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義元英雄伝  作者: 日向 守
上洛編

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第八十四話 決戦の地


西国から押し寄せる「三好三万」の凶報は、都の空気を一変させた。摂津から山城へと続く街道は、四国・淡路から上陸した篠原長房、安宅冬康の軍勢によって埋め尽くされ、その殺気は遠く京の町家まで届かんばかりであった。


今川義元の前に集った諸将の顔には、かつてない緊張が走っている。数的不利は決定的。茨木城での敗北による損害も癒えぬまま、今川家は最大の正念場を迎えていた。


義元は、沈黙を守る諸将を見渡すと、静かに、しかし力強い声で口を開いた。


「三好長慶は、全力をもって我らを呑み込もうとしておる。ならば、余もまた、持てるすべての繋がりを以てこれを迎え撃とう」


義元はまず、近江の浅井長政に加勢を要請した。北近江の精鋭を率いる若き英傑は、即座に千五百の騎馬隊を含む五千を率いて入京した。

さらに、西美濃三人衆の氏家卜全、安藤守就、稲葉一鉄を招集。信玄が動きを見せる可能性があるため、美濃からはこれが限界である。


「これで、数は整わずとも『芯』は通った。……さて、十兵衛。この狂乱の波、どこで堰き止める」


明智光秀は、広げられた地図の上に指を置いた。その場所は、摂津から京へ入る際の難所――山崎であった。


「三好軍三万に対し、先の戦の負傷兵を後方の備えに回したため、我らは援軍を合わせても二万五千に届きませぬ。広野での会戦は不利にございます。なれば、敵の『数』を殺し、我らの『個』を活かす場所は、ここしかございませぬ」


光秀が地図をなぞる。


「北には険峻なる天王山がそびえ、南には瀬田川の湿地帯と広大な沼地が広がっております。その間に挟まれた街道は、わずか数町の幅しかございませぬ」


「山崎か……」


松平元康が呟く。


「左様にございます。三万の軍勢も、この狭隘部に入れば、一度に戦えるのは数千に過ぎませぬ。後ろに控える一万、二万の兵は、ただ味方の背中を眺めるだけとなります。三好の波を、天王山と沼地ですぼめ、その先端を我らが砕くのです」


光秀は、具体的な陣形を語り始めた。


「まず、街道の正面には松平元康殿と岡部元信殿を。方々の忍耐強き守備こそ、三好の突撃を跳ね返す最強の盾となります。しかし、三河衆は損害が大きかったため美濃衆の一部で手当を願いましょう。そして、北の天王山には私が。高所から鉄砲の雨を降らせます。勝家殿には麓に布陣をお願いします。西美濃三人衆は元康殿と元信殿の側面援護を」


勝家が短く頷く。


「さらに、敵が沼地に足を取られ、陣形が伸び切った瞬間に、浅井長政殿の騎馬隊が迂回し側面から突っ込む。数を、地形で制しましょう」


「……山崎。此度は今川の法が三好の執念を凌駕する舞台となろう」


義元は立ち上がり、黄金の扇子をパチンと閉じた。


「長房の勇猛、冬康の覚悟。それらすべてを、山崎の隘路に葬る。元康、光秀、元信、勝家。其方たちの肩に、今川の未来を預ける。浅井、西美濃の諸将も、此度の働き、黄金の法を以て報いよう」


評定の間に、短くも激しい「応ッ!」という咆哮が響いた。

三好家の総力、三万。今川、浅井連合軍、二万五千。

地形という味方を引き入れた義元たちは、決戦の地、山崎へと向けて出陣した。


京の運命、そして天下の趨勢を左右する山崎での決戦まで、あとわずか。


ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

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