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義元英雄伝  作者: 日向 守
上洛編

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第百九話 才人の邂逅、光秀と秀吉


堺の喧騒を少し離れた一角。そこには、日夜火花が散り、鉄を叩く音が響き渡る芝辻清右衛門の鉄砲工房があった。今川義元の「黄金の法」によって物流が保証された今、この工房は日ノ本最大の兵器工場へと変貌を遂げようとしていた。


「清右衛門殿、この銃身の厚み……もう少し削れぬか。長丁場の行軍では、わずかな重さが兵の疲弊を招く。騎馬は速い。迎え撃つ我らも、機敏に動かねばならんのだ」


工房の奥で、真剣な眼差しで火縄銃を検分していたのは一人の武士であった。清右衛門が困り果てた顔をしたその時、工房の入り口から快活な声が響いた。


「それなら、銃身を削るのではなく、床尾の木材を軽い胡桃に変えるのはどうでしょう! 構えやすくなり、重さも解消できますぞ!」


入ってきたのは、泥にまみれた旅装束ながら、その眼だけは爛々と知性に輝く小柄な男であった。


光秀は検分していた銃を置き、静かに男を振り返った。その立ち居振る舞いから、ただの旅人ではないと察した光秀は、まずは自ら居住まいを正した。


「……先ほどの進言、理にかなっておられる。私は、今川義元公が臣、明智十兵衛光秀と申す。京の政務の傍ら、鉄砲の改良を任されておる。失礼ながら、貴殿は?」


男は一瞬、眩しいものを見るように目を見開いたが、すぐに相好を崩して平伏した。


「ああ、やはり貴方様が! お噂はかねがね! 某は駿河にて氏真様にお仕えしております、羽柴秀吉にございます。鉄砲調達の命を受け、堺を駆け回っております!」


秀吉は平伏したまま、いたずらがバレた子供のような顔で言葉を続けた。


「実は……謝らねばならぬことがございます! 某、このたび殿から名乗りを許された際、光秀様の『秀』の字を勝手に……いや、半分盗むようにしていただいてしまったのです。丹羽様の『羽』、柴田様の『柴』、そして光秀様の『秀』。合わせて羽柴秀吉と名乗っております。……お許しいただけますかな?」


一瞬の沈黙の後、光秀は声を上げて笑った。


「ははは! 何を仰るかと思えば。いや、むしろ喜ばしい。私の字が、駿河で縦横無尽に働く貴殿の名の一部になったのだ。これほど名誉なことはない。……羽柴秀吉殿、実に良い名だ。清々しい」


光秀の清廉な笑みに、秀吉も顔を上げ、猿のような笑顔を浮かべて立ち上がった。


名の一件で打ち解けた二人は、すぐに鉄砲の運用法へと話題を移した。


「光秀様。某は農民上がりゆえ、兵の心理がよく分かります。武田の騎馬が迫れば、足軽は震えて狙いなど定められん。なれば、三人がかりで三丁を絶え間なく回す『仕組み』が必要にございます。三段に構え、常に火を絶やさぬ……それこそが、鉄砲足軽を最強の兵に変える法かと」


光秀は目を見開いた。自らも運用の研究を重ねてきたが、秀吉の口から出たのは、戦場の心理を掌握した上での「大量運用」という、合理的かつ大胆な発想であった。


光秀は深く頷き、秀吉の非凡な運用論を補うように具体的な調達先を指し示した。


「その通り。その為には、ここ清右衛門殿の工房だけでは足りませぬ。大量の鉄砲が必要ですな。ここ堺の橘屋又三郎、近江の国友、美濃の関などにも相談されると良い。私の名で紹介状を書きましょう」


秀吉は目を見開いた。光秀が提示したのは、畿内から東海にまたがる「鉄砲製造網」の活用であった。秀吉が描く大雑把だが大胆な戦術に、光秀の緻密な情報網と実務能力が噛み合った瞬間であった。


「……光秀様、貴殿はやはり恐ろしいお人だ。某は雑な絵を描くだけですが、それを実現させるための『道』を瞬時に整えられる。今川の強さは、まさにここにあるのですな」


才人同士話は尽きず、二人は清右衛門が差し出した茶を啜りながら、互いの主君への信頼を確かめ合った。


「義元公は、私のような素浪人を拾い、『法』という大義を託してくださった。これほどやりがいのある仕事はございません」


光秀が静かに語れば、秀吉も破顔して応じる。


「某も同じにございます! 氏真様は、某の働きを生まれに関係なく信じてくださる。光秀様の字を頂いたこの名に恥じぬよう、某は駿河を死守いたしますぞ!」


工房で談笑する二人の背中には、今川の新しい時代を支える「理」と「絆」が溢れていた。しかし、彼らが語り合った「鉄砲の三段撃ち」が真に試される時は、そう遠くはなかった。



ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。

評価及びリアクションいただけると幸いです。

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