第94話・部屋の中の流星
敵のアジトと思しき建物の屋根から、ロープを伝って鹿角が下りて行った。
二階の窓の少し上まで到達すると、鹿角は器用に頭の向きを変え、室内をゆっくり覗き見る。
しばらくしてから、俺たちに引き上げるよう合図を送った。
鹿角が屋根に上半身だけを乗せると、小声で言う。
「やっぱりここがあいつらのアジトだった。ミュウも向こうの壁際に座らされていたよ」
「本当? ひとまず安心したわ」と、美咲たち。
「でも惜しいんだよなぁ……。あの男はいないのに、女の方が部屋をウロウロしているんだよ。他にもさっきのおじさんと二、三人の男女がいたかな。おそらく『メガラニカ』の奴らだろうね」
「もう一人の男が現れたら、さらに厄介だな」と、俺。
「そうなんだ。それまでにミュウのそばから奴らが離れてくれれば、窓も少し開いているし、すぐ突入するんだけど……。とにかくもう一度行ってくる。みんなも突入の準備をしておいてね」
「オーケー」
みんなが揃って返すと、鹿角はまたロープを伝って下りて行った。
彼女の次の合図は思いのほかすぐに送られてきた。突入の合図だ。
「ナニナニ、もうですカ~?」
慌てふためきながら、玉城、坂出、松川さん、美咲と、鹿角が垂らしたままのロープで下りて行く。
俺も美咲に促されて後に続いた。雛季は相変わらず夢中で遠くに手を振っている。
俺が窓の横まで下りた時には、鹿角たちが飛び込んできたことに動転した相手が、室内を右往左往している状況だった。
俺も窓枠に足を掛け室内に飛び込む。
「ミュウ! 助けに来たよ!」
鹿角が『エイト剣』を振りながらミュウの所まで行って、彼女に巻き付いていた椅子の背のロープをほどく。
「ちょっと、オッサン! 追い返したんじゃなかったの?」
ミュウを連れ去った女の方が、先ほどのおじさんに怒鳴った。
しかし彼女は他の者よりは冷静で、すぐに身代金が入っている袋を手に取り、自分の背に隠した。
おじさんの方は剣先を向けて迫ってくる玉城に追いやられ、部屋の隅で両手を上げながらしゃがみこんでいた。
「む、向こうに行ったと思ったんだけど……ひ、ひぃ、待ってくれ! わしはこの部屋を彼らに貸しているだけで、と言うか半ば奪われた形なんだ……」
「その分、少し分け前やったでしょ? ……ちくしょう! こんな所で暴れないでよ!」
女がわめいている間、ミュウを庇いながら鹿角が窓際に、美咲、松川さん、坂出はそれぞれ目の前にいた『メガラニカ』メンバーと思しき魔法剣士たちを攻撃魔法で倒していた。
部屋の机や棚がいつの間にか壊れていて、向こうの壁にいくつかのひびが入っている。
「日向さん……。後は頼み……ま……」
一人の男がそう言って、事切れたように頭を垂らした。
一人になった女……日向と呼ばれたその女は、歯噛みしながら、『エイト剣』を前に構える。
「まったく、使えない奴らだね。『メガラニカ』クビだからね、あんたら……」
「そう言うあんたも、この状況じゃもうどうしようもないでしょ?」
鹿角は俺にミュウの護衛を任せてから、部屋のドア(外は階段)の近くに立つ日向に詰め寄って行く。
「私たちから奪った金も素直に返したら、命だけは助けてやってもいいけど?」
「フンッ、冗談言わないでよ。他の奴らと私を一緒にしないでほしいね!」
日向はそう言って『エイト剣』を横に振った。
「ストーム・オブ・ザ・ファン!」
【FAN(=扇)・日向所持魔溜石、『A』、『F』、I、『N』、S、T、W】
刀身から扇形の青白い気が伸び出し迫ってくる。
気が体に当たると、扇が起こす風などという爽やかなものではなく、まさにストームと名に付けられている通りの嵐のような強風に俺たちは煽られ、その場にあった机や椅子と共に壁へ強く叩きつけられた。
日向という敵の女の左側にいたため、彼女が放った『FAN』という風系魔法を直に受けなかった美咲、坂出、松川さんだが、それでも激しく風に煽られて踏ん張って耐えなければならないほどのようだ。
「だぁっ! 痛てて……」
一方、俺は背中を激しく壁に打ちつけたが、それでもミュウは何とか腕の中で守ることができた。
鹿角との距離ができると、日向という女はいよいよ金を持ってドアノブに手を掛けた。
しかし、金に対しては人一倍執着心の強い鹿角が、痛みをこらえながら前に出て、叫ぶ。
「アミナ・ラットォ!」
【RAT(=大型ネズミ)・鹿角所持魔溜石、『A』、E、H、O、『R』、S、『T』】
『RAT』という魔法は美咲も使えるおなじみの魔法だが、鹿角のそれもやはり、刀身からテニスボールサイズの赤い気を飛ばすというものだった。
「ティン・ガード!」
【TIN(=ブリキ缶)・日向所持魔溜石、A、F、『I』、『N』、S、『T』、W】
日向が振り返りざまに振った『エイト剣』から、普通の座布団よりも大きく厚みのある坊さん用の座布団ぐらいの黄緑色の気が飛び出し、鹿角の攻撃を被弾寸前で防いだ。
鹿角が舌打ちする一方、すぐに横から美咲が日向に襲い掛かった。
美咲は『BAND』で敵の動きを封じた後、こちらに視線を流した。
「カケル君、今のうちミュウちゃんを外へ!」
「あ、ああ……」
俺はミュウに、首へ手を回ししがみつくように言うと、痛みの残る腕を伸ばし、窓の外に垂れ下がるロープに掴まった。
ミュウの重みが加わっていることもあるし、片手には『エイト剣』を持っているので、そちらの手のロープを握る力は弱い。
その上ミュウが落ちないように体勢を気にしていることもあって、屋根まで上がるのに苦労する。
その間、美咲が『DART』を繰り出した。
【DART(=投げ矢、ダーツ)・琴浦美咲所持魔溜石、『A』、B、『D』、N、『R』、『T』】
一発目のその矢のような気を食らった日向だが、美咲の『BAND』の力が弱まったらしく、「ティン・ガード」と叫び、二発目以降の矢の攻撃を防いだ。
次に窓枠の中に見えたのは、「アミナ~・ホース!」と声を張った鹿角の『エイト剣』から青い光が伸び出した光景だった。
『ホース』と聞いて一瞬また『馬』の登場かと思ったが、青い光は水系の攻撃魔法の特徴だということを思い出した。
馬車を追いかけようとして使った『馬』の魔法は黄緑色だったので、それとは根本的に違う魔法だ。
まっすぐに伸びた青い光は日向の胸に勢いよく当たり、彼女をドア横の壁に叩きつけ、そのまま押し付けている。
光は日向の体に当たった直後から本物の水となり、大量のしぶきを上げて辺りを水浸しにした。
それを見て、『ホース』は『ホース』でも、水を出す『HOSE』の方の名が付いた魔法なのだとわかった。
日向は防具や衣服を濡らしながら悲鳴を上げるも、その水圧によって身動きがうまく取れなくなっている。
美咲、坂出が次の攻撃のために『エイト剣』を構えた。
さすがに今の日向なら防御魔法を作ることは難しいだろう。
絶好のチャンスだ。
しかし直後、玄関のドアとは対角にある扉が豪快に開き、その音が部屋に響き渡った。
一同の体は瞬間的に硬直、視線が素早くそちらへ集中した。
窓の外にへばりついている俺から見れば右手にあたるその場所に、上半身裸の男が首にタオルを巻いて立っていた。
あの不破という男だ。
上半身裸ながら片手には『エイト剣』をしっかり持っている。
俺は思わず「いたのかよ、あいつ……」と、呟く。
「やけにうるせぇと思ったら、てめえらか……。ゆっくり風呂にも入っていられねぇ。しかし、よくここがわかったな?」
あの扉の先は風呂に繋がっていたのか……。いっそそのまま風呂で溺死していてくれればよかったのに、と思う。
不破はまず、自分の一番近くに立っていた松川さんを素手でひっぱたいた。
松川さんは悲鳴を上げてその場に崩れた。
それでも彼女の表情に仄かな喜色が見えるのは俺の気のせいか、あるいは彼女にMっ気があるからか……。
一方で、突然現れた不破に青くなり固まってしまっていた坂出に向かって、日向が剣先を向けた。
「シャープ・フィンッ!」
【FIN(=魚のヒレ)・日向所持魔溜石、A、『F』、『I』、『N』、S、T、W】
薄い三角形の青白い気が、坂出の胸の前に構えられていた剣を弾き、彼女に当たった。
背後の壁にぶつかった坂出の防具に切れ目が入っている。
「坂出さんっ!」と叫び、美咲は坂出から視線を日向へ移し、彼女との攻防を始める。
それが俺の視界の左で展開し、右では不破が鹿角の攻撃魔法をあっさり受け流していた。
「やばい……」と、俺は握っていたロープを強く握り直し、上を向いた。
いくらあの男がルックス通りの間抜けな男だとしても、さすがに窓の外に少女を連れ戻そうとしているもう一人の男がいることに気づいただろう。
鹿角、玉城が倒されたら次はこっちに向かってくるに違いない。
「雛季! 雛季~! ミュウを屋根の上に運ぶんだ、手を貸してくれぇ!」
屋根の上にいるはずの彼女に向かって叫ぶ。
ここは建物の二階と言っても、一階部分は高さのある厩舎なので、その上となると通常の建物の三階ほどの高さになる。
落ちて着地に失敗すれば、捻挫ぐらいしてしまうかもしれないのだ。
まだ合図係を懸命にこなしていた雛季は、俺が何度か呼びかけてようやく気がついた。
上から顔を見せる。
「カケル君? ミュウちゃん!」
ようやく理解したらしく、彼女は両手で俺が握るロープを引き上げ始めた。
しかし……不破のがなる声が窓を揺らす。
「メテオォ・ソードォ!」
【METEOR(=流星、隕石)・不破所持魔溜石、B、B、『E』、『E』、『M』、『O』、『R』、『T』】
青白い閃光が室内を激しく照らす。
メテオ……まさに『流星』の如く、青白い光が室内を流れる。
同時に鹿角の体が窓枠の下に消え、次の瞬間には俺の目の前の木造の壁が真っ二つに斬られ、窓も割れた。
厚みのある木片が、バニラアイスをコーティングしているチョコレートのように簡単に剥がれ、地面に落下していく。
そしてついには俺が持つロープの上部もプツリと切れる。
「うおおっ!」
絶叫しながら落下する。
しかしすぐに、片手に握っていた『エイト剣』を前へ伸ばす。
剣先がわずかに青白く光って、一階の柱に突き刺さった。
『エイト剣』にぶら下がる形になって、俺の足は地上から二メートルほどの所で止まった。
しかし、突然落下が止まったことで体が揺れたため、俺の肩にしがみついていたミュウが手を離してしまった。
「あっ……」と消え入りそうな声を発し、ミュウが俺の視界から消える。
「ミュウ?」
はっとして下を見る。
ミュウは厩舎の柵の内側で、両手足を上に伸ばしたままの姿勢で転がっていた。
彼女の周りには運よく飼い葉の束があって、それがクッションになったようだ。
彼女は小さく一息つくと、思い出したかのように両手足を下ろした。
スカートがめくれ白いパンツが見えているが直さず(気づいていないだけかもしれないが)、そのまま仰向けで胸をさすっていた。
肝を冷やした俺も、剣を引き抜いて着地。
柵をくぐって改めてミュウの無事を確かめる。
「ごめん……」
差し出した俺の手を取って上体を起こしたミュウは、今日初めて俺に向けて言葉を発した。涙声だった。
「お前が謝ることじゃないだろ?」と、できる限りの優しい笑みを浮かべ、返した。
「さぁ、もっと安全な場所に移ろうぜ……んん?」
言下に激しく窓ガラスが割れる音が聞こえた。
同時にバキッっと木の板が割れる音も響き、柵越しの地面に人影が二つ落ちてきた。
鹿角と玉城だ。
「あだだだ……くぅ~、いだい~」
「もう動けナイでスゥ……!」
打ちつけた肩や腕を押えながらのたうち回る鹿角と玉城に、「大丈夫か?」と声を掛ける。
厩舎の柵をくぐって彼女たちに歩み寄った瞬間、再び木が裂けるような音が聞こえ、頭上に影が掛かる。
「ぶわっ!」と両手を頭に翳し身構える俺の横に、美咲、坂出、松川さんが転がり落ちてきた。
表側二階の壁は、窓を含めて大部分壊れていて、そこから美咲たちを落とした魔法のものと思われる青白い光の塊が突き出している。
五つの楕円が横に並んだ独特の形の気だ。
「美咲たちもくらったのね……。くそぉ、私の『アミナ・トー・キック』より一回り大きい……」
うめきながら上半身を起こした鹿角に、俺は訊いた。
「トーキック……? 足のつま先のキックか?」
「そう、まぁそれは私が付けた名前で、あいつは『デビルズ・トー』とか言っていた……。同じ『TOE』の魔法なのに、私のよりも大きく、強い……」
なるほど、今頭上に見えていた気の残像は、確かに五本の足の指に見えなくもなかった。
と、そんなことに気を取られている場合ではない。すぐに上にいる不破が下りてくるだろう。
だが先に階段で下りてきたのは日向の方だった。
片手に『エイト剣』、もう一方の手には金が入った袋を持っていて、こちらをチラチラ見ながら、厩舎に入って行った。
馬を使って逃げる気だろうが、傍にはミュウがいる。
日向が彼女に気がついたらまた人質に取ることは容易に想像できる。
俺は柵の下をくぐって、飼い葉の束の上にいるミュウに声を掛ける。
「ミュウ! また敵が来る。葉っぱの中に隠れるんだ!」
「……うん」
小さく返事すると、少し盛り上がった葉の下に潜り込んだ。
「ハッ……。クッ、先回りしたってわけ……?」
階段の方から現れた日向が、俺の存在に気づいて身構えた。
「金を持って一人、馬で逃げる気か? そうはさせねぇぞ!」
俺は飼い葉の方から、二頭のデカい馬の傍に立つ日向に近づく。
もちろん馬を使って逃げさせないためでもあるが、背後で隠れるミュウから相手を遠ざける狙いもあった。
「邪魔するなっ! クリューエル・ソウッ!」
【SAW(=ノコギリ)・日向所持魔溜石、『A』、F、I、N、『S』、T、『W』】
日向の振り下ろした『エイト剣』からギザギザした楕円の青白い気が射出され、こちらに向かってくる。
気での防御が間に合わず、慌てて体を右に傾けた。
相手の気は俺の左肩をかすめ厩舎の梁に当たり、切断。
その先の天井や壁にもギザギザとした切れ目を作った。まさに『ノコギリ』だ
気がかすった俺の左の肩甲にも裂け目が入っていた。
俺の防具はプレートに一部革でできた最低限のもので、肩甲はほとんど革製だから、当然と言えば当然だ。その下の服が徐々に血で黒く滲み始めている。
傷がヒリヒリ痛むが構っていられない。日向が馬に乗ろうと手を掛けている。
その隙をついて、俺は「ワイド・ヒップスッ!」と叫んだ。
【HIP(=お尻、腰)・カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『P』、T】
『エイト剣』から青白いお尻型の気を放った。
まるで強烈なヒップアタックをかますように、馬にまたがったばかりの日向を後ろへ吹っ飛ばした。
日向は吹っ飛ばされながらも、咄嗟に地面に向かって気を放ち、体を強く打ちつけることを回避したようだ。
厩舎の入り口から飛び出し表に転がったが、すぐに鋭い眼光をこちらに向けてくる。
臀部の上に強い圧を感じたのか、いななきき暴れた馬に、俺は軽く謝りながらその後ろを通り過ぎて日向の前に進み出る。
日向が反撃するより早く、『パーフェクト・ヒット』を放つ。
【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、『H』、『I』、P、『T』】
青白い気の『弾丸』が日向の『エイト剣』とそれを持つ右手を後ろへ弾き飛ばし、右胸に打突を与えた。




