第四十九話 半兵衛帰順
墨俣の黄金砦。今川家の重鎮が並み居る中、柴田勝家は額に汗を浮かべ、隣に控える竹中半兵衛を気にしながら、かつてないほど緊張した面持ちで義元の前に平伏していた。
「よ、義元公! 栗原山の半兵衛を連れて参りました! ……が、仕官にあたり、こやつから……その、身の程知らずな『三つの条件』が出ておりまして……!」
勝家は、義元の優雅な眼差しに気圧され、声を震わせながらも必死に言葉を紡いだ。
「一つ、半兵衛は義元公の直臣ではなく、この柴田権六の『与力』になりたいと抜かしております! 二つ、美濃を生かす策は立てても、殺す策は立てぬ! 三つ、龍興の命は取らぬ! ……という、何とも勝手な言い分にございます! 某からも厳しく言い聞かせましたが、こやつはどうしてもと……!」
勝家は「もし義元公がお怒りになれば、儂が代わりに腹を切るしかない」と、覚悟を決めて目を固く閉じる。評定の間には、一瞬、氷のような静寂が流れた。
しかし、その静寂を破ったのは、義元の高く晴れやかな笑い声であった。
「――くははは! 面白い、実に面白いぞ勝家!」
義元は黄金の扇子をパチリと閉じ、驚きで顔を上げた勝家と、静かに平伏する半兵衛を見据えた。
「勝家よ、何を狼狽える。『余のために働く者の家臣になるのは、余に仕えるも同じ』だ。其方が余を信じ、半兵衛が其方を信じる。その信頼の連なりこそが、余の掲げる『法』の強さよ。直臣か与力かなど、余にとっては些細な形式に過ぎぬ」
さらに義元は半兵衛に向けて声を和らげた。
「半兵衛よ、其方の誓い、それこそが余の求めていた美濃平定の形だ。力で踏み潰すのではなく、心で屈服させる。余の黄金の法を体現するには、其方のような『情』を知る軍師が多く必要である」
安堵のあまり勝家が「ありがたき幸せ……!」と床に額を擦り付けようとした時、義元がニヤリと笑って付け加えた。
「だが半兵衛。条件を呑む代わりに、余からも一つだけ命じる。其方は勝家の与力ではあるが、今後の今川の評定には必ず出席せよ。」
「……評定に、ございますか?」
半兵衛が控えめに問い返すと、義元は頷いた。
「左様。勝家という猛虎に、其方の知略が加わって、今川はより強固となる。勝家の隣に座り、余と語れ。其方が守ろうとした美濃が、黄金の色に染まっていく様を、共に眺めようではないか」
勝家は、半兵衛の肩をがっしりと掴んだ。
「聞いたか半兵衛! 義元公はすべてお見通しだ! これで貴様も今日から堂々と、儂の隣で知恵を絞れるぞ!」
「……勝家殿、肩が壊れます。……義元公。この半兵衛、身に余る光栄にございます。必ずや、美濃を黄金の静謐へ導いてみせましょう」
半兵衛の瞳には、もはや隠遁者の影はなく、新たな主君と「鞘」への揺るぎない忠誠が宿っていた。
こうして、前代未聞の「与力仕官」が認められた。柴田勝家の熱き心と、竹中半兵衛の冷徹な知略。この二人が、新しい美濃を切り拓く。
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