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義元英雄伝  作者: 日向 守
上洛編

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第五十六話 密使来たる


永禄六年、初夏。 美濃・稲葉山城を攻略した今川義元の威名は、もはや東海のみならず、畿内の隅々にまで轟いていた。信長を討ち、美濃の国人衆を「黄金の法」で包み込んだ手際は、戦に明け暮れる諸大名に戦慄と、そして奇妙な期待感を抱かせていた。


その頃、京の都は深い霧の中にあった。 三好長慶が病んで後、三好三人衆と松永久秀が実権を握り、第十三代将軍・足利義輝は二条御所に「生ける屍」のごとく押し込められていた。武家としての誇りを重んじ、剣豪としても名高い義輝は、沈みゆく幕府の権威を憂慮し、外からの「清冽な風」を切望していた。


薄暗い御殿の一室。義輝の前に、一人の老人が座していた。 三年前駿府を離れ、今は在京前守護として二条御所に身を置く男――武田信虎である。信虎は白髪混じりの眉を動かし、鋭い眼光を義輝へ向けた。


「公方様。いつまで三好の操り人形でいらっしゃるおつもりか」


不敬極まる物言いに、傍らの側近が色めき立ったが、義輝はそれを手で制した。


「……信虎よ。三好を排する兵も、余に従う大名も、この京にはおらぬ。貴殿は、余に自害でもしろと言うのか」


「滅相もございませぬ。おらぬなら、招けばよいのです。駿遠三のみならず尾張、美濃を手中に収めた男を」


信虎は膝を乗り出し、義元の統治を説き始めた。


「義元は単なる武者ではございませぬ。あやつが通った後の村々では関所が消え、商人が笑い、法の下に民が安らぐ。それは三好のような略奪の支配とは正反対のもの。今、義元を上洛させ、幕府の威光を以て『天下静謐』の重責を託せば、三好の専横など瞬く間に瓦解いたしましょう」


信虎は重ねて言った。


「義元は、公方様から美濃守護の地位を賜るだけで満足する男ではございませぬ。あやつが求めているのは『秩序』そのもの。公方様がその法の源となれば、足利の名は再び日の本に輝きましょう」


義輝の胸に、一筋の希望が灯った。三好の傀儡として朽ち果てるよりは、今川の創る世に賭けるべきではないか。


「……信虎。其方の進言、受け入れよう。今川義元に対し、上洛して京の警固と天下の静謐を担うよう、御内書をしたためる」


義輝が筆を執り始めたのを見届け、信虎は満足げに退室した。しかし、彼の仕事はこれで終わりではない。 廊下に出た信虎を、武田の「草」たちが影から見つめていた。


(晴信め……。義元が美濃を制したことに焦り、裏で畿内の勢力を焚き付けようとしておるな)


後日信虎は、義元を上洛させるためのお膳立てを完遂するため、自ら甲斐へ赴く決意を固めた。将軍家の使者という「錦の御旗」を背負えば、信玄といえども表立って手出しはできない。


「公方様。私を甲斐への特使としてお遣わしください。今川の背後を脅かす不届き者を、この信虎が直々に黙らせて参りましょう」


義輝は快諾した。三国同盟はまだ生きているはずだが、不安の芽は摘んでおくに越したことはない。


数日後、稲葉山城の天守閣。 今川義元の元へ、京からの密使が辿り着いた。差し出されたのは、金泥で縁取られた足利将軍家の御内書である。


傍らに控える明智光秀と顔を見合わる。


「ついに、来ましたな」


光秀の声には、一抹の昂揚が混じっていた。義元は御内書を一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。


「信虎殿も、なかなか粋な真似をしてくれる。余に『京を黄金に染めてみよ』と言うか。……十兵衛。これより我らの戦は、一国の平定ではなく、日の本の再生へと変わるぞ」


ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

御評価いただければ幸いです。

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