第80話 お姉ちゃんたちも好きでしょ?
-バー 地下訓練場-
「あいつはそろそろ落ち着いたかしら?」
階段を降りるラグネス。
「ベルゼちゃ――」
訓練場を見て、言葉が止まった。
周囲には誰もいない。
なのにベルゼは、そこに敵がいるみたいに拳を振るっていた。
踏み込み、避け、反撃する。
一人で戦っているはずなのに、確かに“相手”が見えているようだった。
「はぁ……はぁ……」
ベルゼは動きを止め、膝をついて荒く呼吸する。
「………あんた…ずっとやってたの…?」
「…ああ、ラグネスか…」
ようやく気付いたベルゼ。
「あんた何してんのよ……?」
ラグネスは怪訝そうに眉をひそめる。
「…中身が弱くなってんなら、せめて外だけでも強くなっておこうと思ってな…」
「…頭良い癖に…相変わらず、脳筋ね…」
呆れたようにため息をつくラグネス。
「………その頭がどうにかなりそうなんだよ………何かしてねえとな………」
その声には、いつもの威勢が感じられない。
「…………」
ラグネスはベルゼをじっと見る。
その表情はまだ硬く、眉間には深いしわが刻まれていた。
「……仕方ないわね」
パサ……
そう言うと、ラグネスは上着を脱ぎ、そのまま落とす。
「……んぁ?」
ベルゼがラグネスを珍しいものを見るかのよう目になる。
ラグネスはベルゼから数歩離れた距離まで歩み出し、くるりと振り返った。
そして――
「……かかってらっしゃい」
静かに構える。
「良いのか?いつもは嫌がるくせに」
心配そうにラグネスを見る。
「……ふふっ」
「?」
「今のあんたなら、私でもボコれるわよ」
不敵な笑みを浮かべるラグネス。
「……上等だ……あの時からどれだけ強くなったか見てやるよ」
ニヤリと笑い、ベルゼは再び構える。
「ええ」
ラグネスがベルゼをジッと見据える。
「行くわよ《《師匠》》」
「かかって来な」
次の瞬間。
ドゴォッ!!
地下訓練場に激しい衝撃音が響いた。
-マイエル 商店街-
「おっかいものー♪おっかいものー♪」
石畳の上を小さな体を弾ませながら、先へ先へと歩き出すイリス。
「こらこら。一人で行っちゃダメよ。ほら、手だしなさい」
エリーネがイリスに手を差し出す。
「うん!お姉ちゃんも!」
「はいはい」
イリアとも手を繋ぐ。
「へへへ!」
イリスは二人に手をつながれ、満面の笑みを浮かべていた。
「…イリア…」
「騎士の皆さん!こっちです!」
「まだ何言ってないわよ!!」
イリアに全力でツッコむエリーネ。
「にしても…ベルゼに花なんて似合わないと思うのだけど…」
エリーネは話題を変えるように口を開いた。
「まぁ、イリスちゃんがお見舞いの花が欲しいっていうから…」
「……イリスちゃんは優しいわね」
エリーネの隣を歩くイリスに視線を落とす。
「この子、あいつにも懐いてるのね…意外だわ…」
「お兄ちゃん、優しいよ?」
イリスがキョトンとした表情でエリーネを見上げる。
「………そ、そうね……」
なぜか苦虫を噛むような表情をするエリーネ。
「イリスね!お兄ちゃんも好きだよ!」
「お姉ちゃんたちも好きでしょ?」
「は、はぁ!!」
顔が赤くなるエリーネ。
「そうだね。手のかかる弟みたいだけど」
普通に答えるイリア。
「!!?」
エリーネは勢いよくイリアを見る。
(なんでこの子普通に答えられるの!?)
「えいーねお姉ちゃんは好きじゃないの?」
「…え?」
「嫌い?」
「…い、いや……嫌いじゃないわよ……?」
「……」
不安そうにエリーネをジーっと見るイリス。
「ああ……ええ……っとおお……」
しどろもどろになるエリーネ。
イリスの純粋な瞳が、彼女には妙に効いた。
「……むしろ……」
「??」
「そう!尊敬よ!尊敬!」
閃いたかのように答えるエリーネ。
「そんけー?」
「そうそう!」
エリーネはものすごい勢いで首を縦に振る。
「ベルゼはね!機械の事に詳しいのよ!ワタシに色々教えてくれるの!」
「ああ!お兄ちゃん、すごい頭良いもんね!」
「そ、そうよ!だから、好きというより、尊敬してるの!」
「そっかぁ!!」
パァッと笑顔になるイリス。
納得してくれたようだ。
「お姉ちゃん」
今度はイリアに向く。
「なぁに?」
「そんけーってなに?」
「……んー……そうだなー……」
イリアは唇の人差し指を添えて、目線を上に向ける。
「…その人の事、すごいって思うことだよ」
「そっかぁ!」
再び、パァっと笑顔になる。
「じゃあ、イリスもね!お姉ちゃんたちもお父さんも、お姐さんたちも尊敬してるよ!」
「……………お姐さん?」
エリーネは首をかしげる。
「バーの店員さんだよ」
「…まさかとは思うけど…」
「うん。全員オカマ」
「………………」
「さっきからキャラが濃い奴ばっか!!!!」
エリーネの悲痛な叫びが商店街中に響き渡った。




