第六十二話 観音寺落城
近江の空を赤く染めたのは、夕刻の陽光だけではなかった。箕作城を包囲していた三万の今川軍が掲げた、数多の松明の火。そして、一夜にしてその堅城を陥落させた「黄金の雷撃」の衝撃波が、近江全土を震撼させていた。
箕作城陥落の報が観音寺城へ届いたのは、翌朝のことであった。
「馬鹿な……。箕作はあの峻険な崖に守られた要害ぞ。それがわずか一夜で?」
当主・六角義治は、届いた報告書を握り締め、震えを止めることができなかった。
さらに、追い打ちをかけるような報せが舞い込む。和田山城に配置した主力六千が、松平元康と明智光秀の軍勢に完全に封じ込められ、一歩も動けぬまま孤立しているという。
「これでは……三好の援軍も、信玄公の揺さぶりも間に合わぬ」
父・承禎が危惧した通りの事態。いや、義元の進軍速度は、老練な承禎の予測すら遥かに超えていた。今川軍は単に強いのではない。「速さ」そのものが、六角軍の思考を麻痺させる武器となっていたのである。
観音寺城の眼下には、驚くべき光景が広がっていた。 美濃から進軍してきた義元の三万に合わせ、北近江から南下してきた浅井長政率いる精鋭八千が、まるで示し合わせたかのように合流したのだ。
「長政め、従属していた者のくせに……!」
義治は歯噛みしたが、それは時代を見極めた者の決断であった。
今や、観音寺城を包囲する軍勢は四万に迫らんとしていた。対する観音寺城内には、主力を箕作と和田山に割きすぎたため、わずか二千余りの兵しか残っていない。観音寺城そのものは日本屈指の山城であり、石垣と複雑な曲輪で構成された「難攻不落」の要害であったが、それを守る「兵」が圧倒的に不足していた。
今川軍の本陣。義元は床几に座り、静かに山上の巨大な城塞を見上げていた。
「和田山の十兵衛に伝えよ。無理に攻め落とす必要はない。城内の者たちに、箕作の惨状と、余が用意した『新たな近江の差配』を説いて回らせよ。六角の将兵もまた、これからの世を支える民の一部よ。無駄な血は一滴とて流したくない」
義元の傍らで、竹中半兵衛が筆を走らせていた。それは、降伏した際の条件ではなく、六角家の家臣たちが「今川の法」の下でいかに報われるかを記したものであった。
「義元公、城内ではすでに逃亡者が相次いでおります。義治殿を支持していた若手たちも、浅井の軍旗を見た瞬間に戦意を失ったようです」
観音寺城内は、静寂に包まれていた。 先ほどまで威勢よく「戦え」と叫んでいた家臣たちは、次々と城を抜け出し、あるいは今川の陣へ下るための使者を密かに出していた。
「父上……。私は、間違っていたのでしょうか」
義治は、暗い部屋で一人座る父・承禎に問いかけた。承禎は怒るでもなく、ただ静かに答えた。
「義治よ。武田信玄も三好も、我らを利用して今川を削ろうとしたに過ぎん。だが義元は、我らという『家』を飲み込み、新たな秩序の中に組み込もうとした。その差が、この速さを生んだのだ」
承禎は立ち上がり、息子を促した。
「城を捨て、甲賀へ逃れるぞ。生きてさえいれば、名門六角の名は残る。だが、このまま黄金の法に呑まれれば、我らは魂まで消されてしまう」
深夜。 かつて近江の覇者として君臨した六角父子は、要害・観音寺城に自ら火を放ち、闇に紛れて甲賀の山中へと落ち延びていった。
翌朝、夜明けとともに今川軍が観音寺城に入城。 焼け落ちた櫓からは黒煙が上がっていたが、義元はそれを嘆くことなく、ただちに城下に「徳政」を敷き、関所の廃止と自由交易を宣言しました。
「これより、近江の銭は京へと流れる。余の歩む道に、もはや遮るものは何もない」
六角氏の瓦解。それは、室町以来の古い権威が、今川義元の「黄金の合理」によって完全に上書きされた瞬間であった。先鋒の光秀と元康も、和田山城を無血で開城させ、本隊に合流した。
足利義輝の待つ京まで、あとわずか。
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