目覚めを待つ
「医者を呼べ!急げ!」
俄かに屯所は騒然とした。
さきほどまで——
なにも変わらぬ日常だった。
竹刀の音が、まだ耳に残っている。
ピクリとも動かぬ沖田を抱え、座敷へと運ぶ。
耳元で、必死に名を呼ぶ。
——どうしてこんなことになったのか。
シロの吠え声は、いつの間にか、かすかな鼻鳴きに変わっていた。
蒸し暑い夏の空気が、重く彼らを包み込んでいた。
⸻
道場の奥座敷。
蒼白な顔で横たわる沖田を前に、近藤勇と土方歳三は言葉を失っていた。
つい先ほどまで、あれほど軽やかに竹刀を振っていた青年が、今は浅い呼吸を繰り返している。
医者は額の汗を拭いながら、低い声で言った。
「なるほど、嘔吐物が喉に入り、息が止まっていたのですね。
蘇生できたのは、幸運です。
蒸し暑い中での激しい稽古……こういうことは、健康な若者でも起こり得ます」
土方の拳が、わずかに震えた。
「助けてくれ」
「まずは、息がどれほど止まっていたか……
目が覚めるかどうか、それ次第です」
それ以上は、言わなかった。
⸻
虫の声が、やけに遠く聞こえる。
沖田は昏々と眠り続けていた。
その額は、じわじわと熱を帯びていく。
市村が手ぬぐいを取り替えるたび、布はすぐに温まる。
斎藤は壁際に座し、微動だにしない。
永倉は落ち着きなく庭を行き来し、原田は腕を組んだまま天井を睨んでいる。
「……熱が上がってる」
土方が低く言う。
近藤の喉が、ごくりと鳴った。
それでも、声が出ない。
「総司……聞こえるか」
返事はない。
荒い呼吸だけが続く。
その音が、妙に大きく感じられる。
「……水……」
かすれた声。
全員の視線が、一斉に集まる。
「ここだ、総司」
近藤が身を乗り出す。
だが瞼は開かない。言葉も続かない。
また、静けさが落ちる。
市村は何度も手ぬぐいを替え、
斎藤は壁際に座したまま微動だにせず、
永倉は庭と部屋を行き来し、
原田は腕を組んだまま動かない。
誰も、動こうとしなかった。
ただ、沖田の呼吸の音だけが、
部屋に残り続けていた。




