39・デート3
信也の耳に届くのは、二つの異なる音源から重なり合って響く、不気味な駆動音だった。
信也のデスクに置かれた高性能スピーカーと、市香が膝の上に乗せたノートパソコン。それらから同期して流れ出すのは、重厚な金属が軋み、巨大な歯車が噛み合う、冷徹な機械音。
三週間以上、ハルとアヤと共に挑み続け、そのたびに無慈悲な敗北を喫してきた「機械竜ヒヒイロゴン」のボス部屋の前。二人のアバター、ナガとイチは、重い扉の前に並んで立っていた。
現実の部屋では、相変わらずゲーミングパソコンが排熱を上げ、隣に座る市香の体温が、逃げ場のない熱気となって信也の肌にまとわりついている。
沈黙を破ったのは、市香だった。
信也が何か、この場に相応しい「信也かナガのどちらか」としての言葉を探すより先に、彼女は画面を見つめたまま、独り言のように静かに語り始めた。
「……ねぇ、お兄ちゃん。私、変だよね」
その声は、一週間前のあの笑い声とは違い、ひどく透き通っていて、それゆえに危うかった。
「血が繋がっていて、同じ家で育って、お父さんとお母さんの子供で……そんなの、誰よりも私が一番分かっているのに。……でも、私の心の中には、どうしても消えない火種があるんだ。ダメだって思えば思うほど、兄妹だって自分に言い聞かせれば言い聞かせれば言い聞かせるほど、それが薪になっちゃって、どんどん熱くなって……」
市香の指先が、ノートパソコンのタッチパッドの上で微かに震えている。信也は、何も言えなかった。マウスを握る手に力が入り、指先が白く強張る。隣から伝わってくる彼女の熱が、今の吐露を裏付けるように、じりじりと信也の理性を焼いていく。
「……でもね、お兄ちゃんは、私を拒絶してくれた。……ちゃんと、嫌がってくれたんだ。兄妹でそんなこと、おかしいよ、気持ち悪いよって。そうやって、燃え盛る火の上に、正しい水をかけてくれた。冷たくて、正しい、現実っていう水を」
信也は、隣に座る彼女の顔を直視することができなかった。
今、この至近距離で彼女を見てしまえば、自分の中の「兄」としての輪郭が完全に崩壊してしまう。
だが、視界の端。
画面の青白い光を反射して、キラリと輝く「一筋の光」を、信也の網膜は捉えてしまった。
市香の頬を伝い、顎のラインで留まった一粒の雫。それが液晶の光を吸って、ダイヤモンドのように冷たく、けれど熱く輝いている。
「だけど……消えなかったの。自分自身の手で、何度も何度も水をかけて、もう冷え切ったはずなのに。呼吸をするたびに、また奥の方で小さな火種が赤くなって……消えてくれないんだよ……っ」
言葉の端々に、堪えきれない嗚咽が混じり始めた。
狭い椅子の上で、市香の細い肩が激しく上下し、信也の腕に伝わる彼女の震えが、物理的な痛みとなって胸を締め付ける。
信也はただ、その震えを受け止めることしかできなかった。
スピーカーからは依然として、攻略不可能な「壁」の向こう側で、機械竜の歯車が回り続ける音が虚しく響いている。
しかし二人の間には、止まらない涙の音だけが響いていた。




