第95話・不破の猛攻
俺の放った攻撃魔法・『HIT』が、日向の右胸に打突を与えた。
日向は両膝から崩れ、『エイト剣』も金が入った袋も落として、両手を前につき、うめいた。
右胸のプレートが一部剥がれ落ち、その下の彼女の胸のふくらみが露わになった。
彼らの防具は俺のそれより少しだけグレードの高い防具のように思われ、おそらく練り込まれている魔溜石の粉の量も多く、防御力や強度を高めていたはずだ。
しかしそれを壊すほどの攻撃を与えることができたと見るか、この至近距離からの攻撃でもその程度の衝撃しか与えられず、やはりいい防具を着けていたのだなと思うか……。
とにかく俺は急いで金を奪い返そうと、日向の手元に置かれた袋に手を伸ばそうとした。
しかしそれを制したのは日向ではなく、頭上から飛んできた蛮声だった。
ほとんど反射的に頭上を見ると、外階段の上に不破がいた。
裸の上半身に、防具だけを身につけている。
もちろん奴の存在も頭の隅にはあったが、目の前の敵との戦いに必死過ぎて、意識の外にいっていた。
鹿角たちを下へ突き落とした後、汗をかいたからもう一度風呂に入ってくれていればよかったのだが、やはりそこまで綺麗好きではなかったか……。
不破は『エイト剣』を階段の手すりの上からこちらに向け伸ばしていた。
俺が見上げたのとほぼ同時、その剣を上から下に振り下ろし、声を張り上げた。
「プレゼント・オブ・ザ・ボム!」
【BOMB(=爆弾)・不破所持魔溜石、『B』、『B』、E、E、『M』、『O』、R、T】
「……ボム?」
耳に残った単語を呟き、顔をひきつらせた直後、目の前が赤い光に包まれ、爆発音と共に体が宙に跳んだ。
天と地が目まぐるしく入れ替わり、方向感覚を失う。
テト●スのブロックにでもなったかのようにクルクル回転しながら、やがて地面に落下した。
「ぐへっ……!」
打ちつけた半身に痺れるような痛みが走り、とてもすぐに立ち上がることはできなかった。
「な、何だ?」と、何とか辺りを見回す。
うつ伏せに倒れている自分のそばの土がえぐれていて、直径三メートルほどの円状の窪みを作っていた。
小さな『爆弾』が爆発してできた跡のようだ。
「助かったわ、不破さん。あとで落ち合いましょう!」
日向は立ち上がり、金の入った袋を持ってまた馬の元に歩み寄ろうとした。
「終わってねぇみたいだぞ? 日向!」
憮然とした不破の言う通り、日向を囲むように美咲、鹿角、坂出がそれぞれ『エイト剣』を構えながら近寄っていた。玉城、松川さんは姿が見えないから、あのまま倒れているのだろう。
「逃がさないわよ……!」
それぞれが同じようなことを言った後、揃って視線を上げ、階段の上の不破に遅ればせながら気がついたようだ。
「あ、あいつ……こっちにいたの……?」
「気をつけろ……みんな!」と、俺は必死に叫ぶ。
言われなくてもわかっているという感じで、咄嗟に三人はそれぞれ後退りした。
しかし、その時にはすでに不破の『エイト剣』がまた振り下ろされていた。
「ボンバー・オブ・ジャスティス!」
【BOMBER(=爆撃機)・不破所持魔溜石、『B』、『B』、『E』、E、『M』、『O』、『R』、T】
先ほどとは違う魔法だ。
紅蓮の気には変わりないが、先ほどの『BOMB』という魔法が一つの球状の気を放つものだったのに対し、今度は球状の気の数が複数だ。
それが尾を引いて落ちてくる。
数度の爆発が起きる。
決して大きな爆発ではないが、連発して起こると凄まじい威力であることに変わりない。
鹿角たちは悲鳴を上げながら、自身の剣を頭上に構え、何とか被弾を避けようとしているようだが、一帯の土が飛び散り、その土煙と魔法自体の火煙が彼女たちの姿を隠し、安否がわからなくなった。
俺は地を這ってその場から逃げるのに精一杯だった。
爆撃の中からは不破にとって味方であるはずの日向の悲鳴さえ聞こえてくる。
だが、その恐怖は突如終わりを告げた。
魔法の使い手……不破が、階段から手すりの一部と共に落下してきたのだ。
「ぶはがあぁぁっ!」
不気味な声を上げた奴は、自身が作った窪みの中で横になったまま蠢いていた。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐに上から降ってきた朗らかな声で、ある程度事態が飲み込めた。
「大丈夫、お姉ちゃ~ん? 愛海那ちゃ~ん、珠ちゃ~ん!」
声の主……雛季は、不破がいた階段の更に上の屋根から下をのぞいていた。
雛季の手には、魔法発動の名残である薄い光を纏った『エイト剣』が握られている。
彼女が上から不破に向けて攻撃魔法を放ったようだ。
思えば不破の落下と共に、彼の魔法とは一見して違う形、大きさの赤い光が地面に炸裂した気がする。
「オックス・アタックだよ~! みんなが危機的ピンチだったから、撃ったんだよ~」
「……ナイスだよ、雛季」と、片膝をついた状態で不破の攻撃から身を護りきった鹿角が、親指を立ててウインクした。
しかし顔は強張ったままだ。それもそのはず、戦いは終わっていない。
今度は日向が『FAN』を発動、扇型の気の風圧で鹿角たちを後ろへ飛ばし、前方へ一人駆けだした。
もちろん鹿角たちから奪った金を抱えて。
結局馬は諦めたようだが、このアドバンテージを利用して逃げ切るつもりらしい。
「あっ……待て! このぉ! 逃がさないわよ!」
『扇』の風によって通りの反対側まで飛ばされていた鹿角は、歯を食いしばりながら力強く地を蹴って走り出した。
途中の窪みで足を取られそうになりながらも、ずいぶん先を走る日向を追いかけて行く。
「ああっ、鹿角さ……行っちゃった……」
美咲は彼女を呼び止めようと前へ伸ばしていた手を力なく垂らして、憂いの表情を見せる。
「鹿角さんは治癒系魔法をいくつか身につけているから、できればみんなの傍にいてほしかったのに……」
「仕方ないですね。今のうちにこの男にトドメを……」
体のいたる所を痛めたらしい坂出は、忙しなく自身の体をさすりながら、顔を歪めて言った。
「オーケー……私たちもイルからネ……」
「愛海那ちゃんの方はともかく、こっちは人数的に優位。倒せるわ」
ようやく玉城、松川さんが立ち上がって、不破の脚の方に歩み寄っていた。
強気なことを言っている割には二人とも腰が引けているし、声もわずかに震えている。
美咲、坂出も『エイト剣』を構えながら、彼女たちと視線を交わし合った。
四人で倒れている不破を囲む。
「がああっ!」
不破がいきなり叫び、仰向けになった。自身の剣の先を自分の胸に突き立てる。
「ビ、ビックリしたぁ……」
玉城がいち早く声を発したが、他の三人も驚いたのは同じようで、少し身を引いた。
その間、「ビアー・オブ・プレジャー!」と唱えた不破の剣から白い光の粒が舞い、彼の体に降り注いだ。
【BEER(=ビール)・不破所持魔溜石、『B』、B、『E』、『E』、M、O、『R』、T】
「白い光……。治癒系魔法だ」
美咲がおたおたして呟く。
すぐに回復されたらまたこちらがピンチになるだろう。
玉城、松川さんは慌てて不破に向かい『エイト剣』を振り上げる。
二人が各々魔法名を唱える。それとほぼ同時、上半身を起こした不破が素早く剣を薙ぐ。
「エキサイテッド・モブッ!」
【MOB(=暴徒、集団)・不破所持魔溜石、『B』、B、E、E、『M』、『O』、R、T】
「きゃあああっ!」
先ほどの『BOMBER』という魔法よりもたくさんの(そのかわり一つ一つは小粒)青白い気が、玉城と松川さんを襲った。
直前に二人が放った魔法はそれによってすっかり消滅し、残りの気の粒が二人に直撃した。
粒と言っても一つ一つが魔法である。しかもイクラのように数十もあるので、それらの衝撃で二人は後ろへ押し倒された。
「アタタタ……」と、涙声で悶える玉城。
その横で『Mっ気人妻』松川も苦痛の声を漏らす。
「さすがに私も……快感とは言えないわ……」
一方、無言で立ち上がった不破の背に、坂出が斬りかかる。
しかし不破は振り返りざまに『エイト剣』から黄緑色の気を生み出した。
「ローブ・オブ・ザ・キング!」
【ROBE(=ローブ、ゆったりした長い服)・不破所持魔溜石、『B』、B、『E』、E、M、『O』、『R』、T】
まさにローブを身につけたかのように、黄緑色の気が不破の全身を包み込んで、坂出の攻撃を弾き飛ばした。
その反動、そしてでこぼこした足場の悪さから体勢を崩した坂出。
そこに向かって、不破が反撃する。
「エンベル・ソード!」
【EMBER(=燃えさし、残り火)・不破所持魔溜石、『B』、B、『E』、『E』、『M』、O、『R』、T】
赤い火花を散らした『エイト剣』が、坂出の横腹を叩いた。
彼女の防具の、相手の刀身が触れた箇所から、肉を焼くようなジューッという音が鳴って灰色の煙が発生した。
坂出は顔をしかめ、エビのように身体をくねらせながら後ろに跳ねて逃げた。
しかし非情にも、坂出に向かって不破は攻撃を繰り出した。
「メテオ・ソードッ!」
【METEOR(=流星、隕石)・不破所持魔溜石、B、B、『E』、『E』、『M』、『O』、『R』、『T』】
振り下ろされた剣の軌道に沿って青白い光が伸び、坂出の胸元へ。
素早く防御態勢を取った坂出だったが、構えていた剣を弾き飛ばされ、『METEOR』を食らってしまった。
彼女は控え目な悲鳴を残し、後方に転がって行く。
「坂出さん……!」
美咲は『エイト剣』を構えたまま、目の前の敵を睨みつける。
「ライト・バンドッ!」
【BAND(=縛る物、帯)・琴浦美咲所持魔溜石、『A』、『B』、『D』、『N』、R、T】
帯状の気で不破を捕えようとする。
しかし、またしても『ROBE』で防がれた。
美咲は立て続けに『RAT』、『ART』と発動するが、すべて黄緑色のローブに弾かれ消滅してしまう。
次は自分の番だと言わんばかりに、不破はニヤリと笑って『エイト剣』を後ろへ引いた。
そこでまた、戦闘には似合わない可愛らしい声が上から聞こえた。
「オーノー・オーノー!」
【AX(=斧、まさかり)・琴浦雛季所持魔溜石、『A』、F、O、『X』】
屋根に立つ雛季の『エイト剣』から、『斧』の形をした気が放たれた。
大きく舌打ちし、不破は準備していた攻撃魔法から再び防御魔法『ROBE』の発動に切り替え、雛季の攻撃を防ぐ。切り替えの速さは目を見張るものがあった。
だが、雛季の攻撃魔法が思ったよりも大きいものだったのか、不破は剣を体の上にかざしながら、思わず片膝をついた。
その隙をついて、横から美咲が棒状の気……『BAR』を放つ。
【BAR(=棒)・琴浦美咲所持魔溜石、『A』、『B』、D、N、『R』、T】
「ぐおあっ!」
まるでフルスイングしたバットに脇腹を叩かれたようになった不破は、苦痛に顔を歪め、横にゴロゴロ転がり回った。
「おのれぇ……!」
激昂し、血走った眼を上げた場所は、俺の真ん前だった。
うつ伏せに倒れた者同士の視線が重なる。
やったのは俺ではない! そう言いたくなったが、俺は反射的に身を起こし、『エイト剣』を腰の後ろへ引いた。
相手も鬼の形相をして腕立て伏せの要領で上体を起こそうとしている。
その逼迫した状況が、自然と俺の魔法発動の動きを倍加させた。
「パーフェクト・ヒットォ!」
【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『T』】
一番発動に慣れ、強化も進んでいる魔法のイメージを頭に浮かべ、発動。
青い気の弾丸が、すぐ目の前の標的に向かって行く。
不破は片膝をついた格好で、再び「ローブ・オブ・ザ・キング!」と叫んだ。
彼の全身があっという間に黄緑色の光に包まれる。
目の前で二つの気がぶつかり、けたたましい音を響かせた。
火花のように散る気の欠片が体に突き刺さってきて、鋭い痛みを与えてくる。
「ぐぐぐ……どうぎゃっ!」
不破の防御が破れ、『HIT』の弾丸が彼の額に突き刺さった。鮮血が噴き出す。
こちらの気も相手の防御魔法によって相当削られてはいたが、それでも、兜などを被らずにむき出しとなった額に当たったのだ。かなりのダメージを与えたと思う。
現に不破は放心状態のような虚ろな顔で崩れた。
そして、不破の手の指が力なく開き、『エイト剣』の柄が離れた。
もう抵抗ができないように、剣を蹴り飛ばして奪ってしまおう。
そう考えて一歩前に踏み出した時、突如不破の閉じられていた両目が見開いた。
死んだ直後に目を見開いた暴君ネロのようだ。
俺が生き胆を抜かれ動きを止めてしまった間、不破は『エイト剣』を握り直し、地面すれすれで滑らせるように横に振った……。




