第90話・レインボーバードのメッセージ
鹿角たちが依頼主に犬を届けミュウとの約束通りクッキーを買って帰って来たのは、それから30分ほど経ってからだった。
「お? ミュウの鞄……?」
『ビッグドーナツ』の壁際に、投げ出されたように乱雑に置かれていた鞄を見つけ、鹿角は首を傾げた。
「どっか行ったのかな、ミュウの奴……。それにしれも、いつも大事に持っている鞄をこんな所に置いて行くなんて」
「待って、何か紙が置いてあります」
坂出が鞄のそばに置かれた手紙に気づき、拾い上げた。
「手紙のようね。何て書いてあるの、珠実ちゃん?」
松川が尋ねると、坂出は小さく頷いてから、手紙に書かれていた内容を読み上げた。
「少女は……連れ去った? 無事に帰してほしければ……」
読んでいる途中で周りの三人は騒ぎ始める。
「連れ去った? 少女って……ミュウのこと?」
「バッグが一緒に置いてアッタんだから、ソウでショ、キャップ! どうスルの~?」
「珠実ちゃん、その続きは何て?」と、鹿角が続きを促す。
「ええ……。下記指定場所に100万レガロ、もしくはそれ相当の魔溜石を指定の時刻までに用意しろ。衛兵や他のパーティーの者に告げたら少女の命はないと思え……明石……だって」
「明石! やっぱりあいつか!」と鹿角は自分の手のひらを拳で叩き、怒りを露わにした。
「私たちに助けられた恩も忘れて!」
「それに元々ミュウちゃんに恨まれることもしているんでしょ……酷い男ね」
玉城、松川も尖った声で言った。
「とにかく……助けに行かなくては」
坂出がそう言うと、鹿角は頭を抱えた。
「でもそんな金ないし……借りるにしても、今後の生活が……」
「用意するしかありませんよ?」と、坂出はお金の心配を第一にしているような鹿角へ、半ば憮然として言った。
「一旦彼に金を渡して、ミュウちゃんが戻ってきたら、虚をついて奪い返すしかないわね」
松川の案に玉城も坂出も頷いた。
「だけど、私たちだけでできるかな?」と、鹿角は一人思いあぐねる。
「仮にお金の面は亜紗美たちや『篠山組』にも協力してもらって何とかなっても、それをまた奪い返すとなると、魔法剣士としての相応の力が必要になってくるよ?」
「何よ、キャップ。いつものキャップらしくナイじゃん? 相手はアノ男オンリーでしょ?」
「バカだなぁ、フェリシーは……」
「ホワッ?」
馬鹿呼ばわりされ眉を吊り上げた玉城を、慌ててなだめながら鹿角は言った。
「明石も一人でこんな大胆な行動に出るわけがないって。きっと誰かに協力を要請しているんだよ。見て、この金の受け渡しに指定した場所を……」
明石の置手紙を指差して玉城に見せる。
「ウ~ム? 北西部エリアの……工場が集中した場所ネ?」
「そうでしょ? この辺りは『メガラニカ』が度々出現している場所だよ」
「『メガラニカ』って……『デスドライブ』と同じぐらいアクメイの高いあのパーティー……?」
「そう。わざわざこんな場所を指定しているということは、明石の奴、『メガラニカ』のメンバーと組んでいる可能性が高いよ。『メガラニカ』のゴロツキたちがバックについたとしたら、金を奪い返すのは苦労するよ? いや、金だけじゃない。金だけ受け取っておいてミュウを返さないなんていう最悪のケースもあり得るわ」
「確かに……。こちらで頼りになるのは、せいぜい黒石さんといったところだしね……」
そう言った松川をはじめ一様にみんなの顔が曇る。
「……しかし、ミュウさんをこのままにしておくわけにはいかないでしょう」
黙然とした中、坂出が切り出した。
そこで、彼女たちのそばにレインボーバードが飛んできた。
鹿角がその鳥を見上げながら呟く。
「? ……この子、ミュウに懐いていたやつかな?」
「そのようですね。ミュウさんが連れて行かれたから、このレインボーバードも動揺しているように見えます」
「ネェ、この子に美咲ちゃんと雛ちゃん、呼んでキテもらいまショウ!」
「そうね。今ならまだ間に合うわ。二人が増えたらどうってことでもないかもしれないけど……味方が多いに越したことはないわ」
坂出、玉城に続いて松川が、手を叩いて言った。
鹿角も頷く。
「そうしよう。カケル君たちのことは『プライド』の人に任せるしかない」
こうして『ビッグドーナツE』の前から放たれたレインボーバードは、美咲たちの私物の匂いを覚え、彼女たちがいる『北の森』へ辿り着く。
**********************************************
美咲が雛季の肩に止まったレインボーバードの脚を触ってから、手元で手紙のような物を広げた。
姉妹二人並んでその紙を見てから、お互い顔を見合わせ、何か言葉を交わしていた。
少し離れた俺の場所からでも、二人の顔と声に焦りの色を見ることができる。
「お、お~い……どうしたんだ~?」
俺は思わず二人に向かってできるだけ抑えた声で呼びかけた。
琴浦姉妹はこちらを見て、紙片を振った。
彼女たちに歩み寄る俺の背に、鮫川の太い声が飛んでくる。
「おい、瀬戸! 何してんだよ? 二人はどんどん中に進んで行っているぞ?」
足を止め、鮫川のいる魔巣窟の方を振り返る。
もちろん今は『プライド』の試験に集中しなければいけないのだが、手紙を見た後の姉妹の動揺ぶりも気になる。
レインボーバードを使ったのが誰かははっきりしていないが、おそらく鹿角たちではないかと思う。
だとすれば、彼女たちのいる『ゴブレット』からこんな場所にまでレインボーバードを飛ばしたわけだ。
それだけ重要な伝言があったのではないか?
もしかして鹿角たちの身に何かがあったのかもしれない……。
気がつくと俺の足はすでに魔巣窟の前を離れ、琴浦姉妹のいる場所に向かって草地を進んでいた。
「馬鹿野郎! いつまであの姉妹にベッタリしている気だ?」
鮫川の罵りが背に刺さる。
「ベッタリしているわけではないんだが……。ちょっと話を聞いて来るだけだ」
そして俺は両手を合わせ、軽く頭を下げる。
「悪い、鮫川。お前は先に加西さんたちの所へ行って、何とかごまかしてくれ。すぐ追いつくと思うからさぁ」
「な、何ぃ? フザけるなよ、おい……」
わめく鮫川に背を向け、俺は姉妹の元へまた歩を進めた。
すぐに鮫川の声がやみ、一度振り返って見ると、彼の姿は魔巣窟の中に消えていた。
「カケル君……大丈夫なの?」
俺が近づくなり、美咲は気遣いの言葉を掛けてきた。
「……ああ。それより、何かあったのか?」
「鳥さんが来たの。愛海那ちゃんからの伝言なの! あのね……」
言いかけた雛季の言葉を遮るように、美咲が割り込んで喋りだした。
「急な依頼が入って、忙しいから私たちの手も借りたいって……」
「んん?」と首を傾げる雛季の方を振り返って、美咲は何か目配せをした。真実を隠そうとしている。
美咲は嘘をつくのが下手なようで、こちらに向き直った顔はあきらかに硬かった。
「本当にそんなことなのか? だってその鳥、ベランダにいる奴じゃなくて、ミュウに懐いていた新しい方のじゃないか? 羽根の模様が違うって、雛季がミュウから教わったのを俺にも教えてくれたんだ。そうだろ、雛季?」
「うん……ここの色の変わり目が真っ直ぐな方がミュウちゃんのやつ。スカイちゃんは少し曲がっているの」
自分の右肩に止まるレインボーバードの羽根をなぞりながら雛季が説明する。
「ほら、つまりそれはミュウに懐いていた方のだろ? 鹿角なら何でいつものようにベランダにいる奴を送らないで、その鳥を送って来たんだ? ベランダまで戻る時間がないほど緊急事態なんじゃないのか? 依頼があったっていうのは嘘だろ?」
「凄い推理力だね……」と美咲は苦笑いをしてから、一度深く息を吐き、「仕方ないな」と言って本当のことを教えてくれた。
「……ミュウが明石にさらわれた……?」
俺は震える声で内容を反芻した。
「鹿角さんたちも私たちだけに応援を要請しているから、カケル君、君はあの魔巣窟に行って『プライド』の試験を続けて。あっちの二人や鮫川君なら、いざという時に君を護ってくれると思うから」
逡巡する俺の肩を揺すって、さらに美咲は言った。
「カケル君。君がここに残ることは、ミュウちゃんの思いでもあるはずなの」
「……え?」
「だって、この鳥は最近いつもミュウちゃんのそばにいたでしょう? 多分今日も一緒にいたはず。それなのにミュウちゃんはさらわれる時、この子に何も託さなかった……。きっと、しようと思えばこの子にメッセージを伝えて誰かに助けを求めることもできたはずなのに」
「そうだ……。この鳥はすぐに声を覚えることもできるもんね……変だなぁ」
雛季がそう言って、への字口をした。
「それって多分、君たちの邪魔をしたくないって考えたからじゃないのかなぁ……。君たちにはこの試験でうまくいってほしいと……」と、美咲。
「ミュウ……」
俺はポツリと呟く。
ミュウは掴みどころがない不思議な少女だが、頭はいい子だ。
俺たちの邪魔になると咄嗟に考え、あえてレインボーバードに何も託さなかった可能性は充分にあり得ることだった。
俺の頭の中には琴浦家の庭の木の陰に立つミュウの姿が浮かんでいた。
やはり、あの日、俺と鮫川の話を聞いていたのではないだろうか……?
彼女が『SDG』入りの邪魔になってしまった云々という話を。
それを黙って聞き、クッキーを渡さずに走り去って行ったミュウの姿が浮かんでくる。
俺たちや鹿角たちにも迷惑になると考え、助けを呼ばず、無抵抗に明石に連れ去られるミュウの姿が浮かんでくる。
「……だからこそ」と、俺は言った。
すでに森を出ようと歩き出していた姉妹が足を止める。
「え?」
「ミュウのその思いを知ったからこそ、助けに行かないと……」
美咲が体ごと振り返って、困惑した表情を浮かべた。
「カケル君……でも、また試験が……」
「ミュウは仲間、今やそれ以上……家族みたいな存在だろ? その子の命よりも優先される試験なんてないさ」
「カケル君……」
「カッコいいよ、カケル君! ミュウちゃんも嬉しいと思う」
姉妹が揃って言った。
雛季は目を潤ませながらも、微笑みを浮かべている。
美咲の顔にはやはり少しためらいの色が浮かんでいたが、やがて彼女の目にも涙が浮かび始め、優しい笑みで頷いた。
「……うん、わかった」
「さすがに鮫川を巻き込むわけにはいかないから、あいつにはその鳥でこのまま続けてもらうよう伝えよう」と、俺は言った。
「うん。鹿角さんたちとは『北大通り』沿いの場所で落ち合うことになっているわ。できるだけお金を集めて来るらしい」
こうして俺たちは鮫川にレインボーバードを送ってから(鮫川の匂い付きの布きれは美咲が持っていた。彼女や鹿角は出かける際、このような緊急時にレインボーバードを使えるようメンバーの匂いが付いた小さな布きれを束ねて持っている)、森を抜けるため歩き出した。




