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第863話・黒い雨

 家屋の残りの屋根が落ちてきた。


 俺は、前方からの攻撃は『TIN(ティン)=ブリキ缶』に委ねて、『エイト剣』を高く掲げた。

 そして気を放ち、屋根を吹っ飛ばした。黒い空が広がって、雨がすべてを濡らしていく。

 

 しばらくして、音が止まった。目を大きく開き、周りを見る。

 俺たちがいた部屋は屋根、四方の壁を失い、雨ざらしだ。廊下を挟んで隣にあった母屋も半壊している。元々庭だったところにも家屋の残骸が散らばり、何か所も土が(えぐ)れ、木が倒れている。

 

 しかし辺りは廃屋や廃墟が多いらしく、激しい音を聞いても野次馬が集まっている様子もない。雨音だけが、闇にしみ込んで消える。

 

 部屋の中央(部屋というものがあった時には、ということだが)には射水(いみず)が片膝を突いた。

 そして、美咲、レンジリー先生が小さくうめきながら、瓦礫(がれき)の下から這い出て来ようとしている。どちらも苦痛に顔を歪めている。


「美咲! 先生!」

 俺は足元の瓦礫を越え、歩み寄ろうとした。すでに強化された『TIN』の黄緑色の気の『壁』も散ってしまっていた。

 

 俺が動くと、射水も動いた。

 立ち上がって飛び掛かって来る。

 しかし、それを突き飛ばしたのは横から飛んできた気だった。

 

 射水は瓦礫の上に転がった。

 俺は一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに視界の中に香取先生の姿が飛び込んで来て、先生が攻撃したのだと理解できた。

 

 すぐに立ち上がり再び跳んだ射水に、香取先生はタックルした(するつもりはなかったかもしれないが)。二人は転がるようにして、反対側の庭に出る。

「この男はしばらく僕が……! 瀬戸君は、二人を避難させてくれ!」

 香取先生は射水を斬り飛ばしながら、振り返りもせず叫ぶ。


「わ、わかりました!」と俺はすぐに動きだした。どうせ今の俺は『GRAPH(グラフ)』で攻撃力が落ちているため、防ぐ一方で攻めることができない。

 香取先生を護る役目に徹することも、厳しそうだ。実は先ほど動き出してわかったが、体の速度も若干落ちているようなのだ。ノロノロというわけではないが、体が少し重く、50メートルを本気で走っても12、3秒掛かってしまうだろう。


 だから俺はややゆっくりと進み、まず美咲、そしてレンジリー先生に手を貸し、庭の木々の裏に連れて行った。

 二人は地面に座って、自分たちで止血する。どちらも胴鎧(キュイラス)の一部が壊れていて、胸がこぼれそうになっている。


 その胸に、俺の視線を感じたからではないだろうが、美咲が苦しそうな声で言った。

「自分と先生の治癒魔法は、私がするよ……。それでは全回復には程遠いかもしれないけど、とりあえず自分で防御魔法を張れるぐらいにはできると思う」

「そ、そうか」


「君は『GRAPH』でスピードが落ちているよね? それとも他の能力?」

「スピードが若干。それと何より攻撃力がかなり落ちた状態だ」と、俺は香取先生を気にしながら答える。


「そう……。とにかく、通常に戻るよう魔法量を蓄えて……」

「わかった」

 そして美咲はレンジリー先生に治癒魔法・『BREAD(ブレッド)』を掛け始めた。

【BREAD(=パン)・琴浦美咲所持魔溜石、『A』、『B』、『D』、『E』、N、O、『R』、T、U】


 そんな中、射水を追い込んでいた香取先生が、逆に片膝を突いた。射水の膝を食らったのだ。もちろんただの膝蹴りではなく、魔獣人のそれだ。先生は()せて、攻撃が中断する。

 

 そこへ……。

 射水が剣を引く。赤と青が入り混じって紫にも見える光が刀身から広がっている。


「さっきの『MADNESS(マッドネス)』ってやつか? 先生! セット! トリップ! ハード・ティン!」

 魔法量を上げて一刻も早く攻撃力を戻したいところだが、香取先生を護るため動くしかない。


【TRIP(=旅行)・カケル所持魔溜石、A、E、G、H、『I』、N、『P』、『R』、S、『T』】


「マッドネス」

 射水が冷ややかに言って、『エイト剣』を振り下ろした。

【MADNESS(=狂気)・射水所持魔溜石、『A』、A、B、『D』、『E』、K、『M』、『N』、O、O、『S』、『S』、U、Z】


 ひざまずいて中途半端に剣を構えている香取先生が、赤と青の気の球に呑まれて行く……。

 その直前。俺は『TRIP』で先生の斜め後ろまで一気に移動して来ていた。

 さらに、俺の剣から、黄緑の光の壁が飛び出し、先生の前へ押し出されて行く。『GRAPH』で防御力の上がった『TIN』の壁だ。

 

 そこに相手の『MADNESS』の幾つかの気が衝突して来て周囲の空気がビリビリと震えた。

 動く速度が落ちているので正直間に合うか不安だったが、同時に『TRIP』も使って間合いを詰めた分、ギリギリ間に合ったようだ。


『TIN』は現在防御力が上がっている……とは言え、威力のある『MADNESS』の赤い気と青白い気が何度もぶつかって、ガラスのように亀裂が入り出した。

 先ほど同じ条件で受けた時はギリギリ耐えたのだが……。それに、射水も今回は右手だけで剣を振った。普通に考えれば、先ほどの『MADNESS』よりも威力が落ちるはずだ。


 しかし、途中で防御魔法が破壊された。それだけこの『MADNESS』が、射水の渾身(こんしん)の一撃だったのだ。


 俺は慌てて剣を前に突き出す。

「ハード・ティンッ!」

 黄緑の気が『壁』を築く。


 そこへ、これまでの『TIN』を突き破ってきた火焔の気、そして青白い気が飛んできて、新しく作った『TIN』に衝突してきた。この『TIN』も、『GRAPH』で防御力が上がっている状態で発動した防御魔法だからそれなりに強化されている、はずが……。

 

 2発の『MADNESS』の気を受け、あっさり亀裂が走り、壊された。割れたガラスのように細かな光が飛び散る。

「なっ……ぐふっ!」

 やや小ぶりになった青白い気の球を食らい、俺はゴロゴロと後転した。


 隣で香取先生もうめきながら転がって、俺よりも後ろに行ってしまった。先生が受けたのは火焔の気の方で、体から煙が出ている。


「『TIN』の防御力が下がっている?」

 俺は顔を上げ、呟く。

 だが、それは……。


「パーフェクォォヒットォッ!」

 それは、攻撃力が戻ったことを、動く速度も戻ったことを、反撃できることを意味している!

【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、A、E、G、『H』、『I』、N、P、R、S、『T』】


 両手で振り下ろした『エイト剣』から青白い弾丸が飛び出した。

 射水もすかさず剣を構えたが、左腕を失っているため片手だ。『HIT(ヒット)』を防ぎきれず、剣が上に弾かれ、開いた胸を突いた。胸がまた黒く染まった。

 

 射水の血走った目が飛び出すほど大きくなり、口からは血を吐き、勢いよく離れて行った。

 背後にある傾いだ木を倒し、射水は前のめりに倒れる。右手からも血が流れ、持っていた剣が手前に転がっている。


「もう、『エイト剣』を求めてこの世をさまよわずにすむぞ、射水さん。……ウォーリア・グラフ!」

【GRAPH(=グラフ、図表)・カケル所持魔溜石、『A』、E、『G』、『H』、I、N、『P』、『R』、S、T】

 俺は銀の光を発した。『GRAPH』により、防御力と発動距離を落とし、代わりに攻撃力を高めた。

 

 一方、射水は上体を起こし四つん這いとなった。そして顔を上げる。赤黒い血に濡れていて一見わかりづらいが、また顔が変わっていた。

「あん? それは……世羅(せら)の顔? 闘技場の王者になって、力強くなったつもりか? 行くぞ!」

 俺は構わず剣を構えた。

 

 同時に射水も地を蹴って向かって来た。普通の人間なら不可能な起き方と、加速力だった。

「マスク」

【MASK(=マスク、仮面)・射水所持魔溜石、『A』、A、B、D、E、『K』、『M』、N、O、O、『S』、S、U、Z】


 俺の前で射水は呟き、銀の光に包まれた。

「クッ……」

 俺は一瞬顔をしかめる。射水はすでに剣を拾い『MASK』でまた顔を変える。世羅の顔から、今度は()()()()()()だ。

 

 それを見て、俺の口の端は上がった。

「悪い……。先生の顔じゃ、躊躇もしないや。アーレス……」

 俺は一度後ろに引いた紅蓮の『エイト剣』を、思いっきり振り下ろした。

「ストライクッッッッ!」


 眼前に広がる火焔の球体が、香取先生に扮した魔獣人の影を呑み込み、火の粉と熱風をまき散らしながら吹っ飛んでいた。

 後ろの木をさらになぎ倒して行き、赤い気は最後に爆音を鳴らして花火のように散った。

 

 そして、人形のように宙に浮き上がっていた黒い塊と化した射水は、泥水の中に落下してきた。

 うつ伏せに倒れた射水。黒く塗れた髪がこちらを向いているから、どうやら頭がこちらを向いているということぐらいしかわからない。それほど体中が黒くなっている。

 ただ、その手にはもう剣がないことはわかる。


 特大攻撃魔法・『ARES(アーレス)』の余韻が引き、雨音と野犬の吠えている声だけが聞こえる静けさが戻った。

 射水は、動かない。雨によって徐々に血や(すす)が流れ落ちて行き肌が露わになるが、多くの傷が見えて余計痛々しい。


「……瀬戸君! 封印を……」

 動かなくなった射水を見据えながら、ただ肩で息をしていた俺に、背後の香取先生が声を掛けてくる。


「あ、はい……そうですね。俺は『NET(ネット)』ぐらいしか出せないけど、とりあえず……」

 先生に言われて、俺はようやく剣に黄緑の気を溜めた。

 そして少し近づいてから、射水に『NET』の気を被せようとした。

 

 しかし、「うわっ……だあっ!」と転んでうめいてしまった。ぬかるみで足が滑り、右足をひねってしまったのだ。

「カ、カケル君? な、何をしているの? 気をつけて!」と、美咲がゆっくりと寄って来る。


「滑っちまった……。おかしいな、こんなこと……ああ、もしや……」

 先ほど『GRAPH』を発動し攻撃力を上げた際、防御力と発動距離能力を落とすと同時に、()()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 自分で言うのも何だが、何もなくこんな所でドジを踏むとは考えにくい。おそらくそうなのだろう。

 

 痛む足を押さえながら体を起こし、そんなことを考えていた。

 その時……。

「瀬戸君!」と、倒れていた香取先生が険しい顔で叫んだ。


「え?」と、俺は先生の目線の先……自分の後ろを座ったまま振り返った。

 射水が地面を張って迫って来ていたのだ。

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