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48・最終決戦3

 ヒヒイロゴンの巨大な機械の四肢が、軋みを上げて凍てついた床を叩く。


 青白い放電がエリア全体を支配し、空気そのものが焦げ付くような死の予感が充満した。


 直後、機械竜が大きくのけぞり、周囲の空間が歪むほどの膨大な魔力を収束させた。


 ――「終焉の嵐」。


「近づかなければ即死」という、わかっていても足がすくむ広域旋回攻撃だ。竜から離れた外縁部は、逃げ場のない嵐によって文字通り塵に帰される。


 だが、今の信也に迷いはなかった。


 ナガが新緑のローブをなびかせ、迷うことなく石畳を蹴った。


 背後で凄まじい嵐が闘技場の外縁をズタズタに引き裂き、轟音が鼓膜を震わせる。しかし、竜の足元という「安全地帯」に素早く滑り込んだナガは、傷一つ負うことはなかった。


(……聞こえる。お前の呼吸が、指先の音が)


 現実の部屋。一つの椅子を分け合い、密着した右半身から伝わってくる市香の熱い体温。


 凄まじい嵐のSEを突き破って耳に届く、彼女の必死で、それでいて確かなリズムを刻むタイピング音。


 トントン、トトトッ、というその乾いた打鍵の響きこそが、今の信也にとって何よりも信頼できるメトロノームだった。


「イチ、行くぞ!」


 信也は黄金の杖を掲げ、至近距離からイチのアバターへバフを叩き込む。ここまでの安定した動きが時間の貯蓄を生み、このタイミングでのバフを可能にさせた。


 付与したのは「オーバークロック」。スキルのクールタイムを短縮し、ラッシュチャンスの今、大技を連続で出し続けやすくするための、攻めに特化した支援術だ。


 嵐の核心部、竜の巨躯の真下という極限の状態。だが、隣に座る市香の呼吸が、わずかに鋭く、短くなった。それが「攻める」合図だと、信也の細胞が理解している。


 直後、イチの双剣が、残像を残すほどの超高速で機械竜の脚部を切り刻んだ。


 一撃、二撃、三撃。クールタイムを無視したかのような苛烈な連撃が、ヒヒイロゴンの装甲を内側から爆ぜさせる。


「トリプルファング」による三連撃が近づいていたナガを襲うが、信也は最小限の操作でそれを捌き、削られた体力を即座に全回復させる。地を走る咆哮をジャンプで躱しながら、空中で自分自身に「エンゼルズヘルプ」を再度付与。自身の回復魔法の出力を保ち続ける。


 その直後だった。


 ヒヒイロゴンが首を大きく振り上げ、イチへ向けて「分散する怒号」を放つ。


 一人で受ければ即死、二人で受けても二人纏めて即死。三人以上で受ける必要がある、このボス最大の難所の一つ。


 そこには、鉄壁の「壁」があった。


 ハル、アヤ、そしてイチ。三人のアバターが、寸分の狂いもない等間隔で肩を並べ、その衝撃を真っ向から受け止めたのだ。


 身バレを恐れ、互いの距離を測りかねていたあの日までとは違う。


 リアルで会い、想いをぶつけ合い、リアルで会った事によって絆が更に深まったことで、四人の連携はもはやシステム上の数値を越えた領域にまで達していた。


「……っ、凄い! これなら……これならいけるよ!」


 ボイスチャット越しに、ハルの震える声が響く。盾役として最も近くでナガの支援を感じている彼には、今の信也がどれほど「異常な」精度で自分たちを支えているかが痛いほど伝わっているのだ。


「……まだ終わっていないわよ。でも……」


 アヤの声もまた、興奮を隠しきれずに上気していた。


「この調子なら……本当に……いけるかもしれないわ!」


 賢者である彼女の計算を、今の四人のシンクロ率は遥かに上回っていた。


 信也の指先は、キーボードの上で舞うように動き続ける。


 もはや画面上の情報だけを頼りにはしていない。


 市香が指先を強く叩けば、それは「大技を出す」合図。


 呼吸を一つ止めれば、それは「回避に専念する」予兆。


 体温、音、空気の震え。隣にいる彼女のすべてが、信也にとっての「ナガ」を動かすための血肉となっていた。


 四回、五回と繰り返されるボスのローテーション行動。


 だが、四人の動きは疲弊するどころか、回を重ねるごとにキレを増していく。


 かつては絶望の壁だった機械竜の猛攻が、今では自分たちの絆を証明するための、心地よいリズムにさえ感じられた。


 そして――。


 電子的な警告音が、ボスエリア全体に鳴り響く。


 機械竜ヒヒイロゴンのHPバー。


 これまで何度挑んでも、その目前で絶望を突きつけられ、跳ね返されてきた、あの「残り一割」の境界線。


 その鉄壁の守りに、今、決定的な「ひび」が入った。


 一割を切る。


 赤く激しく明滅し始めるHPバーは、この長い一週間の「崩壊」に、自分たちの手で終止符を打つ準備が整ったという、何よりも雄弁な勝利への招待状だった。


「……市香」


 信也は、画面を見つめたまま、隣の彼女に呼びかけた。


 返事はない。だが、市香のタイピング音が一段と高く、激しくなり、右腕から伝わる体温がさらに熱を帯びた。


 それが、彼女の最高の返答だった。


 地獄のような日常を焼き尽くし、新しい世界を創り出すための最終決戦。


 その「終わり」が、今、目の前にある。

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