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実態

「分かりました。三枝さんの思いは十分伝わってきたわ。ただね、三枝さん…」


 福寿が姿勢を正して座り直す。


「私には立入検査のような強制権限はないの。もちろん捜査権もない。その中で、私が社労士として何が出来るか…」


 三枝は小さく頷いた。


「正木君、このノートをコピーして、内容と『改善基準告示』の違反箇所を照合して欲しいの。三枝さん、ノートをコピーさせてもらうわね」 


 三枝が同意すると、正木がノートを手にコピー機へ向かった。


「それから三枝さん。もう少しだけ会社で証拠を集めてほしいの」


「証拠…?」


「ええ。上司が何らかの『改ざん』を命じた記録になるもの。例えば音声、あるいは修正される前の日報の写真。それがあれば、運輸局を動かせると思う。勇気がいることだけど、出来るかしら」


 三枝は俯いたまま唇をかみしめ、しばらく考えている。そして顔を上げた。


「分かりました。どこまでやれるか分かりませんが…頑張ってみます」


 正木が三枝にノートを返す。


「元々は、こんな無理を強いる会社ではなかったんです。ただ、新型感染症による行動制限などで売上が悪化し、別の資本による経営に変わってしまい…そこから、今の様になってしまって…」


 三枝が、かつての会社との違いを福寿と正木に話した。


「それなら尚更辛いわね…」


 福寿は視線を落とした。正木は茶菓子を小さな紙袋にまとめて、三枝に渡す。


「帰ったら食べて」


 福寿が伝えると、三枝は深く頭を下げて事務所を出た。


「聞けば聞くほど辛いですね」


 正木がコーヒーカップを片付けながら、福寿に話す。


「構造的な問題が隠れているのよね。無理に無理を重ねないと回らない…」


「そうして、誰かが壊れるってわけですか」


 正木が、自分を振り返っていた。


「新型感染症が状況を変えたし、その前後のインバウンドの増加。これで、雨後の筍の様に、大小問わずバスを運行する会社が増えた。それらが苛烈な値段競争を招いている面は否定できないわね」


 そう言うと福寿はデスクに戻り、引き出しから一枚のパンフレットと電卓を取り出し、計算をし出した。


「やっぱり…」


 大きくため息をつく福寿。


「どうしたんですか」


 正木が尋ねると、福寿がパンフレットを見せる。先日、旅行会社から持ち帰ったものだ。


「これ、どうやって利益出しているのかしら。ざっと計算したけど、高速道路の料金と燃料代を取ったら、幾らも残らないわ」


「薄利多売ですね」


「『下限運賃』というものがあってね。各運輸局が『この金額以下は禁止』という、基準となる額をを公示しているの。でも、これ下手したら、実体は下限を割っているかも…」


 福寿は机の上で、手を組んで考え込んだ。



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