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義元英雄伝  作者: 日向 守
上洛編

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第七十一話 長慶再起 一


今川軍二万は、整然と摂津を南下していた。芥川山城、高槻城を背後に残し、目前に迫るは茨木城。ここを抜ければ、三好長慶が沈黙する飯盛山城は目と鼻の先である。


これまで開城を繰り返してきた諸城とは打って変わり、茨木城の城門は、固く閉ざされていた。


「……ほう、ここは抗うか。ようやく三好の意地が見えたわ」


先陣の柴田勝家が、不敵な笑みを浮かべて槍を掲げた。だが、その直後、城壁の狭間から一斉に突き出された数百挺の鉄砲が、大した抵抗はないと勝利を確信していた今川軍に死の雨を降らせた。


「放てッ!」


号令が響くと同時に、爆音と共に鉛の玉が今川軍の先頭を薙ぎ払った。


混乱に陥る今川軍の正面、茨木城の櫓の上に一人の武者が姿を現した。

全身を黒漆の甲冑で固め、かつて畿内を支配した「三階菱に釘抜き」の旗印を背にしたその姿に、戦場全体が凍りついた。


そこにいたのは、死を待つ病人ではない。愛息・義興を奪った「黄金の世」を呪い、執念によって地獄から這い上がってきた復讐鬼、三好長慶その人であった。長慶は太刀を抜き放ち、咆哮を上げた。


「今川の亡者どもに教えよ! 畿内の主が、誰であるかを! 義興の無念、その血で購わせるのだ!」


長慶の復活を知らされていなかった三好の雑兵たちは、この「主君の再起」という奇跡を目の当たりにし、狂乱に近い歓喜に包まれた。「長慶様がおわすぞ!」「黄金を打ち砕け!」――爆発的に跳ね上がった三好軍の士気は、天を衝くばかりであった。


正面だけではなかった。今川軍の後方部隊から、悲鳴にも似た伝令が届く。


「報告! 芥川山城、高槻城が反転! 降伏したはずの三好長逸らが城門を閉ざし、我らの退路を遮断! さらに……背後より松永弾正(久秀)の部隊が、我らの後方を突きにかかっております!」


久秀は、義元が他城の降伏を誘うため、降将を許して城を任せることを見越していた。背後の城が敵に回り、前後に挟まれた今川二万は、摂津の狭隘な地で完全に袋の鼠となった。


本陣の義元は、飛来する弾丸と喚声の中でも、微動だにせず床几に腰掛けていた。

しかし、その内心はかつてない焦燥に焼かれていた。


「……なるほど。余が信じた『信義』と『合理』が、これほど鮮やかに刃となって返ってくるとはな」


義元は戦況図を睨むが、打つ手はあまりにも少なかった。

退却しようにも、芥川山、高槻の城兵が退路を遮断、さらに松永の精鋭が接近中。かといって前方の茨木城の長慶を突けば、前後の挟撃を加速させるだけだ。


「義元公! 陣を組み直し、一角を捨ててでも強行突破を!」


柴田勝家が血気盛んに叫ぶが、義元は静かに首を振った。


「権六、今動けば全軍が崩れる。敵の狙いは、我らが狼狽うろたえて動くその瞬間にある」


義元は、自身が築き上げた「法」という名の理想が、摂津の泥に足を取られ、じわじわと沈んでいくのを感じていた。退路はなく、進路には狂鬼が立ち、背後には久秀が迫る。黄金の法を守るべき軍勢は、その信義ゆえに、逃げ場のない「死の檻」に閉じ込められたのである。


「もはや『法』を説く時は過ぎた。ここからは、ただ闘争あるのみよ」


義元は黄金の扇子を握り締め、覚悟を決めた。今川軍二万は、自らの寛大さが招いた最大の袋小路の中で、生き残るための絶望的な闘いへと突き落とされた。


ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

御評価いただければ幸いです。

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