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第91話・身代金の受け渡し

 レインボーバードを使って鹿角たちから『ミュウが明石にさらわれた』と知った俺は、『プライド』の試験を抜け出し、琴浦姉妹と共に森を出た。


『マレンゴ』に乗って(行きとメンバーが代わっているため、運転者の中央本部兵への説明が必要で、思わぬ時間を食った)、『ゴブレット』に戻り、『北大通り』を南下する。

 

 鹿角たちとの約束の場所は通り沿いの石像店で、店先に並んだ様々な動物や人の石像が目立っていて待ち合わせにはもってこいの場所だった。

 

 俺たちが着いた時にはまだ鹿角たちはいなかったが、すぐにやって来た。

 少し遅れて、鹿角たちから連絡を受けた中間(なかま)たちも合流した。

 みんな俺がこの場所にいることに驚いたが、ミュウのためだと言うと納得した。


 そしてさらに三人の男女が現れた。

 そのうちの一人……クロスワードパズルのような白黒のチェックのシャツに灰色のズボンというラフな格好の、目が隠れそうなほど伸びた黒いボサボサ頭の男には俺も見覚えがあった。


「あんたは確か、『キャッスル』にいたな! パチンコ玉たちから尋問を受けていた中に……いつも前の方の席に座っていたボサボサ頭!」と、俺は言った。


「パチンコ玉って……。それにボサボサ頭って俺のこと……だよね? まぁ、そうだよ。俺も無理やりこの星に転移させられた。篠山(ささやま)純太」と、ボサボサ男は言った。


「でも、何でお前が?」と言う俺の問いに、鹿角が答える。

「彼ら、『スピリット・オブ・セントルイス』の上にある宿で寝泊まりしていて、前に話したことがあるんだ。カケル君も『転移組』だし、あなたたちも『グラジオラス』に入らないって誘ったのよ」


「そうだったのか……。いつの間に……」


「これからもよろしくな」と言った篠山純太の握手に応じていると、後ろにいた女性もにこやかに頭を下げた。

「篠山佳織です。名字で分かる通り、純太さんの直系の子孫。『キャッスル』から彼の世話を任されて、こうして三人で暮らすようになったの」

 篠山佳織はボサボサ頭の篠山純太と比べて、気持ちのいいぐらい爽やかなショートカットの茶髪で、つぶらな瞳が若い印象を与える。


「俺は、黒石宗晃(くろいしむねあき)だ。そこの姉妹もそうだと思うが、俺たちも純太を護っている」と、もう一人の男も自己紹介した。

 185センチ以上あるだろうか、鮫川以上に背が高く、防具の下もガッチリしていそうだ。

 長髪にヒゲ、日焼けした肌も加わって、かなり強そうな印象を与える。

 こいつが先にエレベーターに乗っていたら、階段を使いたくなるかもしれない……(まぁ、この世界にエレベーターというものはそうないだろうが)。


「私と黒石さんは元々別のパーティーにいたのだけれど、純太さんと出会ってから、忙しくなるという理由で脱退したの」と、篠山佳織。


「それに、俺たち『転移組』は魔獣退治だの剣の扱いだの、まったく慣れてないじゃないか? だから、パーティーに入るにしてもできるだけ安全な活動をしたところがいいって俺が言って……二人に迷惑かけてしまった」と、篠山純太。

 

「いいんだよ。私も前のパーティーは辛くなっていたところだから」

 俺に対して琴浦姉妹がそうするように、篠山佳織も純太を慰めるように優しく言った。


「……しかし、入って間もなく金を貸すことになるとは……」と、黒石がボソッとこぼす。

「ハハハ……ごめん、ごめん。でも仲間のためだから」と、鹿角。

 

 その後、篠山たち三人、中間たち五人、そして俺と琴浦姉妹は、それぞれ最低限の額だけを残して持ち金を鹿角に渡した。

「ひとまずこれだけの金が集まった……」

 鹿角は札や硬貨の入った袋を持ち上げながら、なぜかニヤリと薄い笑みを浮かべ言った。


「お前の金ではないからな?」

 俺が一応ツッコむと、「わかってるよ~!」と顔を赤くして返してくる。


「よく集まったね……」と、美咲が袋の中を覗きながら呟く。

「これだけのメンバーがいるけど、みんな普段からお金に困っているし……。もしかして、鹿角さん、みんなに黙って貯蓄していたんじゃ?」


「そ、そんなわけないでしょ! 管理人さんや『スピリット』の丸さんたちからも借金したのよ」


「それでも、全部で90万に満たないです。指定は100万ですから、これで納得してもらえるかどうか……」

 坂出(さかいで)が深刻に言うと、黒石という男が鼻を鳴らし、自身の『エイト剣』の柄を握った。

「納得してもらうしかないだろ。そして少女が帰ってきたら金は取り返す」


「そうだけど、あくまでミュウの安全が最優先だからね、黒石さん? 低姿勢で交渉し、この額でミュウを帰してもらわないと……」

 言ってから、鹿角は一同を見回した。

「さぁ、行こう。指定の場所に行けば、奴からまた指示が来るらしい」

 



『北大通り』を横断、まっすぐ西に向かい、『北北西通り』も横切って更に進むと、小規模な工場が集まる地帯に入る。

 織物、家具、食品など様々な工場が建ち並んでいて、中には中央本部管理下の『魔神具(マシング)』の工場もあった。


 それらの工場で働いていると思しき人たちがよく行き交っているが、メインストリートから少し外れると、たちまち人通りが少なくなった。

 明石が金の受け渡しに指定した場所は、そんな人通りの少ない通り沿いの建物内だ。


「ここだ……。何かの倉庫らしい」

 鹿角が建物を見上げる。

「いかにも悪者が利用しそうな場所だな」と、俺は呟く。

 

 入り口からの外光で手前は明るいが、奥の方は割れた窓からわずかに入りこんだ陽光だけで薄暗い。

 木造部分は黒く汚れ、至る所がはげ落ちている。

 柱など所々に使われた鉄は赤黒く錆び、土壁や天井のトタンには幾つもの穴が開いている。


 倉庫と判断できたのは、建物内にいくつもの木箱が積んであったからなのだが、その木箱も風雨にさらされ傷んでおり、今もなお食料や物を収めているようには見えなかった。

 人が働いている様子もなく、廃墟に近い状態で、B級映画やドラマの悪者のアジトみたいな雰囲気がある。


 一同が入り口付近で立ち止まって、薄暗い建物内の奥に注視していると、その薄闇から一羽の鳥がこちらに向かって飛んできた。

 レインボーバードだ。悪い奴の使いだからだろうか、どこか鋭い目をしていて、鳴き声も羽ばたきも荒っぽい。

 

 バタバタしながら近づくそのレインボーバードに、さすがの雛季もちょっと迷惑そうな顔をしながらも、自分の曲げた肘に止まらせた。

 

 レインボーバードの脚に紙はくくられていない。そうなると……。

 数秒後、やはりレインボーバードが九官鳥のように人の声をまねて喋りだした。

 声真似がうまく、すぐにそれが明石の声だとわかった。

『来たようだな……随分大人数で来やがって』


「どっかで見ているのか?」

 一同辺りを見回した。しかし明石の姿は見当たらなかった。


『まぁ、いい……金は用意できたか? それを代表者一人が持って、建物中央に一つだけ置いてある木箱の中に放り込め。他の奴は近づくなよ? それとみんなその場に剣を置け』

 

 見事に明石の声でメッセージを伝えるレインボーバードに感心しながらも、視線を建物中央へ転じる。

 確かにそこには一つだけ木箱がぽつんと置いてあった。

 

 みんな視線を交わしながら、命令通り、それぞれの『エイト剣』を鞘から抜いて、足元に置いた。

 15人分の『エイト剣』が並ぶと圧巻だ。

 改めて、この『グラジオラス』というパーティーは本気を出せばもっとできるはずだとも思う。

 

 剣を置いている間に、雛季の腕に止まったレインボーバードが再び語り出した。

『その一人が金を入れて一団の所まで戻ったら、俺が中を確認しに行く』

「ちょっと待って! それだとミュウは……」

 鹿角が奥に向かって大声を出した。


 途中で明石の声が重なる。奴はこちらの反応を読んでいたかのように、レインボーバードに続きを吹き込んでいた。

『このガキの安全が保障されていないと言い出しそうだな。忘れるなよ。いつだってこっちに優先権があることを。しかし安心しろ。俺が欲しいものは金だ。ガキを殺したところでどうにもならん。金の確認ができたら、解放することを約束しよう。ではすぐに代表者だけ出て、金を木箱に入れろ』

 

 言い終わると、レインボーバードはまた大きく羽根をバタつかせ、雛季の肘から飛び立ち、グルっと回って建物奥の暗闇へと姿を消した。


「レインボーバードがあっちから来て、また戻って行ったってことは、明石は奥にいるのかな?」

「そうみたいだね。で、代表者は鹿角さんでいいのね?」

 小声で言った鹿角に美咲が答えた後、逆に訊き返した。


 一同の視線も鹿角に集中する。

 鹿角は仕方ないというように頭を掻きながら首を縦に振った。

「わかった。私がキャプテンだものね……」


「ゴーゴー! たまにはキャップらしいトコロを見せテ!」

 玉城(たまき)が鹿角の肩を叩いて言う。方々から中間たちや黒石が同じようなことを言った。

「たまにはって、みんな……。私だっていつもやる時はやっているでしょうよ……」

 ぼやいてから、鹿角は金の入った袋を肩に掛けて歩き出す。


「……鹿角、待った」

 少し遅れて鹿角を呼び止める。


「何? カケル君」と振り返った鹿角に近寄り、俺は耳打ちした。

「箱の中に人が隠れているかもしれない。近づいたところで中から飛び出し、金だけを奪う気かも」

「なるほど、あり得るね。わかった、気をつける」

 頷き合ってから、鹿角は再び木箱のある中央へ歩いて行った。


 俺は薄闇の中で見づらくなっていく彼女の背を見据えながら、時折足元の『エイト剣』も意識する。

 こちら側で待っているみんなもおそらくそうしているに違いない。

 何かあったらすぐに剣を拾い、反撃できるように……。

 そう思ってチラッと横を見ると、雛季が両拳を上げたり下げたりして全力で鹿角を応援している。

 彼女だけは剣を咄嗟に拾うことはできないかもしれない、と思った……。

 

 木箱の手前まで行くと、鹿角の動きはゆっくりになった。

 緊張しているのが離れていてもわかる。直前に俺が警戒するように言ったからだった。

 

 鹿角はゆっくり木箱のふたをズラし、半分ほど開けた所で中を覗き込む。

 どうやら中は空だったらしく、鹿角は一息ついてから、蓋を思いっきり後ろへ下ろした。

 俺のアドバイスは杞憂(きゆう)だったらしい。

 

「逆上する前に一つ言っておきたいんけど……」

 鹿角はそう前置きをして、奥の薄闇に向かい大声で続けた。

「がんばって金を集めたんだけど、結局87万ちょっとしか集まらなかったの。お願い、どうかこれで許して」

 

「チッ! まぁ、いいだろう。おまけだ! さっさと置いて、その場を離れろ!」と、ついに明石の肉声が聞こえてきた。

 

 鹿角は素直に指示に従い、袋を木箱の中に入れ、後ろ向きでその場から離れた。

 

 鹿角が俺たちのそばまで戻ってからしばらくして、建物の奥に人影が揺れて見えた。

 徐々に中央の木箱に近づいて来る。先頭にいるのは明石だ。

「おっと、少しでも変な動きを見せたら、この娘に危害を加えるからな?」

 虎の威を借り吠える明石の後ろに、ミュウを挟み込んで押さえている男女の姿があった。


 男は身長180センチほど、短髪は白に近い金色で、おでこが広く眉と目が近い。鋭い目、鼻と顎も太く、強面だ。

 女は紫色のセミショートで、左側の前髪だけが長く垂れさがっている。目つきは鋭いが綺麗な顔立ちだ。しかし青いアイシャドウと赤紫のどぎつい口紅が魅力を半減しているように思う。

 やはり二人とも防具を身につけ、『エイト剣』を持っている。

 

 その二人の間で後ろ手にされているミュウは、またみんなに迷惑をかけてしまったと思っているのか、暗い表情でずっと視線を床に落としていた。

 

 明石が用心棒を雇っているということはこちらも想定済みだ。

 むしろ二人だけだということで、わずかに震えが治まっていた。

 

 しかし横に立つ鹿角や美咲は緊張感のある声で囁き合う。

「やっぱりあの二人、『メガラニカ』のようだね。わざわざ防具に脱着可能の印章を付けているよ。あれは『メガラニカ』のやつだ」

「普段は中央本部の目もあるから付けていないんでしょうけど、こういう脅しの時には付けているみたいだね……」


「二人だからって油断できないよ」

「そうだね……。でも、あの明石って人、危険な連中を用心棒に雇ってしまったね……」

 

 こちらの会話に気づかず、明石はほくそ笑んで、木箱の中を覗き込んだ。

 しかしすぐにその笑みが硬直した。

 目を丸くし、息をのんでいる。箱の中に伸ばそうとした手も空中で止めたままだ。

 

 一体どうしたんだ?

 俺たちも不安気に顔を見合わせた。

 

 明石は木箱に顔をつっこんで改めて中を見てから、むき出しになった目をこちらへ向けた。

「ねえじゃねぇか? おい、どういうことだ? 袋は……今持っていた袋はどこへやった?」

 怒りに震えた声を上げる明石。


 それを聞いて俺たちも驚きの声を漏らす。

「そ、そんなはずないでしょ? 私はそこに入れたわ! あなたも向こうで見ていたんでしょ?」と、いち早く鹿角が言い返した。


「そんなこと言っても実際ないんだよっ! 離れた場所からだからよくわからなかったが、お前が何かトリックを使ったんだろ? まさか魔法?」

 早口で言いながら、明石は木箱の手前側に回った。

 もちろんそんな所にも袋はない。

 鹿角が間違いなく木箱の中に袋を入れたのは俺たちも見ていた。


「私は入れたって! その子を助け出すためにお金を集めて来たのに、直前であんたの怒りを買うことするわけないじゃん?」

 鹿角も眉を吊り上げ、もっともな反論をする。

『グラジオラス』メンバーも好き勝手に言って加勢した。


「し、しかし……」

 そこでもう一度箱を覗き込んだ明石は言葉を失った。

 箱の中に手を突っ込み、板を一枚引き出した。板を横に投げ捨て、再び木箱の中に視線を落とす。

「そ、底に穴……? 板で隠してあったが、底に穴が……。しかも、この穴……どこまで続いているんだ?」


「地下だ。地下に繋がった穴だ」

 そう言ったのは明石の背後の男だった。

 男の口の端には薄い笑みが浮かんでいた……。

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