第八十五話 山崎の戦い 一
永禄七年五月、天王山の峻険な斜面が影を落とし、瀬田川の湿地から立ち上る霧が足元を濡らす。摂津と山城の境、山崎の地。今川義元が選んだその場所は、まさに「数」の力を封じ込め、三好の勢いを削ぐための巨大な漏斗であった。
今川軍の布陣は、明智光秀の策に基づき、寸分の隙もなく完了していた。
街道の最も狭まった中央部。その出口に陣を構えるのは、松平元康率いる三河衆と岡部元信の遠江衆である。
「引くな! 泥を啜ってでも、ここを三好の墓場とせよ!」
元康の号令のもと、三河武士たちは幾重にも重なる陣盾を並べ、長槍を突き出した。茨木城での敗北から立ち上がった彼らの瞳には、もはや恐怖はない。あるのは、主君・義元から託された「盾」としての誇りであった。彼らの側面には、西美濃三人衆が控え、崩れかかった箇所の補強を担う。
街道を北から見下ろす天王山の中腹。そこには、明智光秀が率いる鉄砲隊が、幾重もの柵を築いて潜んでいた。
「行政、火薬の湿り気に注意せよ。敵の連携を断つ。無駄弾は一発たりとも許されぬ」
高所からの射撃は、敵の陣形を縦に貫く。三好の将兵にとって、天王山はただの山ではなく、いつ雷が落ちてくるか分からぬ死の領域と化していた。
麓には柴田勝家が、自慢の精鋭を率いてどっしりと構えている。光秀が山の上から敵を削り、勝家が麓で食い止める。その連携は、まさに剛と柔の融合であった。
街道の予備兵力として、また沼地側への牽制として配されたのが、浅井長政率いる北近江の騎馬隊である。
長政は、愛馬の首を撫でながら、湿地帯の向こう側に蠢く三好の軍勢を睨みつけていた。
「三好が隘路に詰まり、その身を悶えさせた時が我らの出番だ。西国の者たちに、近江の風を叩き込んでくれる」
今川軍の布陣が完成して間もなく、西の地平から地鳴りのような音が響き渡った。
「三好三万」の主力、篠原長房と安宅冬康の連合軍が、ついに山崎の入り口に姿を現したのである。
海を埋め尽くすような三階菱の旗印。その先頭に立つのは、阿波・讃岐の荒武者を率いる篠原長房であった。
「……狭いな。これでは一万の兵も半数に等しい」
長房は舌打ちをしたが、背後の長慶からの無言の圧力が彼を急き立てる。
「だが、叩き潰さねば先へは進めぬ! 者共、黄金の虚飾を剥ぎ取れ! 突撃ッ!」
長房の号令とともに、三好軍の第一陣が山崎の隘路へと雪崩れ込んできた。狭い街道に、人の波が凝縮され、凄まじい熱量となって元康、元信の部隊に激突する。
「来たか……。放てッ!」
光秀の声が天王山に響き、鉄砲の爆音とともに山崎の合戦の火蓋が切られた。一発の弾丸が三好の先鋒を貫き、同時に三河武士たちの咆哮が、狭い谷間に反響した。
黄金の法を守る「不動の陣」を、三好の執念が放つ「血の波」が、何度も、何度も打ち付ける、歴史に残る、山崎の激突が始まった。
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