第百九十四話 裁かれる者
十河城の門が開き、三好長治、小少将、そして篠原実長の三人が引き出されたその時、静まり返っていた周囲から地鳴りのような怒号が沸き起こった。
集まっていたのは、かつて篠原長房を慕い、阿波の安寧を願っていた旧臣や国人衆たちである。彼らにとって、長房を謀殺し、阿波を戦火に叩き込んだ小少将と実長は、万死に値する不義の徒であった。
「岡部殿! その三人をこちらへ引き渡していただきたい!」
「特にあの毒婦と実長だ! 奴らには長房殿と同じ苦しみを味わわせねば気が済まぬ!」
抜身の刀を手に、今にも今川の護送列に斬りかからんとする諸将の前に、岡部元信が静かに、しかし岩のごとき威圧感を持って立ちふさがった。元信の背後には、隙なく槍を揃えた旗本衆が並ぶ。
「控えよ。この者らは今、今川の管理下にあり、その身を裁くのは権中納言様御一人の権限である」
「理屈はいい! 我ら阿波の者の無念を、今川の理屈で奪うつもりか!」
食い下がる者たちを、元信の鋭い眼光が射抜いた。
「存念があるならば、それを私刑という闇に逃がすな。不平不満、積年の怨嗟、すべてを書状に認めよ。それを元に、権中納言様が今川の『法』を以て、白日の下に処罰を下される。……私怨で血を流せば、それはただの野党の所業。法を以て裁くことこそが、法無き故に無念の死を遂げられた長房殿への真の弔いではないのか!」
元信の剛直なる正論に、詰め寄った者たちは気圧され、握った拳を震わせながらも一歩、また一歩と引き下がっていった。
後日、村重によって京に護送された三人に対する書状に、義元は目を通した
岡部元信の書状
「三好三人衆は大罪人として即刻梟首にいたしましたが、三好長治殿は一国の主として降ったもの。今川の法に照らせば、潔く腹を切らせるのが武士の情けと存じます。一方で篠原実長、小少将は、罪なき長房殿を害し阿波を乱した元凶。武士の忠義を汚した罪、万死に値します。慈悲は不要、厳罰こそが国人衆への見せしめとなりましょう」
三好義継の書状
「長治は、当主としての器に欠け、国を誤らせた罪は重うございます。なれど、三人衆や小少将の傀儡であり長治自身に実権はなかったと思われます。故に長治には出家を命じるのが良いかと存じます。小少将については、女人の身なれば極刑は避けつつも、二度と政に関われぬよう遠島、あるいは厳重なる幽閉が妥当かと愚考いたします。補佐すべき本流を貶めた篠原実長には極刑を以て当たるべきかと」
赤沢相伝の書状
「私は今川の将としてではなく、亡き篠原長房殿の友として筆を執ります。長房殿を謀殺し、忠義を足蹴にした長治、実長と小少将に、武士の礼など不用。この者らを生かせば、長房殿の御霊が安らぎませぬ。今川の公正なる裁きとは、邪悪を根絶やしにすること。三名には最も峻烈なる処分を求めます」
十河存保の書状
「長治は母の愛に溺れた哀れな兄に過ぎませぬ。私が将兵を救うために開城した今、長治を処刑すれば、今後降る者はいなくなりましょう。長治には出家を。そして、全ての毒を撒いた篠原実長、小少将こそが全責任を負うべきです」
書状を読み終えた義元は、傍らに控える荒木村重に視線を向けた。村重は長治、小少将、そして実長を連れて京に到着したばかりである。
「村重よ。四者四様の意見が出た。皆、己の立ち位置から理を説いておる。……して、生け捕りにした三人の様子はどうであった」
「はっ。長治殿は、まるで憑き物が落ちたような顔をしておられました。十河城で存保殿と語り合い、ようやく『自分』を取り戻したのでしょう。……一方で、小少将は。あの女、縛り上げられてなお、私の目を覗き込み、誘うような笑みを浮かべておりましたな。あの執念、今川の静謐を以てしても焼き切れるかどうか」
「ふむ。実長はどうだ」
「己の保身のみを訴えておりました。……権中納言様、ここでの裁きは、単なる刑罰ではございませぬ。これから伊予、土佐へと向かう今川軍に対し、四国の国人たちが『今川は救い主か、それとも新たな暴君か』を判断する物差しとなりまする。」
「……村重。お主ならば、どう裁く」
「私ならば、長治殿には『三好の業』を背負って腹を切らせ、武士の花を持たせます。実長、小少将は、相伝殿に引き渡して好きにさせれば、阿波の怨嗟は消えましょう。」
義元は目を閉じ、しばし沈黙した。
元信の規律、義継、存保の情、相伝の恨み、そして村重の利害。
「……面白い。皆、三好という巨木の倒れゆく様を、それぞれの色で見届けておる。よし、明朝、余が自ら言い渡そう。三好長治、小少将、篠原実長。それぞれに対し、今川義元が下す『公正』なる裁きをな」
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