第七十話 今川軍南進
今川義元が京を平定したという知らせは、畿内を激しく揺さぶった。三好家の嫡男・義興の死と、主君・長慶の再起不能という噂が広まる中、義元は一気に畿内の平定を完遂すべく、三好軍の本拠地が集まる摂津・河内への進攻を決定した。
今川軍三万は、京の守りを明智光秀と一万の兵に託し、山城国を南下して河内へと足を踏み入れた。義元は効率的な制圧を図るため、全軍を二つに分けた。
総大将・今川義元。副将に柴田勝家。目指すは三好家の旧本拠地であり、険峻な山城として知られる芥川山城。
大将・松平元康。副将に今川家の宿老・岡部元信。目指すは交通の要衝・高槻城。
「三好が誇る河内の防衛線、いかほどのものか見せてもらおう」
柴田勝家は先陣を切り、気勢を上げた。しかし、その意気込みは、芥川山城に到着するやいなや肩透かしを食らうこととなる。
芥川山城は、かつて三好長慶が天下に号令をかける拠点とした天然の要害である。義元は激しい攻城戦を覚悟し、重厚な陣を敷いた。だが、包囲を完了する間もなく、城門が静かに開かれた。
白い布を腕に巻き、降伏の儀に現れたのは、三好家一門の中でも長慶の信頼がとりわけ厚い宿老、三好長逸であった。
「今川治部大輔様……もはや、戦う理由がございませぬ」
長逸は力なく首を垂れ、義元の前で絞り出すような声で語った。
「三好は、義興様の死により崩壊いたしました。あのお方は我ら一族の光でございました。そして……飯盛山におわす長慶様は、その悲報に触れ、いまや明日をも知れぬ容態にございます。家臣は散り散りとなり、もはや組織的な抵抗など望むべくもございませぬ」
その言葉には、名門・三好家が瓦解していく哀愁と真実味が籠もっていた。傍らで聞いていた柴田勝家すら、戦う相手を失った虚脱感に襲われるほどであった。
「……長慶殿の容態、それほどまでに深刻か」
義元の問いに、長逸は深く頷き、「三好は終わったのです」と繰り返した。義元は沈思黙考の後、長慶の病状と家中の混乱が事実であれば、これ以上の無益な殺生は避けるべきだと判断した。
「分かった。これ以上の抵抗を止めようとするその心根に免じ、城は引き続き其方に預けよう。我らはこのまま、さらに南へと進む」
義元の目的は、三好を殲滅することではなく、彼らを「今川の法」に従属させることである。三好家の中で最も信頼の厚い宿老である長逸をそのまま起用することは、他の三好の諸将に対し、「降伏すれば地位も法の下に認められる」と強く印象付ける。これにより、この後の進軍路にある諸城の戦意を根こそぎ奪うことが可能となる。そのため義元は、降将である長逸にそのまま城の管理を任せるという、極めて寛大な処置を言い渡した。
一方、松平元康と岡部元信が向かった高槻城でも、同様の事態が起きていた。城兵は武器を捨て、城代は「義興様が亡くなり、長慶様も死の間際。今川の法に従いたい」と訴えた。
元康は慎重な性格ゆえに一瞬の危惧を抱いたが、芥川山城での長逸降伏の報が届くと、それが畿内全体の流れであると確信せざるを得なかった。
「三好の天下も、これほどまでにあっけなく終わるものか……」
岡部元信もまた、あまりの容易さに呆れ顔を見せた。二軍は合流し、三好側の説明を全面的に信じる形で、軍を進めた。
芥川山、高槻を無血で手中に収めた二万の今川軍は、川沿いをさらに南下した。長慶が居すわる飯盛山城を包囲する前の最後の関門として、彼らは茨木城の攻略を目指した。
三好長逸によれば、茨木城には強硬派が残っている可能性があるという。義元は、茨木城さえ落とせば三好の抵抗は完全に潰え、長慶との対話ができると考えていた。
しかし、これこそが三好長慶が描いた、今川軍を死地へと誘い込む絵図であった。
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