第853話・【後半三人称視点】期待はずれの人 ≪キャラ挿絵≫
やけに覚めた態度の世羅選手に文句をこぼした男子をはじめ子供たちは少しガッカリして観客席に向かった。
雛季も、普段の世羅選手をよく知らないくせにしょんぼりしていた。
だが、場内に入ると、また孤児院の子供たちや雛季、鹿角あたりの目が輝き出した。
招待されたとあって、なかなかリングに近い席だ。しかし近すぎもせず、見やすさもある。
以前藤崎という男にこの『闘技場』へ連れて来られた時は、もっと上にあるVIP席からの観戦だったので、迫力で言えば今回の席の方がいいだろう。【第517話・参照】
多くの観客で埋まったスタンドに囲まれたリングは、長円形で、広さはボクシングや格闘技などのリングよりは何倍も広く、バスケやバレーボールなどのコートを一回り大きくした広さだ。
そのリングと観客席の間には『ラウンドシールド』と思われる棒が幾つも立ち、さらにそれを透明のアクリル板のような物(魔溜石の粉で造られた、見た目よりも強度がある板)が囲んでいる。
また、透明の板の先、四か所に魔法剣士も立っている。仮に、選手の放った魔法が『ラウンドシールド』や透明な板を破壊した際でも、彼らが防御魔法で観客を護るらしい。
スタンドの上にもワイヤー状の『ラウンドシールド』が張り巡らされていて、逸れた魔法が観客席に落ちる前に打ち消す役目がある。
すでにボルテージの上がった他の観客たちにつられ、俺たちも興奮気味で試合を待った。雛季は早くも売店で買ったチキンや牛さん焼き(カスタードクリームのたい焼きのようなもの)に手を付けている。
『神々の黄昏』が本格的に賑わいを見せるのは日が落ちてからだが、この『闘技場』はそれよりも早く午後2時から始まって、7時からのラストゲームで最高潮を迎える。
すでに、一般的な剣術、ボクシング、キックボクシングなどの白熱した試合が消化され、俺たちが着いた頃には、魔法剣士や魔法弓士の戦いのブロックに入っていた。
剣や弓に嵌める魔溜石に制限があると言っても、『牙』で行われる『特別体育』や『個人戦』以上に大きな魔法が繰り出され、激しい試合が展開されていった。
逸れた気が度々『ラウンドシールド』にぶつかって激しい音が鳴り響く。
時折、『ラウンドシールド』を抜けた気の残滓が観客席前の透明な仕切りにぶつかり、さらに大きな音が鳴った。その時には興奮していた観客ものけぞった。ミュウや二宮や桜川も手を握り合い、体を引く。
一方、孤児院の子供たちは前のめり、鹿角や美馬さん、鮫川も興奮しているのが見て取れた。
鳩ケ谷はと言うと、女性同士の戦いでは前のめりだったが、男性同士の戦いでは鼻をほじりながらボケ~っと見ているといった感じだ。
ちなみに、他の観客たちには金を賭けている者も多く、さらに本日これまでの幾つかの試合で番狂わせが起きているらしく、会場はどこか異様な雰囲気に包まれていた。
そして、あっという間に、残るは本日のメインイベントとなる、49連勝中の絶対王者・世羅大和の試合のみとなった。
午後7時前、大会スタッフに引き連れられ、防具を纏った挑戦者の男がリングに姿を見せ、歓声を浴びる。
それまでの試合の不甲斐ない負け方をした者への罵声や怒号などが未だ尾を引いている状態で、現在リングに立つ男に浴びせられている歓声も叱咤に近いものがある。
しかしそれは、世羅がリングに姿を見せた時には一気に狂熱へと変わっていった。女性を中心とした黄色い声も飛び交う。
リングアナが世羅大和の名をコールすると、一段とヒートアップ、会場の声が割れんばかりに響いた。
その眩い光と熱気の中、1ラウンド3分、全10ラウンドの最初のゴングが鳴る。
世羅の相手の男はまさに噛ませ犬という言葉に相応しい経験の浅い若者で、防具から出ている首や腕、脚はさほど太くもない。
しかし魔法剣士の戦いにおいて、体格差はさほど関係ない。
嵌められた魔溜石の種類が同じというこのような条件の場合、限られた中でその力を極限まで引き上げられるか、また魔法発動の速さ、正確さが重要だ。
その点では、世羅の相手の男もなかなかやるようだ。世羅を相手に激しい攻防を繰り広げている。
しかし……。
孤児院の人たちや雛季、二宮、青葉辺りは盛り上がっているが……俺や美咲や鹿角や東御は声援を送りながらも、わずかに首をひねった。
そして、俺の隣に座る鮫川がいち早く疑問を口にした。
「あの世羅という男、力を抑えているのか? 今も、すぐに撃ち込めば相手は防御できなかっただろう?」
「……そうだな。盛り上げるために、序盤は少し抑えているんじゃないか?」と、俺も少し訝りながら応じる。
「もう序盤じゃないだろう? 中盤だ。それとも、意外と大したことないのかもな? 魔溜石採取に出る剣士たちと比べると」と、鮫川。
「昨晩、他のことに燃えすぎちゃって疲れているのかしらね? フフフ」と、後ろの美馬さんが顔を近づけ囁いてくる。
「そ、そんなんじゃないでしょう……いや、完全に否定はできないけども……。まぁ、調子が悪いというのはあるかも。でも、結局勝つんじゃないかな? それでこそチャンピオンだろう」
俺は世羅の肩を持って言った。
だが……。
8ラウンドで世羅は倒れた。
体力が消耗しかかっていた相手が破れかぶれに振り下ろした『エイト剣』から青白い気の弾が出て、それをまともに受けた世羅は吹っ飛び、マットに沈んだ。
その瞬間を見届けた会場の全員が言葉を失い、一瞬異様な静寂に包まれた。
そしてすぐに沈黙の壁が決壊した。驚嘆、悲鳴、歓喜、勝者への祝福、敗者への失望の声、多種多様の意味を持った声が一つの大きなうねりとなって会場を呑み込んだ。
鹿角たちも各々叫ぶ。
「そ、そんな……」
孤児院の子供たちも、目の前の光景に唖然となっていた。
「あ、負けちゃった?」と、雛季は少し遅れて呟いた。
「負けてしまいました」と、桜川が応じる。
「あっさりしたフィニッシュだったわね」と、美馬さん。
「こんなもんか。特筆すべきものはないな。俺の強さが際立っただけ」と、鮫川。
「いや、お前の強さは何も関係ないだろ」と、一応ツッコむ。
「何じゃ、何じゃ。ワシらが応援しに来た日に限って負けか。50連勝ならずじゃ。ワシらの中に疫病神がおるんかのぉ」
「見た目で言ったら、お前だよな」と、俺。
「何がじゃ! 見た目で決めんなよ、疫病神を!」と、鳩ケ谷は顔をしかめる。
「世羅さん! どうしたんだよ~? 立ってくれよ~!」
子供たちの一人……あの男子が、世羅の倒れるリングに向かって叫び、それに続いて他の子供たちも叫び声を上げる。
しかし、周りの大人たちの地響きのような大声にかき消されて、当の世羅にはまったく届いていないようだった。
マイクを持ったリングアナもあっけにとられた様子ながらも、勝者の選手にインタビューを始めた。
「せ、世羅大和選手を破りました……。強さを証明しましたね?」
「ヘヘヘ……いや、まさか……」と勝者も自分で信じられないといった様子だったが、一つ咳払いしてから、落ち着いた声を繕った。
「いや、本物の強さというものは永遠に追求されて行くものだ。今すぐにわかるものではない。今はただ、弱い者が発覚しただけのこと」
「フッ、戦い方はどうってことなかったけど、なかなかいいこと言うじゃねぇか」と、鮫川。
それに対して、一人の男子が顔をしかめて返す。
「あれはよく世羅さんが勝った時に言う言葉だ! 真似をしているだけなんだ……クソ~」
孤児院の院長や職員は子供たちの肩に手をやって、なだめる。
「とにかく、大和が負けてしまったのは仕方ないさ……。うまくいかない日もあるよ」
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控室に運ばれた射水夜紗扮する世羅大和は、予定通り目を開けた。
相手の男は大したことがなかった。最後の一撃も、ほぼガードなしで受けたにもかかわらず、傷や痛みなど何一つ残っていなかった。
ただ相手に合わせて茶番を演じた疲労感だけがあった。
「ハァ~……大和……。一体今日の試合はなんだ? 孤児院の子供たちも悲しい顔をしていたぞ? 私も泣きたいよ、まったく」
養成所のスタッフは溜息交じりに言った。
射水扮する世羅は長椅子に横になっていた体を起こし、呟く。
「悪いが、あんたも出て行ってくれないか? 一人にしてくれ」
「いいや。その前に、納得のいく言葉を聞きたい」と、スタッフはかぶりを振って言った。
「出て行ってくれと頼んでいる」
射水扮する世羅は冷淡に言ってから、傍に立てかけていた自分の『エイト剣』を手にした。試合用の『エイト剣』ではない。昨夜、世羅から奪った『エイト剣』だ。まだ射水の手になじんでいるわけではないが、やろうと思えばこの部屋ごと吹っ飛ばす魔法ぐらい出せるだろう。
「なっ……正気か? どうしたんだ、一体? 孤児だったお前の剣士としての能力を見抜いて、そこまで育ててやったのは誰だと思って……」
「出て行けと言っているんだ」
射水扮する世羅大和は再び呟き、立ち上がってその剣先をスタッフへ向けた。
「お、お前……く、くそっ! フザけやがって!」
吐き捨てながら、スタッフは慌てて廊下に飛び出して行った。
射水扮する世羅は溜息をつき、再び長椅子に腰を下ろす。そして思う。
演技にしても負けるというのは死ぬほど惨めなものだ……まぁ、それだから負けるという事なのだろうが、と。
直後、控室の小さな窓をコツンと叩く音があった。
窓を開けると、一羽のレインボーバードが入ってきた。
「……あの田村という男か。いつの間に俺の匂いを憶えさせた? ふざけたことしやがって」
レインボーバードは、田村という男の声を模してしゃべり始めた。
『世羅さん、聞いているか? 失礼なことだとは思ったが、急遽伝えておきたいことがある。周りに誰かいるようなら、追い払ってくれ。1分後、重要なことを喋る』
そして一旦言葉が途絶えた。
すでにスタッフを追い払った後だ、射水はややイラつきながら続きを待った。
『……いいかな? 仲間がバカをやりやがった。飲みの席で、今日の試合の件を口にしてしまった。仲間内での会話だからそれだけならまだよかったんだが、それを他人に聞かれたらしい』
さすがに射水も顔をしかめた。
『さらに、それが『牙』の奴らの耳に入ったらしいんだ。おそらく奴らは中央本部の奴らを引き連れ、そっちに行っていると思う。あんた、まだ出ていないよな? まともに出て行ったら捕まる可能性がある。裏口から逃げるんだ。それと、『神々』は基本南門からしか出られない。中央本部のバリアが張ってあるんだ。だから、警戒が厳しくなる前に顔を変えて南門から出てくれ。俺も他の連中と話しつけて、しばらくはどこかに潜む。あんたも早くそこを出ろ。以上』
そして鳥は喋るのをやめた。
射水扮する世羅は鳥を掴んで、窓の外へ投げるように飛ばした。
「負ける演技をさせられた上、逃げろと……?」と、独り言を呟く。
バカな人間たちに溶け込んでいるのはうんざりするな……。
やはり俺には漸進的な策は合わない。
これを機に、堂々と行っていくべきだろうか……人間たちの殲滅を。
そんなことを考えてから、世羅の『エイト剣』、そして自分が持って来ていた布に包まれた幾つかの『エイト剣』を抱え、控室を出た。
背後から、養成所のスタッフ数名が慌てて声を掛ける。
「あ、おい、大和!」
「世羅さん? 世羅さん! どこ行くんですか?」
「体調が悪いんじゃないんですか? もう少し休んでいった方が……」
「おい、大和! 勝手にどこへ行く?」と、スタッフの男が肩を掴んだ。先ほど怒って出て行った中年のスタッフだ。
射水は振り返った。銀色の閃光が萎み、現れた顔は、銀髪の男の顔だった。瞬時に世羅の顔から変えたのだ。
「何の用だ?」
「え? あ……す、すまん。人違いだ……」と、スタッフは目を見開いたまま呟く。
銀髪の男の顔になった射水は、スタッフの手を振り払い、また廊下を歩き出した。
「……どうしたんです、所長?」
「いや、人違いだったようだ」
「た、確かに、世羅さんではないか……しかし、あの人、世羅さんの控室から出てこなかったか?」
「俺もそう見えたけど……ハッキリは見てない。お前、ハッキリ見たのか?」
「そ、そう言われると、自信はないけど……。隣から出て来たのかな?」
「それにしても、世羅さん、何しているんでしょうか? また声を掛けた方がよくないですか、所長?」
「……しかし、今日のあいつはやけに刺々しいんだ。敗戦後だし、もう少し一人の時間を作ってやろう」
【挿絵】世羅大和




