47・最終決戦2
巨大な扉が、重厚な地響きを立てて背後で閉ざされた。
カラン、という無機質なロック音が、密閉されたボスエリアに虚しく響く。
これまで何度となく聞き流してきた、ゲーム「PMO」におけるお決まりの演出。だが、今の信也の耳には、その音が全く違う意味を持って響いていた。
(……もう、戻らせない、か)
それはゲームシステムが告げる非情なルールであると同時に、運命が自分たちに突きつけた最終通告のようでもあった。あの日々に、あの偽りだらけの安寧には二度と戻らせない。この扉が再度開く時、俺たちは敗北してすべてを失うか、あるいは勝利して新しい地平に立つかのどちらかだ――。
直後、エリアの中央で鎮座していた「機械竜ヒヒイロゴン」が、その巨躯を軋ませて咆哮した。
ヴォォォォォォンッ!
鼓膜を震わせる電子的な叫び。それが、血を吐くような再戦のゴングだった。
戦闘開始と同時、信也の指先は吸い込まれるようにキーボードを叩いた。
隣に座る市香の指先もまた、同じくキーボードを弾く。
ナガとイチのアバターは迷いなく左へ、ハルとアヤは示し合わせたように右へと、弾かれたように散開した。
刹那、四人が一瞬前までいた地点を、白熱する極太の熱線――「オーバーヒートビーム」が真っ向から焼き焦がした。
ヒヒイロゴンの確定している初手の動きだ。
あまりにも分かりきった、避けて当然の攻撃。
それなのに、一昨日までの二人は、この単純な一撃にさえ、思考のノイズを挟んで避け損ねることがあった。焦り、怯え、互いの顔色を伺うあまり、ゲームプレイヤーとしての最低限の判断力すら、あの頃の二人は失っていたのだ。
「……ふっ」
信也の口元から、ふとした可笑しさが零れた。
こんなものに当たるほど、俺たちはおかしくなっていたのか。
その事実が、今となってはあまりにも滑稽で、愛おしいほどに馬鹿馬鹿しく思えた。
「ふふっ……」
その時だ。
隣に座る市香もまた、全く同じタイミングで小さく吹き出していたことに、信也は気がついた。
画面は見つめたままだ。だが、二人の間にある空気は、かつてないほどに柔らかく、そして鋭く研ぎ澄まされていた。
ナガとイチとして積み重ねてきた数年間の、魂の波長の合致。
そして、信也と市香という、同じ胎内で命を分け合った双子の兄妹としての、肉体的な共鳴。
その二つの絆が、今、何の淀みもなく重なり合っている。
その確信が、信也の脳内から余計な緊張を削ぎ落とし、意識をどこまでも深く、冷徹なまでにクリアな場所へと導いていく。
(……軽い。驚くほどに)
黄金の杖を振るうタイミングが、驚くほど自然に手に馴染む。
視界の端で舞う「イチ」の動きが、自分の呼吸と完全に同期しているのが分かる。
彼女が次にどこへ踏み込み、どこで守りを欲しがるのか。
ボイスチャットで指示を出すまでもない。隣にいる彼女の微かな息遣い、キーを叩く指の震え、それらすべてが、信也にとっての最高精度の情報として流れ込んでくる。
信也は、後方から絶え間なくバフとヒールを注ぎ込んだ。
かつては「守らなければならない」という強迫観念でガチガチだった癒しの術が、今は「みんなを輝かせるため」の確信に満ちたタクトへと変わっている。
ナガが放つ光が、ハルとアヤの動きを加速させ、そして何より、双剣を振るうイチの刃に、かつてないほどの鋭利な輝きを与えていた。
自分の存在が、愛する彼女を、そして共に歩む仲間たちを、最高潮へと押し上げている。
ヒーラーという役割の本質的な悦びを、信也は今、初めて本当の意味で理解していた。
「良いね!ナガ!今日の動き、今までで一番安定してるよ!」
ボイスチャット越しに、ハルの弾んだ声が響く。
「集中しなさいハル。……でも、確かに。今日の後ろは、ダイヤモンドよりも硬いわね」
アヤの短い賞賛。
その間にも、イチの双剣は機械竜の装甲を容赦なく切り刻んでいく。
十秒、二十秒、三十秒。
かつては永遠のように感じられたヒヒイロゴンのヒットポイントが、目に見えるほどの速度で削り取られていく。
そして――。
「……っ、ローテーション、入るわよ!」
戦闘開始から、わずか四十二秒。始めてボイスチャットで連携したあの時よりも二十秒以上早く、自分達の過去のどの攻略記録にも存在しない異常なまでのスピードで、ヒヒイロゴンのヒットポイントが九割を割り込んだ。
巨躯を軋ませ、機械竜が悲鳴のような排熱音を上げる。
「ナガ君、来るよ!」
「おう!」
市香と信也の声が、現実の部屋と仮想の世界に同時に響き渡る。
二人の心は、今、これ以上ないほどに「一つ」だった。
勝ちたい。この戦いに勝ち、この居場所を守り、明日を二人で生きていく。
その純粋な渇望が、四人を未知の領域へと加速させていった。




