表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/52

46・最終決戦

 暗転していた視界が、一気に鮮やかな色彩を取り戻す。


 視界の端に、慣れ親しんだステータスバーとスキルアイコンが浮かび上がった。ここは、機械竜ヒヒイロゴンのボス部屋へと続く、凍てついた鋼鉄の回廊だ。


 その冷徹な無機質の世界に、二つの光の粒子が降り立つ。


 新緑のローブを纏い、黄金の杖を静かに構えた「ナガ」。

 そして、その隣で紅蓮のドレスアーマーを靡かせ、双剣を鋭く閃かせる「イチ」。


 現実の世界では、信也と市香は、一つの椅子を分け合うようにして座っていた。


 市香の体温が、信也の右腕からじわりと伝わってくる。イチの幻影を追わせた白いシュシュで纏めたサイドテールが、信也の首筋を撫でる。だが昨日とは違い、今にも壊れてしまいそうな絶望的な震えはなかった。代わりに、自分の居場所を確かめた事で落ち着いた、静かで力強く、そして何よりも確かな安心感がそこにあった。


 二人がログインした瞬間、チャットウィンドウが明滅した。


 そこには、既に武装を整えて待ち構えていた二人の先客がいた。


『『プロっス』』


 いつもと変わらないメイド服姿の美少年の「ハル」。


 そして、その傍らにいるのは、同じくいつもと変わらない白いくノ一装束を着こなした「アヤ」。


 信也の背中を押して「今」を作る手伝いをしてくれた二人の仲間だ。


「プロっス」


 信也は、キーボードを叩いて短く返した。


 市香もまた、隣で小さく頷き、同じ言葉を画面の中に刻み込む。


 いつもと変わらない、けれど今までで最も重みのある、再会の儀式だった。


 信也は迷わず、ハルのキャラクターをクリックし、「パーティーを組む」というコマンドを選択した。


 システム音が鳴り、四人の名前が青いラインで結ばれる。それは、単なるゲーム上の編成ではない。現実での地獄を潜り抜け、自分たちの真実を共有した四人が、再び一つの運命共同体として結びついた瞬間だった。


 合流して数秒。アヤが、チャットに短い言葉を打ち込んできた。


『……どうだったの?』


 その問いには、彩としての鋭い懸念と、友人としての深い慈しみが同居していた。


 信也は、画面の端にあるボイスチャットのアイコンを見つめた。これまで、自分の「声」を届けることを拒んできた機能。市香を「イチ」という枠から締め出し、自分を「ナガ」という檻に閉じ込めていた時には、決して開くことのできなかった扉。


 だが、今の信也には、隠さなければならないものなど何一つなかった。


 彼はマウスを動かし、ボイスチャットのスイッチを「ON」にした。


「……ああ。全部、解決したよ。……今なら、声で話しても大丈夫だ」


 マイク越しに響いた信也の声は、驚くほど澄んでいた。


 続いて、隣に座る市香も、マイクに顔を寄せて、少し照れくさそうに、けれどはっきりと告げる。


「……うん。私も、大丈夫。……二人とも、待っててくれて、ありがとう」


 一瞬、スピーカーの向こう側で息を呑むような気配がした。


 やがて、アヤ――彩の、少し呆れたような、けれどひどく安堵したようなため息が聞こえてくる。


「……いい声ね。ようやく、まともになったみたいじゃない」


 アヤの声は、相変わらず冷徹な賢者のそれだったが、その奥には確かな温もりが宿っていた。だが、彼女はすぐに、市香のわずかに震える鼻声を鋭く聞きつける。


「ところでナガ。……イチが少し鼻声じゃない。……あなた、イチを泣かせたわね?」


「え、あ、いや……それは……」


 信也がしどろもどろになる中、アヤは容赦なく「罰」を宣告した。


「事情はどうあれ、女の子を泣かせた罪は重いわよ。……今日のヒヒイロゴン戦は、死ぬ気で活躍しなさい。ミスしたら、許さないから」


「ノーミス命令!? ……分かった。やってやるよ」


 信也が苦笑しながら応じると、今度はハル――風火の、弾けるような明るい声が追いかけてきた。


「あはは! ナガ、頑張って! ……それと、イチちゃん。元気出して? 今日は、昨日よりもずっと、ううん、今までで一番、私たち、頑張れるよね?」


 ハルの言葉に、イチは深く息を吸い込み、腹の底から、弾けるような返事をした。


「うん! ……頑張るよ!ハルちゃん!アヤちゃん!」


 その声には、もう一滴の淀みもなかった。


 かつての彼女は、ゲームの中に「逃げる」ためにイチを演じていた。


 だが今の彼女は、現実で信也に愛された自分を、そのまま「イチ」というアバターに重ね合わせている。二つの世界が一つに溶け合い、彼女はかつてないほどの輝きを放っていた。


 四人のアバターが、巨大な扉の前に並び立つ。


 扉の向こう側からは、機械竜ヒヒイロゴンの重厚な駆動音と、逃げ場のないプレッシャーが漂ってくる。


 俺たちはこの扉の前で、あの日、世界を歪に混ぜ合わせてしまった。だが、今は違う。世界はあるべき姿に落ち着いた。


「行くぞ。……今日、俺たちは絶対に勝つ」


 信也の宣言と共に、扉がゆっくりと開いていく。


 ボスエリアへと踏み出す四人の背中には、もう迷いも、隠し事もなかった。


 今までで一番「勝ちたい」戦いが、今、幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ