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義元英雄伝  作者: 日向 守
上洛編

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第七十六話 長慶再起 六


今川軍の主力が反転し、退路を塞ぐ松永・内藤の陣へと牙を剥いた。義元の採った策は、「背面突破」である。だが、その刃を待ち構えていたのは、計算を狂わされた動揺ではなく、岩のごとき沈黙であった。


「反転したか。……義元、やはり貴様はそう来る」


松永久秀は、愛馬を静かに進めながら、前方で砂塵を上げて迫る今川の黄金旗を眺めていた。今川勢の背後の茨木城からは、三好長慶の咆哮と三河衆の喚声、そして大地を揺らすような怒号が地鳴りとなって響いてくる。


久秀は、その狂乱の戦場を指差し、自軍の将兵に向けて芝居がかった仕草で両腕を広げた。


「おお、おお見よ! あの茨木勢の凄まじさを! あれぞ長慶様の本領、長慶様ご健在なり! 畿内の主は、今まさに死の淵から蘇り、法に溺れた今川を泥に沈めておられるぞ!」


久秀の高く鋭い声が戦場を駆ける。長慶の生存に疑心暗鬼だった松永・内藤勢の将兵たちは、茨木城から上がる凄まじい熱量と久秀の言葉に、爆発的な昂揚を覚えた。


「皆の者、励め! 黄金の化けの皮を剥ぎ、その首を長慶様の再起の儀に捧げるのだ!」


久秀の煽動により、松永勢の士気は限界まで跳ね上がった。それは茨木城の「狂乱」と呼応し、今川軍を前後から締め上げる巨大な殺意の連鎖へと変わった。


「かかれッ! かかれッ! 逃げ道を作るのではない、敵を肉片に変えて突き進むのだ!」


先鋒・柴田勝家の咆哮が空を震わせた。勝家は松永の陣を睨みつけ、隣で槍を構える不破光治に叫んだ。


「行くぞ光治! 弾正の首級、儂らの手で義元公に献上してやるぞ!」


「承知! 美濃の意地、ここで見せねば男が廃ります!」


光治が応じると、二人は怒濤の勢いで松永の防衛線に肉薄した。勝家の大身の槍が空を斬り、今川の法を汚した者たちを薙ぎ払おうとする。その後ろからは、岡部元信率いる部隊が、執念の追撃を見せる。


しかし、士気の上がった松永勢は、崩れるどころか逆に押し返さんばかりの勢いであった。


「放て」


久秀の冷静な号令。最前列の竹束の隙間から、無数の鉄砲が火を噴く。久秀の隣で、弟である猛将内藤宗勝(松永長頼)が、精強なる槍隊を自在に操り、勝家の突進を組織的に削り取っていく。


義元は本陣から、この光景を凝視していた。

包囲の「縄」自体が、松永久秀という冷徹な意志と、長慶の再起による狂信的な士気によって編み上げられた鋼の鎖であったことを、義元は改めて思い知らされる。


「半兵衛、敵に油断はないどころか、長慶の狂気を吸ってさらに膨れ上がっておる。久秀は、長慶の再起を一般兵に秘匿することで士気がここまで上がると、計算の内に入れておったか」


義元の言葉に、半兵衛は唇を噛み締める。


「……恐るべきは弾正。ですが、計算通りであればこそ、その計算を『狂わせる』最後の一撃が必要となります」


松永久秀は、黄金旗を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。


「義元。貴様の『法』は、玩具に過ぎぬ。この乱世、最後に残るのは、法でも信義でもない。……ただ生き残った者の『意志』のみよ」


前方に長慶の狂気、後方に松永の重厚な壁。

今川義元は、自身の合理が通用しない、剥き出しの「殺意の螺旋」の中にいた。


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