聖な闘技場へと変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ