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義元英雄伝  作者: 日向 守
美濃平定編

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第五十三話 稲葉山の落日


「不殺」を掲げ、美濃を静かに飲み込んできた今川義元であったが、不破光治の意地と一色家の最期に対し、ついに自ら動く決断を下した。それは、力による殲滅ではなく、圧倒的な「格の差」を見せつけるための出陣であった。


「半兵衛よ、其方の『理』は十分に美濃を潤した。だが、稲葉山だけは不殺の説得では落ちまい。最後に武士としての思いを遂げさせてやるのも、余から龍興への、そして不破への情けよ」


義元は、戦場には不釣り合いなほど華麗な黄金の輿に乗り、墨俣を出陣した。その周囲を固めるのは、明智光秀、松平元康、岡部元信、柴田勝家そして降ったばかりの美濃の諸将。その軍勢は、もはや戦いというよりは、「新時代の到来を告げる」ような威容を放っていた。


城下に進出した一色龍興は、不破光治の合流に勢いを得て、わずかに残った取り巻きと共に打って出た。しかし、そこには光秀が完璧に布陣し、元康、勝家が牙を剥いて待ち構える「絶望」が広がっていた。

合戦は、戦いと呼べるものではなかった。今川軍の統制された動き、そして義元が放つ圧倒的な威圧感の前に、一色軍の足軽たちは次々と武器を捨てて逃げ出した。


「これほどまでに……これほどまでに差があるのか……!」


龍興は、自慢の鎧が泥にまみれるのも構わず、馬を返した。彼が頼りとした取り巻きたちも、今は己の命を守るために龍興を置いて四散していった。


完膚なきまでに叩きのめされた龍興は、数人の側近と、殿で傷ついた不破光治に守られながら、這う這うの体で稲葉山城の堅牢な門の中へと逃げ込んだ。

背後からは、勝家の軍勢の勝鬨かちどきが、皮肉にも高く響き渡っている。


「光治、閉じろ! 門を閉じろ! 今川を、義元を入れるなッ!」


龍興の叫びは、もはや主君のそれではなく、追い詰められた子供の悲鳴であった。


義元は、山頂に聳える稲葉山城を、黄金の扇子で指し示した。


「十兵衛。……見よ。あの中に、美濃の過去が閉じ込められた。不破が命を懸けて守った意地も、龍興が握りしめた虚栄も、すべてあの城と共に余が引き受けよう」


光秀は義元に向かい、一礼した。


「義元公。もはや策など不要にございます。必要なのは、降伏を拒む者に『逃げ場がない』ことを悟らせる圧倒的な静寂。私が、稲葉山を沈黙の檻に変えてみせましょう」


光秀は、城を強攻することなく、二万の兵に「一斉の沈黙」を強いた。

一切の音を止めさせ、ただ二万の松明の火だけが城を囲む。龍興にとって、叫び声よりも恐ろしいのは、この死のような静寂であった。


「龍興殿、この静寂こそが、貴殿が民から、そして家臣から切り離された『孤独』の音にございます」


光秀は軍勢の前に一人立ち、その冷徹なまでの「正論」を、闇夜に響かせた。


一色龍興は、わずかな手勢と共に稲葉山城という「籠」の中に閉じ込められた。外は黄金の海、中は沈みゆく泥舟。


ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

御評価いただければ幸いです。

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