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あがきを疾み(あがきをはやみ)  作者: 理猿
最終章 冬、奇跡再び
102/106

馬有りて、夢在り

「有馬記念が行われるのは中山競馬場芝右回り二五〇〇メートル」

 新発田(しばた)はそう言いながら、競馬場の記者室の机に広げられたスポーツ紙に手をつく。当然今日の記事の主役は有馬記念。出馬表には十六頭目の名前が記載されている。


【第✕✕回 有馬記念 出馬表】

 

1枠1番 パリスグリーン/牝3/ルピ(54kg)

1枠2番 ジーランディア/牡3/一星北(56kg)

2枠3番 ナイトフォール/牡4/山背(58kg)

2枠4番 セイホーグレイト/せん6/一星陸(58kg)

3枠5番 アレクサンダー/牡3/由比(56kg)

3枠6番 ハーキュリーズ/牡4/四王天(58kg)

4枠7番 マリアブレス/牝4/成海(56kg)

4枠8番 エイライスクリーム/牡7/吉成(58kg)

5枠9番 サムシングエルス/牡5/千崎(58kg)

5枠10番 ストームペトレル/牡5/猿江(58kg)

6枠11番 ルサールカ/牝6/刀坂(56kg)

6枠12番 アマクニ/牡3/那須(56kg)

7枠13番 トルバドゥール/牡4/岸(58kg)

7枠14番 オクトーバームーン/牡5/小豆畑(58kg)

8枠15番 ズーロジー/牡5/尾形(58kg)

8枠16番 クラッシュオンユー/牡3/日鷹(56kg)


「今年最後の大一番を盛り上げるのに申し分ないメンツだ」

 新発田が片方の口角を上げる。

「外回りコースの三コーナー手前からスタートして内回りに入っていく。スタートから最初のコーナーまでは一九六メートル。ゴールまでコースを一周半する間に六回コーナーを回ることになるから、このスタートしてからの位置取り争いが肝だ。

 最後に取り返そうにも最後の直線は僅か三一〇メートルしかなくて、きつい上り坂。有馬記念で外枠が不利と言われてる所以だな」

 それまで黙って話を聞いていた末崎が顎に手を当てて、

「直線が短くて、アップダウンも激しい。ただ純粋に速い馬が勝てるコースじゃないですね」

「そうだ。歴史に名を刻む名馬が足を掬われることもあれば、奇跡とも呼ばれるようなレースが稀に起こるのもこのコースゆえかもしれない」

「……〝有馬の奇跡〟」

 末崎の口から言葉がこぼれる。七年前、無敗の三冠馬イスカンダルを休養明けのノッキンオンハートが破ったレース。

「当然一番人気はトルバドゥール。この馬に残る十五頭がどう戦いを挑むのか。奇跡が起こるかじゃない。自ら奇跡を起こす馬がいるかどうか。

 ……勝負所は最後の直線よりもずっと前」

 そこで新発田は言葉を切り、意味深に笑う。 

「ラスト一〇〇〇メートル。そこの仕掛けで全てが決まる」

 新発田が立ち上がる。末崎もあとに続く。レースの時間が迫っていた。 



 冬の冷気と詰めかけた観客の熱気を撹拌するようにパドックを等間隔に回る馬。黒いグローブを上げる。これで三回目。ピンクの帽色のヘルメット、その顎紐を直す。たしか四回目。

 同じく整列する騎手たちの表情は固く、言葉少な。

 深く吸った息を白く染まらない程度に細くゆっくりと吐いていく。心音は興奮を保ちつつアンダンテ。

 騎乗命令。

 色とりどりの勝負服を着た十六人の騎手が放射状に散る。青もまた一際目を引く青毛の馬体に駆け寄る。

 紫紺地に白文字の「16」「クラッシュオンユー」のゼッケン。小柄ながらも貧相ではなく、丁寧にカットされた宝石のように細部まで研ぎ澄まされた馬体。黒真珠のような瞳と目が合う。

 短い鳴き声。白い息。

 言葉などまるでわからないのに、彼の言いたいことが伝わってくる気がした。肯く。

「うん。最高のレースにしよう。クラッシュ」

 私は、勢いよくクラッシュオンユーの背中に飛び乗る。

 

 

『さあ、今年もあっという間に年の暮れ。やってまいりました有馬記念。皆さま今年はどんな一年だったでしょうか』

 馬場入りを終え、輪乗り。

 雄大なファンファーレが中山競馬場の隅々まで吹き抜ける。馬が奇数番偶数番の順で発馬機に呑まれていく。

『有馬記念の名は日本中央競馬会第二代理事長・有馬頼寧氏に由来しますが、今日は敢えてこう言わせていただきましょう。

 〝馬〟が〝有〟ると書いて有馬記念。

 馬が有って、夢が在る。競馬というものを表すうえでこれ以上相応しいレースはないのではないのではないか、と。

 グランドスラムに王手をかけたトルバドゥール。牡牝の二冠馬アレクサンダー、パリスグリーン。ダービー馬アマクニ。そのほかにも過去クラシックを騒がせた面々が一堂に会しました。

 さあ、今日このレース。あなたはどの馬に夢を見ますか?』

 スターターが頭上で旗を振る。寒風になびく赤色。

 競馬場から音が消える。三分に満たない公演の幕が上がろうとしている。

『私は、――クラッシュオンユーに夢を見ます』 

 一斉にゲートが開く。

『スタートしました』

 十六頭がゲートからなだれ飛び出す。轟音。堤を破る鉄砲水のように勢いよくコーナーへと流れていく。

『最初のコーナーまでの激しいハナ争い。抜け出すのはジーランディア、その少し外から勢いよくハーキュリーズ』

 序盤も序盤。繰り広げられるのは逃げ脚自慢たちによるハナ争いである。

 


◀◁◁◁ 6番 ハーキュリーズ(四王天) 九番人気


 当然逃げる。

 口の中で小さく唱え、四王天愛は先頭に向けて馬を追う。

 絶好の枠に入り、絶好のスタートを切った。

 四歳世代はトルバドゥールの圧倒的な存在によって他の馬は覆い隠されているが、古馬になってから頭角を現してきた馬も多い。ハーキュリーズもその一頭だ。

 春の天皇賞で五着に入り、秋には同じ中山競馬場が舞台のG2オールカマーで重賞初勝利を果たした。コーナーリングも器用にこなし、小回りの競馬場がこの馬には合っている。

 先行ではアレクサンダー、差し追い込みにトルバドゥール、パリスグリーン、クラッシュオンユー、アマクニ。有力馬ひしめくこのレース、ペースを上げすぎては彼らの思う壺だ。

 ひとつ迫りくる馬蹄の音。

 愛は苦々しく舌を打って隣に視線を向けた。

 

◀◁◁◁ 2番 ジーランディア(一星北) 十二番人気


 一星北斗がつい緩んだ口許を引き締める。

 そんな睨むなや。怖いなあ。

 秋華賞であんな派手な大逃げしといて単騎逃げなんて簡単に許すわけないやろ。逃避行なんてもんは古今東西こっそりひっそりやるもんなんや。それをあんなに大胆に。だから俺みたいなんに付き纏われることになる。

 菊花賞でアレクサンダーの実力は嫌というほどわからされた。それに加えてダービーで勝ったアマクニ、現役最強馬トルバドゥールがいるなんてジーランディアにはちょっと荷が重いすぎる話だ。

 だが、無様にやられるつもりも毛頭ない。 

 

◀◁◁◁ 14番 オクトーバームーン(小豆畑) 十四番人気


 くじ運が悪い。

 小豆畑は憮然と口を曲げた。

 今年はダービーでの十六番を始め、大きいレースになると外になっちまう気がする。ここまで外だと無理にハナを取りにいくほうが危険だ。好位は取りたいが、進路妨害を取られたら目も当てられない。

 ……まあ、ええ。

 先頭は若い奴らで争ってもらおうやないか。派手なのは性に合わん。地味に、着実に、いままで通り。勝ちっていうのは果報者のもとへ転がり込んでくるもんや。

 俺みたいな、な。

 

 

『さあ、四コーナーから直線に入ります! 先頭は四王天のハーキュリーズ。一馬身ほど離れてジーランディア。またそこから少し離れてオクトーバームーンが続きます。まず最初のハナ争いはハーキュリーズに軍配が上がりました』

 逃げ馬三頭が馬群を引っ張る。ペースはやや速い。

『その後ろ――おっとっ?』

 実況の声が裏返る。スタンド正面の景色に沸き上がる喚声。三頭の後ろに影がひとつ。

『ここでサムシングエルスが来ました!』

 真っ白い芦毛の馬体に赤いメンコ。その馬上で千崎が猛烈に馬を追う。 

『一昨年のダービー馬サムシングエルスが凄い勢いでオクトーバームーンに迫り――今……並びましたっ! さあ、地方競馬から参戦した若き天才千崎いさなはどう出るのか!』

 波乱のままスタンド正面直線、馬群は最初の上り坂を迎える。

次回は4月7日(火)更新予定です。

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