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義元英雄伝  作者: 日向 守
美濃平定編

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第四十五話 鬼神と鬼謀 一


墨俣の黄金砦、今川軍の首脳陣が集う大評定。 十六人による稲葉山占拠という空前絶後の事件を経て、今川義元は「隠棲した半兵衛をいかにして招くか」という、次なる一手へ思考を巡らせていた。


その傍らで、柴田勝家は「自分には関係のない高尚な軍議だ」と、完全に安心しきっていた。


「……というわけで、半兵衛は城を捨て、栗原山の庵に閉じこもった。十兵衛、あ奴を連れてくるには、誰を行かせるべきだと思う?」


義元の問いに対し、評定の席に座る柴田勝家は、どこか他人事のように鼻を鳴らした。


(ふん、どうせ十兵衛か、あるいは元康のような、物腰の柔らかい理屈屋が行くのだろう。俺のような、奴に包囲殲滅されかけた武骨者が呼ばれるはずもない)


勝家は内心、このつまらない評定が終わったら何を食おうかと、呑気に構えていた。


「……義元公。半兵衛殿という御仁は、今や言葉の毒、理屈の檻に絶望しておられます。なれば、理を説く者ではなく、『魂の底が透けて見えるほどに真っ直ぐな者』をこそ向かわせるべきかと存じます」


(おお、岡部元信だな。気位の高い者が多い今川家で、あ奴とだけは話が合う)


目を閉じ、うんうんとうなずいていると評定の間が静まり返っている。おかしな気配を感じ目を開くと皆が自分を見ている。すると光秀が、すっと掌を向け――。


「……故に。柴田勝家殿、貴殿こそが適任にございます」


光秀の言葉が落ちた瞬間、勝家は、文字通り「跳ね上がって」後ろに転びそうになった。


「――はぁぁぁあッ!?!? 儂ぃ!?」


勝家の絶叫が砦の天井を揺らした。彼は自分の胸を指さし、目玉が飛び出しそうなほど見開き、光秀の顔を二度、三度と見返した。


「待て、待て十兵衛! 冗談だろ! 儂だぞ!? この柴田権六だぞ!?」


勝家は義元の足元まで膝行して詰め寄った。


「義元公! お聞きください! 某が庵に行ってみなされ、開口一番『このひょろ長軍師め、観念して儂の槍の錆になれ!』と叫んで、三顧の礼どころか決裂するのが関の山です! 時間の無駄遣いにございます!」


義元は、勝家の取り乱しぶりを愉快そうに眺め、低い声で笑った。


「くははは! 勝家、その『表裏のなさ』だ。それがいいのだ」


「良くない! 全く良くない!」


光秀が、困り果てる勝家の肩を優しく、しかし逃がさないように強く掴んだ。


「勝家殿、落ち着かれよ。義元公の仰る通りなのです。あの方は今、この世のあらゆる『賢しらな言葉』を疎み、凍りついておられる。……ですが、貴殿の怒りは、貴殿の叫びは、一部の嘘もない『熱』だ。まっすぐな者でなければ、あの男は動かない。半兵衛殿の庵への案内は某が致します故、ご安心を」


「……っ!」 勝家は絶句した。「まっすぐな者」という評価に、武士としての誇りをくすぐられつつも、任務のあまりの無茶苦茶さに顔を真っ赤にして引き攣らせている。


「十兵衛……貴様、さては儂が半兵衛に追い返されて恥をかくのを見物しに来るつもりか?」


「いえ、某はただ道案内をするだけです」


義元は黄金の扇子をパチリと鳴らし、評定の終わりを告げた。


「決まりだ。十兵衛、勝家。明日、栗原山へ向かえ。勝家、其方のその『暑苦しさ』こそが、美濃の智将を射抜く矢となると心得よ」


勝家は天を仰ぎ、もはやこれまでとばかりに力いっぱい畳を叩いた。


「ああ、もう! 分かりました! 行きますとも! その代わり、もしあ奴が儂の顔を見て『帰れ』と言ったら、庵ごと担いで墨俣まで連れて帰りますからなッ!!」


光秀は、その咆哮に、確かな手応えを感じて微笑んだ。


今川の「熱」が、半兵衛の庵へ。柴田勝家の真っ向勝負は、天才軍師の心の扉を開くことができるか。


ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

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