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監査

数日後の朝


 「希望観光バス」営業所内は物々しい雰囲気に包まれていた。数名のスーツ姿の男女が突然訪れたのだ。


「〇〇運輸局です。定期監査で参りました。責任者の方はおられますか?」


 営業所長と運行管理者が慌てて対応した。


「乗務員台帳、運行記録簿、点呼記録簿を出して下さい」


 丁寧だが、有無を言わさぬ雰囲気と物言いだ。


「それから、デジタコのデータと全員の運転日報もお願い致します」


 営業所内の空気が完全に凍りついた。


「あの…これは…」


 営業所長が青ざめた表情で、運輸局の担当者に尋ねる。


「定期の巡回監査です。抜き打ちで行なっております」


「三枝君、ちょっと手伝ってくれ…」


 運行管理者が三枝愛を呼んだ。三枝も緊張感で手先が冷たくなっていた。乗務員にもただならぬ空気が伝わり、そわそわしている。


「別室をお借りします」


 所内の会議室に運輸局の職員が詰め、各書類を精査する。時々、営業所長や運行管理者が呼ばれ、その都度対応していた。


 監査は夕方まで行われた。監査終了後、営業所長以下、責任者が会議室に呼ばれた。


「違反が複数確認されました。後日是正勧告、並びに行政処分の対象となり得るものの可能性があります」


「違反と言われましても…実際には他の会社でもやっていることでは…」


 所長が困惑しながらも反論する。


「だから許されることにはなりませんよ。きちんと管理し、法令を遵守されている事業者さんは沢山いらっしゃいます」


「それに、これなんですが」


 別の職員が運転日報を指さした。 


「ここに記入された休憩時間ですが、デジタコのデータでは、走行しています。これ、改ざんということは?」


 運行管理者が言葉に詰まる。


「誤って記入したのだと思います…」


 所長が気まずそうに言う。


「だとしたら、休憩時間が存在しないことになりますよ」


 所長と運行管理者が顔を見合わせる。


「この休憩時間では、いつ事故が起きてもおかしくありません」


 運輸局の職員は冷静に言った。事務所にいる三枝には、会議室内でのやり取りはわからない。しかし、張り詰めた緊張感が営業所全体を支配していることだけは確かだった。


「うちの会社、営業停止か?」


「まずいかもしれないな」


 乗務員同士もひそひそと話している。


「仰る事は分かりますが、杓子定規にやっていては、雇用も売上も守れないんですよ…」 


 所長が弱々しく反論する


「色々ご事情はお有りでしょう。しかし、これは御社を守るためでもあり、何より乗客と運転手さんの命を守るための指導です。真面目に法令を守って運行されている多くの事業者さんも、同じ土俵で競争していらっしゃいます」


「それは…」


「事故になってからでは取り返しがつきません。どうか、それをご理解ください」


 運輸局の職員は、厳しさの中に少し同情を込めた目で続けた。


「新型感染症蔓延による売上減少、そして経営環境の変化があったとのことですね。皆様の御苦労を我々も無視しているわけではありません」


 所長と運行管理者は、前に手を組み話を聞いている。


「今回の監査をきっかけに、運転手さんが安心して働ける体制を整えていただきたいのです。是正計画を提出していただければ、処分も最小限に抑えられる可能性があります。いかがですか」


「承知致しました…改善に努めます」


「よろしくお願い致します」 


 所長と運行管理者が頭を下げた。


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