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第864話・変身

 足を滑らせ、ようやく立ち上がった俺。

 しかし、射水(いみず)が地面を張って迫って来ていた。


「うおああっ!」

 俺は慌てて立ち上がった。その足を、射水の右手が掴んできた。その手は最初に見た時よりも細かった。肉が()げ落ちているのだ。それだけではなく、肩の肉も落ちて、骨の一部が見えている。

 

 しかし、俺の足を掴む力は強く、なかなか払えない。

「クソッ!」

 もう魔法でトドメを刺すしかないだろうと、剣を振り上げた。

 

 直後、射水は傷だらけの顔を上げた。

「え……お前、()()()……」

 相手の顔を見て固まりトドメを刺せずにいた俺に、射水は小さな声で言った。

「その剣……最後まで、使え……」


「え?」と、俺は目を(しばた)く。

 射水はそのまま顔を伏せ、手からも力が抜けた。


「……フラッシュ・リーシュ……!」

【LEASH(=革ひも、束縛)・香取所持魔溜石、『A』、A、B、D、『E』、E、F、G、『H』、I、『L』、L、Q、R、『S』、U】


 モタモタする俺には任せられないと思ったのか、香取先生が倒れたまま自身の剣の先を伸ばし、そこから出た黄緑色のひも状の光線を射水の体に巻き付けた。

 

 それから、美咲が『NET(ネット)=網』で、レンジリー先生が『CURB(カーブ)=拘束』でさらに封印した。

 そしてみんなから促され、最後に俺も『NET』を使った。

 

 これでも、魔獣人相手には不安なぐらいだった。いつまた動き出し、何重もの魔法を破って自由の身になるかわからない。

 そうなる前に、何重もの火葬が必要だ。

 

 ちょうどその時、通りの方で話し声が聞こえた。

 俺だけが木々を回って確認しに行くと、通りに『大型マレンゴ』が2台停まっていて、二つの荷台から数名の者たちが下りてきた。

「ああ、あそこにいる!」などと言って駆け寄って来た男たちは、黒いレインコートを羽織っているのでわかりづらかったが、どうやら中央本部兵たちのようだ。


英田(あいだ)さんから聞いて駆け付けた。銀獣は……殺し屋はどうなった?」

「ああ、こりゃ、すごいありさまだな……」

 中央本部兵たちは壊れまくった家屋や、隣の廃墟、そして倒れている先生たちを見て口々に呟く。

 

 香取先生は説明できる状況にはないし、その先生の治癒をしている美咲にもできないので、俺とレンジリー先生がこれまでのいきさつを説明する。


 話を聞いてから、中央本部兵たちは封印された射水に近寄り、改めて状態を確認した。

 

 その頃には雨は弱まり、廃屋の方に残っていた雛季(ひなき)鹿角(かづの)たちもやって来た。治癒魔法などを掛け合って、何とか歩けるほどまでにはなったようだ。

 雛季や鹿角は俺や美咲に抱きつき、命あることを喜び合った。


 鳩ケ谷(はとがや)も、そういう時だけは混ざろうとしてちゃっかり前に出てくる。

 また鮫川は例の如く、「お前たちが来るまでに、俺たちが……と言うか俺と香取先生が、だいぶダメージを与えていたからな」と自分の成果のように言った……腹を下しているみたいにずっとお腹を押さえながら。

「お前たちは後から来て、できているシュウマイの上にグリーンピースを乗せたに過ぎないんだ。調子に乗るなよ?」


「それ、私にも言っているのよね?」とレンジリー先生に尖った声で言われ、ようやく鮫川は苦々しそうに口をつぐんだ。

 

 射水を確認した中央本部兵たちがわずかな驚きの声を漏らした。

 そう、彼らも()()()()を確認して不思議に思ったのだろう。ただ、俺が先ほど見て驚いたほどではないようだが……。


「え? こ、これは……どういうことですか?」

 応急的な治癒魔法を終え、中央本部兵たちの輪に加わった香取先生やレンジリー先生が言った。二人は、俺と同じぐらいに驚いている様子だった。


「どうしたんですか?」

 興味を持った鹿角、鮫川、美馬さんも輪の中へ。

 他の者たちは、魔獣人とは言え遺体に近い状態のものを見るのが嫌なのか、急に動き出したら怖いと思っているのか、あまり近寄らなかった。

 一度確認している俺は、鹿角たちの少し後ろに立つ。


「え? この顔って……」と、鹿角も驚く。

「傷で少しわかりにくいけど、あのチャンピオンみたいね? 世羅(せら)さんという……」と、美馬さんが続いた。

 

 それを聞き、美咲たち後ろに待機している者たちも動揺した声を漏らす。雛季だけは桜川に説明されるまで世羅という名にピンと来ていなかったが。

 

 そう、射水は現在、あの闘技場の元・王者、世羅大和(やまと)そっくりの顔をしている。

 雨で流れ落ちずに血や泥が少し付着し、傷も付いている。その上、目が半開きなのだが、よく見れば世羅にそっくりの顔をしていることはわかる。

 もちろん俺は一人、先ほどもっとしっかりと射水のその顔を見ているので、すぐにそれが世羅の顔と結びついた。


「……最後にまた、顔を変えたわけですか? エネルギーを使って?」と、レンジリー先生が問いかけるように一人呟く。

「ああ、これについては……」と、中央本部兵たちは後ろを振り返った。

「院長にまた話してもらいましょうか」


「ああ、はい」と、後ろにいた三人組のうち一人が言った。よく見れば三人は、中央本部兵たちとは違う、青いレインコートを身に着けている。

 そして、返事をして前に出てきたその人は、俺たちと共に『闘技場』に来た孤児院の院長だった。後ろの二人は闘技場の廊下で会った、世羅の養成所のスタッフのようだ。


「私も、今日の大和の態度や試合内容を観て、これはおかしいと思いまして」と、孤児院の院長が語り出す。

「『闘技場』に残ってもう一度彼と会うことにしたんだが……控室から彼がいなくなったと聞き、みんなと捜しました」


「いかがわしい店に行っていたわけじゃなかったんか……」と、鳩ケ谷の呟きが聞こえた。

 

 一方、院長は真面目に続ける。

「その後、中央本部の人たちから銀獣という殺し屋の話を聞き、今日の大和はその殺し屋が成り代わっていたと知り、ピンときました」


「その時は、院長は『MASK(マスク)』という顔を変える魔法のことは知らなかったらしい。単に、世羅そっくりの顔の者が、世羅に成りすまして試合に出たと考えていたそうだ」と、中央本部が口を挟んだ。


「そっくりさん?」と雛季がとぼけたことを言い、院長は儚げな笑みをこぼしてから続けた。

「そう。大和にそっくりであるはずの男が別にいるのは知っていたんだ。……双子の兄が」


「双子……」と、俺たちは一様に驚きを見せる。

「うむ。生き別れとなった兄、きっと彼が大和になっていたんだ、と……。その彼が、そこにいる男だ」と、院長は視線を射水に向けた。


「えっと、待って。世羅と似たこの顔が本物ということは、この男がよく使っていたあの銀髪の男は……」

 俺のその問いかけに、中央本部兵の一人が答える。

「それも『MASK』を発動して別人の顔になっていたのさ。よく使われていた顔だったようだから、みんなてっきりそれが本当の顔だと思ってしまったわけだが、ただのお気に入りだったってだけのようだ」


「魔法力の問題はあるけど、できれば普段から別人の顔をしていた方がいいですからね、殺し屋なら。それに、元の顔が『闘技場』のスター選手と瓜二つなら、目立ってしまうってことも大きいでしょう」と、もう一人の中央本部兵が言った。

 殺し屋の立場になって考えるのがうまいな、と俺は思う。


「あ……さぁ、続けてください」と、中央本部兵は院長に促した。


「大和とその双子の兄……夜紗(やしゃ)は、3歳の頃に孤児院(うち)へ預けられた。両親が魔獣によって死んでしまい、親戚も貧しくて養えないという理由だった。その後、二人ともうちには8歳までいた。同時期に、世羅夫妻、射水夫妻にもらわれて行った。世羅氏は中央本部に『魔神具(マシング)』制作を認可されている会社を持っていたし、射水氏は中規模の鉄工所を持っていて、どちらも比較的裕福な夫妻だった。しかし、その後私が聞いた話では、二つの家族の運命は大きく分かれてしまった」


「何があったんですか?」と、鹿角が先を促す。


「中央本部の庇護もあり、世羅家はさらに裕福に……と言っても、中央本部の人たちほどではなく、養子の大和は『闘技場』で働く必要はあったけど」

 少し嫌味を混ぜて言われ、中央本部兵たちはばつが悪そうに(おもて)を伏せた。


「とにかく、世羅家は比較的裕福な生活が続けられた。だが、射水氏の鉄工所は潰れてしまったんだ。競合相手の会社がやり手でどんどん販路を拡張していったため、射水氏の鉄工所が食われてしまったと聞く。この頃から射水氏も酒に溺れて行ったようで、それが理由なのか、妻は家を出て行ったと聞く。それからも私たちは夜紗がどうしているか気にしていたんだが、夜逃げだろうか、射水氏と息子二人は忽然(こつぜん)といなくなり、どこでどうしているのかわからなくなった」

 

 そして院長は射水を見下ろした。

 射水の目は先ほどよりも開いているように見え、一同に緊張が走る。

「なあ、君は世羅大和の双子の兄……射水夜紗なんだろう?」

 答えは返って来ない。


「その後、貧しい生活を送っていたんだね?」と、院長。

 やはり答えは返って来ないが、射水がわずかに首を縦に動かしたように見えた。

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