第五十一話 不破光治
中濃の要衝、加治田城と堂洞城を計略で鮮やかに手中に収めた直後の評定。勝家が「これで美濃の背骨はへし折った!」と気勢を上げる中、竹中半兵衛は地図の西側に目を向け、静かに言葉を紡ぎ始めた。半兵衛が指したのは、難所として知られる西美濃の地であった。
「問題は西にございます。ですが、案ずるには及びませぬ。西美濃三人衆の心は、私が城を返還したあの日、完全に龍興様から離れました。さらに中濃を我が方が制した今、西美濃三人衆は、もはや戦う意志を失っております。彼らは美濃を愛する現実主義者。一色家の斜陽と今川の黄金の輝きを天秤にかけ、すでに『降りる時分』だけを計っている状態にございます」
しかし、半兵衛は地図の一点、西方の険しき山間を鋭く見つめた。
「ただ一人、不破光治殿だけは別。あのお方は、義龍様への恩義を『龍興様を守ること』で果たそうとする、勝家殿に似た不器用な男。三人衆が保身で動く中、あのお方だけは主君を見捨てたという汚名を、死んでも着たがらないでしょう。力で攻めれば、間違いなく刺し違えて死ぬ道を選びます」
半兵衛は、義元に振り返って具申した。
「義元公。三人衆には、私が文を送ります。彼らは『降る理由』を探している。私が今川に仕えたという事実こそが、彼らにとっての最大の言い分となりましょう。」
半兵衛は隣に座る勝家を見据えた。
「勝家殿。不破殿を口説けるのは、同じく主君を失い、それでも新たな忠義を見出した貴殿しかおりませぬ。あのお方には、策ではなく『魂の対話』が必要なのです」
勝家は腕を組み、不破光治という「まだ見ぬ宿敵」の姿を思い浮かべた。
「……なるほど。義に殉じて死のうとする馬鹿か。放っておけぬな。半兵衛、そいつの首根っこを掴んで、義元公の前に引きずり出してやるのが儂の役目ってわけだ」
勝家は腕を組み、不破光治という「まだ見ぬ敵」に、どこか親近感を感じながら笑った。
評定の場に座る諸将は、半兵衛の澱みのない説明に息を呑んだ。軍勢を動かす「力」の戦いから、人心と物流を支配する「理」の戦いへ。半兵衛の加入により、今川の美濃攻略は次元の違う段階へと突入したのだ。
義元は黄金の扇をパチリと鳴らした。
「見事だ。東を干し、西を説き、残る不破という『最後の一石』を勝家が包む。……これより美濃の全てを黄金の法で包囲する。龍興を一人、あの寂しい山の上に残すまでな」
半兵衛の予測通り、美濃の諸将は雪崩を打つように今川へ傾き始めた。しかし、最後まで龍興に殉じようとする不破光治との対峙が、勝家を待ち受けていた。
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