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義元英雄伝  作者: 日向 守
美濃平定編

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第五十話 中濃攻略


竹中半兵衛が今川家の評定の場に初めて座した日。彼は勝家の隣で、静かに、しかし美濃の土の一粒までを知り尽くした者のみが持つ確信に満ちた声で、美濃平定の策を語り始めた。

半兵衛は、義元の前に広げられた美濃の地図を細い指でなぞった。


「義元公。中濃を我が方に引き入れましょう。東美濃と稲葉山城を繋ぐ連絡路は、この中濃を走る街道のみ。ここを封じれば、東部が降伏するのは、時間の問題。無理に攻める必要すらございませぬ。中濃は柴田殿とこの半兵衛にお任せ下され」


半兵衛の眼差しは、冷徹な計算に基づいていた。稲葉山との連絡が遮断された東部の城は、戦わずして今川の豊かさに平伏するしかないのだと断じた。


中濃攻略の最先鋒、加治田城主・佐藤忠能は、今川義元の「黄金の法」に深く共鳴し、降伏を望んでいた。しかし、彼にはどうしても動けない理由があった。愛娘の八重が、強硬な一色派である堂洞城主・岸信周の嫡男に嫁いでおり、実質的に人質となっていたのだ。


「……娘を見捨てて降れば、娘は即座に刺し殺されましょう。武士として、父として、それはできぬ」


墨俣の砦に届いた忠能からの密書には、血を吐くような苦悩が綴られていた。

半兵衛は、静かに地図の一点を指した。


「力任せに攻めれば、城が落ちる前に娘御の命が奪われます。勝家殿、ここは策を以て落としましょう」


佐藤忠能の娘・八重を救い出し、加治田城を完全に掌握するため、竹中半兵衛はかつて自身が稲葉山城を奪った際のような、「空隙を突く」策を勝家に授けた。


半兵衛の指示を受け、佐藤忠能は堂洞城の岸信周へ、悲痛な表情を装った密使を送った。


「今川の柴田勝家が、全軍を挙げて加治田を包囲しました! もはや一刻の猶予もありません、どうか援軍を!」


同時に、勝家は配下に加治田城の周囲でわざと派手に土煙を上げ、数千の軍勢が押し寄せているかのように見せかけさせた。


「忠能を見捨てれば、中濃の防衛線が崩れる。今こそ柴田の横っ面を叩いてやる!」


岸信周は、八重を人質として城に残したまま、精鋭を率いて加治田へと出陣した。

堂洞城が「もぬけの殻」になったその瞬間、山林に潜んでいた勝家が動き出した。


「――かかったな、岸の野郎! それ、突っ込め!」


勝家は城門を槍で叩き壊す勢いで乱入。混乱するわずかな守備兵を蹴散らし、奥殿に監禁されていた八重を無傷で救出した。


八重を保護した勝家が城壁に今川の旗を掲げ、加治田へ向かっていた岸信周にもその報が届いた。背後の本拠地を失い、前方の佐藤忠能も今川に寝返ったことを知った彼は、戦う術を失い、その場に崩れ落ちた。


「忠能……貴様、今川と結んだか……!」


「岸殿。貴殿が八重殿を盾にした時、貴殿の美濃の誇りは消え失せたのです。降伏するも良し、落ちるも良し」


半兵衛の冷徹な宣告と共に、勝敗は決した。


救い出された八重が加治田城へ送り届けられると、佐藤忠能は涙を流して娘を抱きしめた。


「……半兵衛殿、勝家殿。今、この命も城も、すべて義元公に捧げましょう。娘を救ってくれた御恩、この佐藤忠能、生涯忘れませぬ」


加治田城が正式に今川に降り、堂洞城が落ちたことで、中濃の支配は盤石なものとなった。


墨俣に戻った勝家は、照れくさそうに酒を煽った。


「へっ、軍師の策ってのも、たまには役に立つものだな」


「勝家殿が真っ先に突撃したからこそ、八重殿は助かったのですよ」


義元は、二人の武勇と知略が「一人の女子の命」を救ったことを聞き、黄金の扇子を満足げに揺らした。


「法とは、命を慈しむためにある。半兵衛、勝家。其方たちの戦いこそ、余が目指す黄金の世の鏡よ」


加治田の救出劇、堂洞城陥落により、調略は進み中濃は完全に黄金の法に包まれた。稲葉山城の龍興は、もはや背後の盾を完全に失ったのである。


ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

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