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第854話・【三人称視点】夏の、消息不明  ≪キャラ挿絵≫

『闘技場』の外には、最終戦を見終わった観客たちの波がゾロゾロと流れ出て来ていた。

 興奮している者も多いが、いつもよりも沈んだ雰囲気なのは、やはり絶対王者である世羅大和(せらやまと)が破れてしまったからだ。それも、いつもより迫力なく負けてしまった。


 賭けに負けた者はもちろん、純粋に世羅を応援していた者たちも肩を落とし、重い足取りで南の喧騒(けんそう)の中へと向かって行く。


 その中、射水(いみず)夜紗(やしゃ)も『闘技場』の外に出てくる。

 全身黒い服に身を包んでいること、布に包まれた怪しげな物を抱えていること、そして銀色の髪の下で光る鋭い目、それらは多少他人の目を引くが、もう有名人である世羅の顔をしているわけではないので誰も気に留めない。

 

 ただ、南へ向かう人波を密かに見つめている者たちがいた。

 王寺(おうじ)を含む中央本部兵と衛兵、そして香取を含む『(きば)』の教師陣だ。

 

 田村の仲間がしていた話を聞いた者たちから、『顔を変える殺し屋』が現れるという情報を得ている。

 先ほど世羅邸で世羅大和本人の遺体も見つかった。

 先にそちらへ動いたため、世羅に扮して試合に出ている殺し屋の捕縛が遅れた。『闘技場』の控室に向かった者の報告では、すでに世羅に扮していた殺し屋はいなくなっていた。


「着くのが少し遅かったか……」と、王寺。

「とにかく、あなたたちの捜査では、何度か銀色の髪の男の目撃情報があったのですよね? 幾つかに別れて、銀色の髪の身長180弱の男を見かけたら呼び止めましょう」

 香取は『牙』を代表して言った。

 

 王寺や、『神々の黄昏(たそがれ)』内を仕切っている英田(あいだ)など中央本部の者、また衛兵たちが同調し、四方へ散らばって行く。


 相手が魔法を使って顔を変えているのなら、魔法力の問題でずっと別人というわけにはいかない……普段は自分の顔でいることも多い……それが香取たちの推測だ。

 そして、この数日の捜査で、犯行現場で目撃情報が比較的多いのが銀色の髪の身長180弱の男だということもわかっていた。


 その相手は、香取たちがそこまで把握して待ち構えていることには、気づいていないだろう。

 つまり、本人のその顔でノコノコ現れ、南門を通過しようとする可能性は高いのだ。


 そして数名のグループが5ヶ所ほどに散らばってから間もなく、香取の通信機に連絡が矢継ぎ早に入った。

 王寺グループ、英田グループ、衛兵グループと、それぞれ銀色の髪の高身長、細身の、怪しげな男を発見し、尾行を開始したというものだ。


 ちなみに彼らはいつもの専用の防具ではなく、中央本部が用意した黒や灰や茶色の目立たない防具をしているので尾行がしやすい。


闘技場周辺(こっち)が手薄になりますね。三つぐらいに分かれておきますか?」

 中央本部の協力要請を受けた『牙』が出したのは香取を含む5名の教師で、そのうちの一人、レンジリーが言った。


「そうだなぁ、相手が銀色の髪の顔になっていない場合を考えると、長身細身の怪しげな男という情報だけで相手を見極めないといけないから、我々も一ヶ所に固まっていてはダメかもしれない」と、腕を組んだ男性教師の一人、砥部(とべ)が言う。


「それでは、女性二人は右から、男性二人は左から見張り、私は正面で待機しましょう」と、香取がまとめた。

 指示通り、レンジリーともう一人の女性教師が『闘技場』の正面入り口の右手に、砥部ともう一人の男性教師が左手に向かった。香取は正面で、二組が見逃した怪しい者がいないか捜す。

 

 しばらくして、そんな香取の目に見憶えのある集団が飛び込んで来た。

「あ~! 先生だ~!」

 手を振って叫ぶ雛季(ひなき)

 その後ろに姉の美咲、カケルや鹿角もいる。


「君たち……。もしかして、『MASK(マスク)』の男を追って来たのかい?」と、香取は眼鏡の奥の目を(しばた)く。

「え? マスクの男?」

 首を傾げる雛季の後ろで美咲が答える。

「い、いいえ……。私たち、『闘技場』に観戦に」


「『神々の黄昏』で先生に会ったからって動揺し過ぎよ、美咲ちゃん。別に悪いことではないんだから」と鹿角は笑って言ってから、香取に視線を戻す。

「ちなみに、賭けをしたわけでもないですよ、先生」


「招待をされたのです、孤児院の人に。そこの出身者だそうで、選手の一人が」と、優等生の部類である東御(とうみ)もやや慌てながら説明する。


「そ、そうです。そこの孤児院の子に剣を教える仕事の縁から、今日、一緒に観戦に」

 その美咲に続いて、カケルが言った。

「まぁ、自分たちのヒーローが破れてしまったから、孤児院の人は先に帰っちゃったけどな……。ああ、でも、院長のオッサンだけはその選手に声を掛けるため残ったけど……」

 

 カケルは少し意味深な顔つきで鳩ケ谷(はとがや)を見た。鳩ケ谷もニタニタして返す。

「それは言い訳で、このあと一人でお姉ちゃんのいる店に行くんじゃないかのぉ、あのオッサン」


「君たちじゃないんだから……。それより、先生はここで何を?」と鳩ケ谷たちに顔をしかめてから、美咲は香取に訊いた。

「さっき、『MASK』の男がどうと言っていましたけど?」と、美馬も続く。


「え……? も、もしかして先生たちは……」

 カケルをはじめ生徒たちは香取を窺う。

 香取はうなずき、行き交う人たちに視線を配りつつ、早口に事情を説明した。




「……あの世羅が、犯人?」と、聞き終わったカケルは呟く。

「負ける演技か……。やけにあっさりしていたと思ったら、そういうわけね」

「フィニッシュした演技ってわけね」と、鹿角に続いて美馬が言う。

 

 美馬のセリフに耳を少し赤くした鳩ケ谷は、わざとらしい咳払いをして言った。

「他の連中と結託して、一儲けしようとしたってわけじゃな? しかし、面倒なことをするもんじゃな……」


「ああ。俺だったらそんなことしないで殺しの稼業だけでやっていくね」と、鮫川も口を挟む。

 香取は教え子の鮫川の言葉にやや眉をひそめて言った。

「殺しばかりでは捕まるリスクが高くなるからだろう。君よりはまだ考えて行動しているのかもね……」

 

「だから顔も変えているんですものね? それで~、見張りを続けているということは、やはりまだ……?」と美咲が問いかけ、香取は曖昧(あいまい)にうなずいた。

「すでに何人か怪しい者がいて、中央本部の人たちが尾行している。でもそれらの中に犯人がいるのかはわからないから、僕や砥部先生たちで見張りを続けているんだが……」

 

 ちょうどその時、香取の通信機から音が鳴った。「なになに~?」と、雛季が顔を寄せる。

「はい、こちら『牙』の香取……はい……はい?」

 通信機からの言葉に、香取は顔を曇らせた。




 その少し前……。

 王寺たちグループは一人の男を尾行していた。

 相手の男は銀色の髪で、前髪に隠れ気味の目頭には、高い鼻によって深く影が作られている。身長は180弱で、痩身(そうしん)。そして薄手とは言え夏には目立つ黒のコートで身を包んでいる。腰には『エイト剣』も吊るしているようだった。

 

 中央本部が掴んでいる犯人像と一致している。


『闘技場』の南にある入浴施設の横を過ぎると、男は喧騒を避けるかのように右に折れた。つまり『神々の黄昏』の『西ブロック』の方に入って行った。

『西ブロック』にあるのは主に宿屋や『神々の黄昏』で働く者たちの住居だ。中には飲食店やいかがわしい店もあるが、他のブロックに比べると人通りも少なく、時間帯によっては閑散としている。

 

 他のブロックの店が賑わい出すこの時間帯は、住居エリアの方はかなり静かだ。

 そこを選ぶように進む男……。

 怪しい。後ろを静かについて行く王寺たちにも緊張が走っている。

 

 男は『西ブロック』の西の端の林道に入って行く。その先は、以前カケルたちも行った藤崎邸など中央本部の人間の邸宅があり、より通りの人の目につかなくなる場所だ。


挿絵(By みてみん)


 ただ、中央本部の人間が休暇中(赤と黒を基調とした防具をまとっていない状態で)に『闘技場』の試合を観に行くことは普通にあり得ることなので、男が犯人だと断定することはできない。

 追っているのが『神々の黄昏』を管轄する立場の英田(あいだ)であれば、先を歩く男がここに邸宅を持つ中央本部の人間なのか否か判断できるが、王寺はそこまでの立場にない。中央本部のお偉方全員の顔を把握などしていない。

 

 やむを得ず、王寺グループはそのまま男の後を追って林道を進む。

 曲道に差し掛かったところで、男が急に走り出した。

 王寺グループも顔を見合わせてから、慌てて走り出す。


「振り返った様子はなかったが、気づかれていたのか? いや、偶然走り出しただけか?」

 王寺は呟きながらカーブを曲がって行く。

 その瞬間から、彼らの頬などに(しずく)が落ちてきた。(にわ)かに空が曇り、小雨が落ちて来ていたのだ。


「?」

 先を見渡せる所まで進んだが、男の姿がない。左右から木々の葉がせり出す人気のない道の先に、立派な邸宅が幾つか見えるだけだ。

「どこ行った?」


「あっ! あそこだ!」

 一同、左右の林を見回し、一人が左手の木立の中を指す。奥の茂みの中に、うつむいたように立っている男の後ろ姿が見えた。


「向こうが急に暴れても、ここなら被害は少ないだろう。囲んで職質するぞ!」

 王寺が言い、他の中央本部兵3名も林の中に飛び込んだ。指示通り、王寺より先に3名が男の横を抜け、そのうち2名はそれぞれ男の左右に、1名は反対側に回り込む。

 そうしている間、王寺はまっすぐ男との距離を詰める……が、その足を止めた。


「違う……コートだけだ!」

 王寺が叫んだ通り、茂みに立っているように見えた物は、傍の木の枝に吊るされた男のコートだけだった。

 

 直後、王寺は頭上に風を感じた。

「ハッ」と、見上げた瞬間、視界は影で覆われた。

 その男……射水が、木の上から飛び降りてきたのだ。

【挿絵】射水夜紗

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