第850話・【中盤三人称視点】影なき男
「この人ってもしかして、海水浴の時の、例の廃屋に出る幽霊の……」
情報屋・天川から聞いた朝倉という女性の名前に、鹿角や美咲は驚いた様子だ。
「ねぇ、天川さん! 彼女、生きている人なの?」
鹿角はカウンター越しに天川に訊ねる。
天川はもごもごと何か呟いてから、「実は」とアゴを掻きながら言い出した。
「彼女も昨年殺されている。中央本部がなかなか犯人を捕まえないってことで、その『ローエングリン』のメンバーが自分たちで犯人を捜そうとしたんだよ。それで俺たちもそうやってまとめていたってわけ。まぁ、結局犯人は俺たちでも見つからず、向こうも依頼の延長はしなかったけど」
「死んでいるから、中央本部も調べなかったわけか? じゃあ、天川さん。今回は調べるのが簡単だったんじゃ?」
「じゃあ、もう少し情報料まけてよ」
俺の呟きの後に鹿角が頼んでみたが、天川はまけられないと言い張った。仲間内でやっている賭け事で負けているから、あまり機嫌もよくないのだろう。
「まぁ、それはいいとして……。死んでいるってどういうこと? じゃあ、王寺さんって人を襲ったのは誰なのよ? その時にはこの朝倉さんも死んでいるでしょう?」と、鹿角が腕を組んで言った。
「ああ、そうだな……」と、俺も今頃不思議に思う。
雛季も「ムムム」とうなる(多分何も考えていない)。
「……あの」と、しばらく黙って考え事をしていた様子の美咲は、天川に声を掛けた。
「犯人を捜そうとしたということは、朝倉さんを殺したという相手がどんな人だったか、パーティーのメンバーはある程度わかっていたということでしょうか?」
「うん、まぁ……。目撃した奴がいて、当時、犯人の似顔絵も作ったからな」と、天川。
「どういう人ですか?」
天川は初め、さらに情報料を取ろうとした。しかし俺や鹿角が文句を言ったので、追加料金なしで犯人の似顔絵を見せてくれた。
朝倉さんを襲った犯人の似顔絵はかなり写実的であったが、誰一人ピンとこない。
銀色の髪はやや長めで、前髪で目が隠れがち、横に少し跳ねている。あごは尖っている。鼻が高いのか、目頭に影が掛かった印象だそうだ。その瞳は鋭く見える時もあったが、虚ろに見えた時もあったらしい。
身長は180弱。暗色の防具に、黒いマントをまとっているらしい。
絵の横に書かれたメモによれば、ほとんど喋らずに朝倉舞彩を襲ったため声についてはあまりわからない。腰に1本、背中に2本、計3本の『エイト剣』を携えていたとのこと。
「『エイト剣』を3本……? 『無声慟哭』の音更でも二刀流までだったぞ? と言うか……」
俺は視線を美咲や鹿角に向けた。
「『エイト剣』を誰かから奪った? それなら王寺さんから奪ったのも実はこの人……いや、でも王寺さんは相手の顔を見ていたのか……その顔は朝倉さんで……」
「こ、混乱してきますね」と、桜川。
「うん、難しいよ~」と、雛季も口を尖らせる。
「ああ、そう言えば」と、天川が言い添える。
「その朝倉って子の剣も奪われたらしいな」
「なるほど」と、美咲は机の一点を見つめながら呟いた。
「最近そうやって暗がりで襲われて『エイト剣』を狩られる奴が増えているって聞くから、全部こいつが犯人なのかもな。まぁ、俺たちは衛兵でも中央本部兵でもないから知らんけど」と、天川はそう言って締めくくった。
「美咲、何かわかったのか?」と、俺は美咲に訊いた。先ほどから彼女はすでに答えを見つけ出しているように見える。
「もしかしたら、だけど……」
新たな情報を得ようと天川が聞き耳を立てていることに気づき、一行はとりあえず外に出た。そこで美咲は改めて自分の意見を口にした。
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8月某日、夜半。
『西北西通り』から南に延びる脇道沿いの、買い取り手もなく取り壊されもせずに残された薄暗い廃屋。
もぬけの殻となったその1階を、魔溜石ランプの小さな灯りがユラユラ揺れながら、奥へと進んでいた。
この廃屋がある一帯は『ゴブレット』の中でも日中から静かな場所というだけあって、この時間ともなると『西北西通り』の方から微かに聞こえる賑わい、野良犬などの遠吠え、夜道を行く酔っぱらいの鼻歌などが聞こえるだけだ。
そんな中であるから、魔溜石ランプを持って廃屋の中を進む男の靴音は、小石や壁から剥がれ落ちたコンクリートの破片を踏みつける音を混ぜながら、はっきりと響いている。
まるで自分の存在を知らせるように強く踏み鳴らされたその靴音は、澱んだ空気が充満した廃屋1階の一番奥へたどり着いたところで止まった。
そして、魔溜石ランプを持った男は奥の壁を照らしながら声を響かせた。
「あんたが、『銀獣』だな?」
照らされた壁に沢山の人が描いたと思われる無数の落書きが浮かび上がり、その中に、まるで呼吸すらもしていないように無言で、別の男が立っていた。
ただでさえ通りを照らす外灯や月明かりもわずかにしか届いていない暗い廃屋内に、暗色の防具の上に黒のロングコートといういでたちで闇に紛れている男は、今度は自分の方から数歩歩きだした。
無言であり、無音であり、存在感すら出していないのに、近づく男には異様な気だけがある。
近づいて来る男の銀色の長い前髪の隙間から、射抜くような鋭い眼が見えた瞬間、魔溜石ランプを持った男の手は思わず震え、明かりが左右にでたらめに揺れた。
大きく生唾を呑み込んだ男が再び銀髪の男を捉えた時には、すでに相手はパーソナルエリアに踏み込んでいた。
そこで、初めて銀髪の男の開いたか開いていないかわからない口元から低い声が漏れ聞こえた。
「名は射水だ……。『銀獣』は誰かが勝手につけたものだろう」
射水と名乗るその男はさらに続けた。
「そう言うあんたは田村さんだな?」
そう聞かれ、うなずいた田村は、右手でランプを照らしながら左手で持っていたアタッシュケースを床に置き、ズボンのポケットから写真を取り出して目の前の射水の顔と写真とを交互に見比べる。
「『銀獣』……いや、射水さんと言ったな? 出回っている写真とは顔が違うが、あんたで間違いないのか?」
「出回っている写真など信じているのか? 依頼内容からして、俺のことを少しは知っているはずだが?」
射水は微動だにせずに返す。
穏やかながら、どことなく人に恐怖を植え付けるようなその声に、田村は思わず一歩下がった。
「あ、ああ、そうだったな。疑っているわけじゃないんだ。あんたの力も信じている。……ほら、ここに手付金も用意している。確認したければすればいい」
田村はいかにも札束の入っていそうなアタッシュケースを持ち上げ、射水の前にその手を伸ばした。
射水はそのアタッシュケースを受け取り、自分の足元に置いてから言った。
「俺も信用しよう。贋金を掴ませる度胸があるなら自分で決行しているだろうからな」
「ハハハ……心配いりません。間違いなく本物のお金ですから」
愛想笑いをする田村に対して、射水は凍てつくような瞳をまったく動かさずに言う。
「しかし一般人相手に、随分景気がいいな?」
「あんただったら間違いないからさ。それに……殺してほしいのは、一般人と言ってもチョット厄介な奴なんだ」
田村はそう言って、今度は空いている左手でポロシャツの胸のポケットを探り、取り出した写真を射水に渡した。
そしてランプの明かりを射水の手元に当ててやった。
射水は黙ったまま渡された写真に写る男……この依頼で自分が仕留める相手の顔を見ている。
金色の短髪、目鼻立ちがはっきりした好青年。それでいて、顔の輪郭や首はゴツッとしていて頑丈そうな男が写真に写っている。
「射水さん……あんたは俗世間には関心が薄いそうだが、いくらなんでも『神々の黄昏』の闘技場で賭け事が行われていることぐらいは知っているだろう?」
射水はゆっくり写真から目線を外し、田村の方に転じる。
「……聞いたことはあるが、興味はない。死闘を謳った茶番だろ?」
「まあ、あんたの目にはそう映るだろうが……」と、田村は少し笑みを浮かべながら返す。
「街中から集まった名だたる魔法剣士、魔法弓士、武闘家が1対1で闘い、時には本当に死者も出るんだ。……そこで今、連戦連勝をしているスター戦士がその男、世羅大和だ」
「……世羅……大和。……たいしたことはなさそうだが?」
「そいつが、次戦の、経験も浅い弱小相手に負ければ高額配当になる。そこであんたに、そいつになりすまし負けを演じてほしいというわけだ。……あんたなら可能なんだろ?」
ニヤついた表情で訊ねる田村に、射水は冷徹な目のまま答える。
「ああ」
「次回の他の試合の手筈は済んでいるから、その男が負けさえすれば高額配当を受け取れるし、それでいいって言えばいいんだが……そいつはどんな脅しにも屈しないガチ野郎でね。俺たちの不正をいつ暴露するかもわからんし、これを機に封じちゃったほうが良いでしょう?」
回りくどい田村の要望に、射水は何の抑揚もない平たんな声で返す。
「そのつもりだ。芝居するためだけに引き受けるわけではない」
そして床のアタッシュケースを持ち、数歩前に出て田村の横につくと、
「決行は試合の日の前日だ……」
射水はそう言って、田村とすれ違い暗闇の中に消えていった。
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俺たちは、天川に朝倉さんを襲ったとされる男の似顔絵をもらってから、その翌日に元・魔溜石研究部の人たちに喫茶店『アイラブコーヒー・アイラブティー』へ来てもらった。天川の所で美咲が話したことについて、確認することがあったからだ。
相変わらずもじもじしている清瀬さんや吉田さんが会話に加わるには時間を要したが、千葉君を窓口としながら、俺たちは犬上や王寺の事件のこと、先日美咲が思いついたことを彼らにも語った。
テーブルを挟んで向かいに座る千葉君は、腕を組み「う~ん」と、うなった。
「自分の顔を、他人の顔そっくりに変える魔法ですか?」
「はい。魔溜石の組み合わせによっては、そういう特殊魔法が発動できるんじゃないでしょうか?」と、美咲は祈るように手を組んで訊ねた。
「この手のことは、情報屋の天川に訊くよりあなたたちの方が詳しいと思ってね」と俺は、千葉君の考え込んでいる間を埋めるように言う。
「依頼料も掛からないし」と、笑顔の鹿角が付け足す。
「こ、今度からお金貰うよ? 僕たちもこうしてわざわざ出てくるの大変なんだから」
レモネードをチューチュー飲んでいた清瀬さんが小声で怒った。
「人混みが大変でしたね」と、前髪のすぐ下のメガネを押し上げながら吉田さんも呟く。
美咲や桜川が改めて礼を言い、俺や鹿角も三人をヨイショする。
その間も一人黙考していた千葉君が、ようやく口を開く。
「つまり、相手は自分に犯行の疑いが向かないように他人の顔を使って他人を襲い、『エイト剣』を奪っているわけですね?」
「まだ私の推測ですが……」と、美咲。
「男の人を襲ったのは香取先生の顔をした真犯人で、香取先生を襲ったのは犬上さんの顔をした真犯人、その直前と思われる時間に犬上さんは何者かに襲われ『エイト剣』を奪われています。それもやっぱり真犯人で、犯行時は別人に顔を変えていたと思われます」




